祈り- side加賀美-A


「乃愛様、失礼致します」

部屋をノックし、昼食の乗ったカートを押して私は部屋に入った。

あの日から一週間。

乃愛様は日に日に食事をとる量が減ってきた。
窓の傍に椅子を置き、外をぼんやりと眺めていることが多くなった。

毎日楽しそうに私とお話して下さっていたのに、今では言葉少なだ。
あの日の苦痛が…彼女を蝕んでいるのだろうか。


「乃愛様、お食事のお時間です」

「……いらない」

「今朝もほとんど食べていなかったじゃないですか。それではお躰を壊してしまいます」

「……咲は…?」

「…咲弥様は、お出掛けになられています」

咲弥様は、あの日からこの部屋に一度も来ていない。
一度穢してしまえば、もう必要ないということなのだろうか?
時折乃愛様のご様子を私に尋ねてきては、無表情の中にどこか切なげな色を滲ませている。

あの方が来ないことは、乃愛様にとって救いになっているのだろうか。
いつまた訪れるかも分からない恐怖に、怯えているのだろうか。
咲弥様はそれを分かっているからこそ、乃愛様に会うことを躊躇っているのだろうか。


「あっ…!咲っ…!」


唐突に彼女はそう叫んだかと思うと、窓に張り付いて外の様子を窺っている。

「咲だ…!咲がいる…!ねぇ、あそこ…!」

声を弾ませ窓に向かって言うと、傍らに置いてある椅子を移動しその上に乗り始めた。

「乃愛様!だめです!危ない…!」

「きゃっ…!」

椅子に乗って上の方にある窓の鍵に手を伸ばしていた彼女は、バランスを崩して椅子ごと床に倒れ込んだ。

「いた、い…痛いよぉ…」

「乃愛様!大丈夫ですか!?お怪我は?」

私が慌てて駆け寄ると、床に倒れ込んだままの彼女は目にいっぱいの涙を溜めてこちらを見た。

「咲が…、咲が来ないの…。どうして来てくれないの…?会いたい、会いたいよぉ…、咲に会いたいっ…」

ぼろぼろと涙を溢しながら、彼女は小さな子供のように声を上げて泣き始めた。

そんな彼女の様子に、私は愕然とした。

あんな目にあったのに、今も尚変わらず咲弥様を慕っているというのか?
彼女の心は穢れのないまま、この場所に存在していると…?

「加賀美っ…、どうして咲は来ないの…?ずっと待ってるのにっ…」

「……乃愛様…。咲弥様は、ご結婚の準備でお忙しいのです」

「…けっこん…?」

「一人の女性と、一生を共にするということです」

「……咲は…、好きな人がいるの…?結婚するから…来ないの?」

涙に濡れた純粋な瞳が、私を躊躇わせる。
この結婚は、咲弥様の意志によるものではない。
それでも、乃愛様がこの先一生手にすることのできないものだ。


「…私の口から詳しくお話することはできません。ですが…、咲弥様は乃愛様を一番大切に想っていらっしゃいますよ」





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