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朝食を食べ終えた蓮は洗面所で歯磨きを済ませてリビングに戻ると、ソファで本を読んでいる宮藤の横に腰を下ろした。
泊まりに来るようになって知ったことだが、宮藤は意外と読書家らしい。暇があれば本を読んでいる。
教師と生徒という関係だけでは知り得ないことを知れるのは、蓮にとってこの上なく嬉しいことだった。
昨夜なんてこうしてソファに座って一緒に映画を観ることになった途端、宮藤が眼鏡を掛け始めたので思わず二度見した。
学校ではコンタクトをし、自宅では裸眼だということも付き合ってから知ったのだが、不意に訪れた眼鏡姿にときめいたのは言うまでもない。
自分がねだったアニメ映画をつまらなそうに眺めるその姿にばかり目が行き、映画そっちのけなことを何度か指摘された。
『先生は家で真面目にテレビを観る時は眼鏡を掛ける』と、心のメモにすぐさま記録したのだ。
「……で、クリスマスのプレゼントは何が欲しいんだ」
邪魔しないようにおとなしく座っていたところで宮藤に話を振られ、蓮はきょとんと目を瞬いた。
「プレゼント……くれるの?」
「クリスマスはプレゼント貰う日だって自分で言ったんだろーが」
「そうだけど……」
「いらないならいいぞ別に。欲しいもの言わない限り買って来ねーから」
「えっ、待って!考えるから!なんでもいいの?」
「……買えるものならな」
その言葉を聞くなり眉間に皺を寄せて唸り始めた蓮を一瞥し、宮藤は手にしている文庫本に視線を戻す。
女子高生の好むものなど、到底分かる筈もない。
女性に自ら選んでプレゼントを渡したことなど一度もない宮藤にとっては、難易度が高すぎる。
「あ!ぬいぐるみにしよう!先生、ぬいぐるみ!」
「……は?」
明るい声で予想をかすりもしない代物を所望され、宮藤は思わず眉間に深い皺を刻んだ。
「……冗談やめろよ」
「本気ですけど」
「お前な……、俺にどんな面して人形なんて買いに行けっつーんだよ」
「恥ずかしい?先生が私のために可愛いぬいぐるみ買ってるとこ想像するの、幸せ」
満面の笑みを浮かべる蓮にあからさまに嫌そうな顔を向けた宮藤は、眉間を抑えて深い溜め息を吐き出した。
「……他にないのか。高いものでもいいぞ」
「先生、なんでもいいって言ったよ」
「ブランドもののバッグだなんだと言われる方が百倍マシだな」
「もぉ〜、そんなに嫌なの?」
「……金渡すから自分で好きなの買ってきたらどうだ」
「それじゃプレゼントにならないでしょー!ぬいぐるみならなんでもいいから。ね?」
「……ぶさいくな人形買ってきても文句言うなよ」
「いいよ。名前はタケル君って決まってるから」
悪戯な笑みでそう言われ、最早言葉を返す気も起こらない。
自分が買ってくるであろう人形に、自分と同じ名前を付けられるのかと思うと苦痛だった。
とは言えこれ以上何か言ったところで、面倒なだけなので諦めることにした。
「先生はプレゼント何がいい?」
「いらん」
「え〜、プレゼント交換しないの?」
「……お前に金を使わせる気はない。俺にプレゼントやなんだってのは、せめて成人してからにしろよ」
「じゃあ手作りお菓子とかだったらいい?」
「甘いものは食わんぞ」
選択肢をあっさり却下され、蓮はむうっと不満そうに顔を顰めた。
何かないだろうかと考え込みながら、文庫本を閉じてテーブルの上に置いている宮藤を目で追う。
「心配しなくても、プレゼントとやらは今から貰うことにする」
「え?なに……?」
立ち上がってにやりと口角を上げた宮藤に見下ろされ、蓮は小さく首を傾げた。
「少しの間できそうにないからな。帰る前に付き合えよ」
低い声で楽し気に言われ、「どこに?」というボケを口にする余裕もなく、蓮の頬はほんのりと赤く染まった。
何に付き合えと言われているのか察してしまっては、平静を装うことなどできない。
見上げた先の宮藤がどこか意地悪な顔をしているように見えるのは、気のせいだと思いたい。