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別棟三階奥にひっそりとある社会科準備室まで来た蓮は、険しい顔でじっと閉じられたドアを見つめていた。
カーテンの閉められたドアの小窓から僅かに漏れる光が、室内に人がいることを証明している。
一週間以上も宮藤と会話をしていないなど、今までなら考えられないことだった。
一人で勝手に怒りだしてこの準備室を出たあの日から、授業や廊下で宮藤を見るだけに留まり、話しかけるまでに至らなかった。
片想いしていた期間はあんなにもしつこく付き纏っていたというのに、奇跡的に両想いになったかと思えばこの有り様だ。
宮藤から連絡が来ないだろうかと期待して待ったりもしてみたが、当然来るはずもなく。
いつからこんなに欲張りになってしまったのかと反省する一方で、自分から動かなければ宮藤と付き合っていることさえ夢だったように思えてしまうのだから、虚しくもなる。
「実はもう別れてることになってたりして…」
誰に聞かせるでもなく小さな声で呟いた自分の言葉にぞっとした。
とにかく話さなければと引き戸の取っ手に手を掛けようとした瞬間、ガラッと音を立てて目の前のドアが開いた。
「…びびった、なんでいんだよ」
低い声と共に無愛想に眉を寄せた宮藤が現れ、蓮は驚いて顔を上げた。
「せ、先生…っ」
「…まだ残ってたのか、浅見。危ねーからそろそろ帰れよ」
「文化祭の準備してて…、まだみんな結構残ってるよ」
「精が出るな、この時期のお前らは」
「う、うん…、先生、どこ行くの…?」
「職員室。浅見がそこに突っ立ってると出られないんだが」
一週間前のことを気にしている様子もなくいつも通りの宮藤を見つめ、蓮はその場でもじもじと両手を絡ませた。
このまま職員室に行かれては、ちっとも話ができないではないか。
「えっと…、先生…あの…」
なんて切り出せば良いものかと悩んでいると、頭上で宮藤が短く息を吐き出す気配を感じ、蓮は躰を強張らせた。
面倒くさいと思われているのかもしれない。
「先生…、ごめんなさい…私…、」
俯いて言葉を絞り出そうとする蓮の背中にふと宮藤の大きな手が触れ、そのまま室内へと引き寄せられた。
蓮が準備室内に入るのと同時にがらがらと引き戸が背後で閉められ、お互いの体温を感じる距離で宮藤に顔を覗き込まれた。
「…なに怒ってたんだよ、浅見」
「え…?」
近付いた宮藤の端正な顔を見返すと、相変わらず眉間に深い皺を刻んでいる。
「どうせ俺が気に障ること何か言ったんだろうが、見当がつかん。不満があるなら言えよ、一応謝罪するから」
ばつが悪そうにそう言う宮藤の姿に、蓮は目を瞬いた。
何が悪かったのか分かっていない所も、「一応」謝罪すると言っている所も、怒っていると思われる相手に言うことではないのではないだろうか。
宮藤らしい発言に蓮の頬は思わず緩むと、ほっとして満面の笑みを浮かべた。
「もう怒ってないから平気。先生と話せなくて死ぬかと思った」
「…なんだそれ。大袈裟な」
「先生は私が来なくて寂しくなかった?」
「…別に、寂しくはない」
「ほんとに?」
無垢な瞳で見つめられ、宮藤は目を細めて嫌そうに眉を寄せた。
いつも通りの不機嫌顔だが、機嫌が悪いからこの表情になるわけではないことを蓮は知っている。
「…まぁ、静かすぎるのも違和感はあった。毎日毎日うるさいのは困りものだが」
「先生ってば、素直じゃないんだから」
「…お前はほんとにうるさい奴だよな」