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抽選による文化祭での出し物の結果が出た。
お化け屋敷をやりたいと言っていたクラスメイト数名には悪いが、蓮の望んだ通りに抽選が外れて見事に和風喫茶に決まったのだ。
宮藤が和服好きだと分かった後では喜びも倍増なのだが、問題がひとつ。
「ううぅ…、先生不足…死ぬ…」
授業の合間の短い休み時間に、蓮は後ろの席に座る蒼井の机へとのせた両腕に頭を置き、情けない声でぼそぼそと呟いた。
「…なんだよ、鬱陶しいな」
自身の机に突っ伏している蓮を頬杖を付きながら眺めた蒼井は、煩わしそうに溜め息を吐き出す。
休み時間になった途端にこの調子で泣き言を言っているのだ。
「先生と全然話してない…この間不貞腐れた態度とってから先生のとこ行きづらくて…」
「へぇ…、じゃあそのまま一生行かなくていいだろ」
「無理無理無理っ…!話したい、辛い…」
「うざ…、俺に言っても仕方ねぇだろーが」
迷惑そうに顔を歪めた蒼井をちらりと盗み見ると、蓮は困ったように眉を垂れ下げた。
「そうだけど…、蒼井しか先生とのこと知らないし…」
周囲のクラスメイトには聞こえない声の大きさでぐずぐずと宮藤のことを口にしている蓮を見つめ、蒼井は無言でそっと自分の前にある頭へと手を伸ばした。
猫っ毛である柔らかな細い髪を撫で、ふっと笑みを浮かべる。
「毛、ほそ」
「う…、ちょっと気にしてる。頭ぺちゃんこになりがち…薄毛に見えない?」
「なんだそりゃ、見えねーから大丈夫だよ。少し茶色いのも地毛なのか?」
「そうだよ、蒼井は染めてるよね」
「染めてる。お前の髪、触り心地いいな」
穏やかな笑みでそう言って頭を撫でてくる蒼井の顔を蓮は上目で確認し、ほっと安心したように息を漏らした。
“あんなこと”があったとは言え、元々蒼井とは仲が悪いわけではない。
今まで通りの会話ができていることに安堵し、宮藤との関係を周囲にばらすような事もしないであろうという、根拠のない信用も何故かあった。
不思議だな、と思いながら腕に顎をのせてされるがままにしていると、いつの間にか目の前に蒼井の顔があり、蓮はぱちっと目を瞬いた。
「…お前、俺に気ぃ許しすぎだろ。諦めたとでも思ってんのか?」
「え…、」
不適な笑みを見せる蒼井に蓮は驚いて息を呑み、目の前の瞳と視線を合わせた。
「蒼井…ほんとに私のこと…?」
「信じてなかったのかよ」
「え〜…だって…、今まで全然そんな感じじゃなかったし…」
「お前が鈍いだけだろ」
「鈍くないよ」
「…どっちでもいいけどさぁ、あんまり隙見せんなよ。アイツと上手くいってないなら、俺が代わってやるぞ」
からかうように笑う蒼井にむっと蓮は眉を寄せて顔を上げた。
宮藤といい、蒼井といい、自分の周りにいる男は少々意地悪な発言が多いのではないだろうか。
「ふん、上手くいってるもん」
「会いに行くのも気まずいのにか?」
「…それは、私が勝手に…」
「だから、そんな風に思うぐらいならやめちゃえって」
机に頬杖を付いて軽い調子で言う蒼井をじとりと睨むと、蓮の中にほんの僅かな悪戯心が芽生えた。
言われっぱなしも癪である。
「蒼井、そんなに私のこと好きなの?」
こそっと小声でそう呟いて、蒼井の様子を窺った。
少しでも顔色を変えたり動揺してくれたら、それで満足だ。
なんて意地の悪いことを考えているんだろうかと自分の言葉を一瞬後悔しそうになったが、そんな必要はなかった。
蒼井は一切顔色を変えることもなく、真っ直ぐにこちらを見つめて余裕の笑みを浮かべた。
「好きだって言ってんだろ。俺と付き合えよ、浅見」
思いのほか大きな声で放たれたその発言に、しんと教室内が静まった。
先程まで声のボリュームを抑えて会話をしていたというのに、まるで周りに聞かせるかのように発せられた蒼井の言葉に、静まった教室が一気にざわざわと騒がしくなる。
「な、なに考えてんの…こんなとこで…」
「別に。聞かれたから答えただけだろ」
にやりと口角を上げた蒼井の姿に、蓮の頬は瞬く間に真っ赤に染まっていった。
ちょっと意地悪するつもりが、完全に蒼井のペースだ。
クラス中に広まった蒼井の告白に、蓮はどうすることもできずに口を噤むしかなかった。