文化祭という大きな学校イベントも無事に終わり、ちょっとした出来事はあったものの平和に学校生活を過ごしていた十一月のある日。
数週間ぶりに宮藤の家に来ていた蓮は、予期せぬ事態に見舞われた。

「先生……、今なんて……?」

ソファに座ってのんびりコーヒーを啜っていた宮藤によって放たれた言葉が、完全に覚醒していない頭で朝食のおにぎりを食べていた蓮の目を一気に覚まさせた。
前日に泊まり込んで相も変わらず宮藤より数時間あとに起き出した蓮は、眉間に皺を寄せて背後にいる人物を振り仰ぐ。

「……だから、次は期末テストが終わるまでは家に来んなって言ってんの」

「そ、そんな!ひどい!」

「なにがひどいだ。あほう。テスト一週間前は準備室にも入れないからな」

「えぇ〜!じゃあ先生にいつ会うの!授業だけじゃん!」

「授業で顔合わせれば充分だろ」

なんでもないことのように言ってコーヒーを口に運ぶ宮藤の姿に、蓮はおにぎりを片手にショックを受けた表情で口を開けていたかと思うと、ハッと大事なことを思い出した。

「先生、クリスマスは?一緒に過ごせる?」

「……クリスマス?」

「えっ、先生まさかクリスマス知らないの?」

「知ってるに決まってんだろーが、馬鹿にしてんのか」

「知ってるならいいんだけど……先生と一緒に過ごしたい」

きらきらと瞳を輝かせている蓮を見て宮藤は嫌そうに眉を寄せると、短く溜め息を吐き出した。
ここ数年のクリスマスとやらの記憶を掘り返してみても、何の変哲もない普通の日であり、当然のように仕事をしていたという記憶しかない。
大学の頃に恋人と呼べる存在に付き合わされて外出し、面倒な思いをした覚えはある。

要するに、宮藤にとってはこれと言った思い出もなければ、心底どうでもいい普通の日だった。

「……なにすんだ、クリスマスなんて」

「なにって、チキン食べて、ケーキ食べて、楽しく過ごして、プレゼント貰う日だよ!」

「随分お前に都合のいい日なんだな。プレゼントと食い物があればいいのか」

「うん!」

「うんって……、どっか出掛けたりするんじゃないのか」

「え〜、先生と一緒にのんびり過ごせればいいの」

「ガキのくせに気使ってんのか」

「ガキは余計!ほんとに、一緒にいたいだけ。いい?二十五日ならお休みでしょ?」

おねだりモードで足元に擦り寄って来る蓮を顰め面で見つめた宮藤は、うんざりしたようにテーブルにマグカップを置いた。
最近の蓮はどうやら自分のおねだり攻撃が文句を言われつつも断られないことに気付いたらしい。
無愛想で面倒くさがりのくせに、蓮には少々甘いのだ。

「……仕事終わりで良ければ二十四の夜から来ればいい」

「え!イヴの日!いいの!?」

「ああ。でもクリスマスとやらに来るならひとつ条件がある」

ソファの肘掛けに肘を乗せて頬杖を付きながら、宮藤はにやりと口角をあげた。
嫌な予感がした。

「な、なに……?」

「期末では全教科赤点なんてとるなよ。補習になったらクリスマスも無しだ。まぁ、大した条件でもないだろ」

しれっとそう言ってのけられ、蓮はいつになく衝撃を受けたように顔を歪めた。

「す、数学も……?」

「当然だろ。つーか、赤点だぞ?普通に授業受けてりゃ簡単にはとれないだろ。何も高得点とれとは言ってないんだぞ」

「先生は先生で勉強ができるからそんなこと言えるんだ!」

「おい……、そんなに自信ないのか?こんなとこいる場合じゃないかもな。帰るか?」

「あ、待って待って。赤点とらないように勉強します」

まだ帰りたくない蓮が態度を改めると、宮藤は満足気に笑みを浮かべた。

この見透かすような笑みが悔しいが、宮藤との甘いクリスマスを過ごせるのならば、意地でも頑張るしかない。
蓮はじとりとソファに座る人物を睨むと、手にしていたおにぎりを頬張った。



Modoru Main Susumu
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