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宮藤の仕事机の横へといそいそとその辺にあった椅子を持って来て座ると、蓮は机に頬杖を付いてにっこり微笑んだ。
「…浅見、帰る気ないだろお前」
まだこの場に居座る気らしい女子生徒に宮藤は嫌そうな視線を向け、深い溜め息を吐き出した。
恋人になったからと言って、この辺の態度は変わらないらしい。いちいち宮藤の冷たい態度に傷付いたり挫けたりする程、蓮も柔ではない。
「だって文化祭の準備が始まったら放課後来れないもん」
「じゃあ早く始まんねーかな」
「また意地悪なこと言う!」
「…仕事の邪魔なんだよ」
「先生…煙草吸いたいだけじゃないの。さっきからずっと煙草の箱いじってるけど」
冷静な蓮の言葉に宮藤は再び溜め息を吐き出しながら、無言で手にしていた煙草の箱を机に置いた。図星らしい。
「ねぇ、先生は結局何着たら嬉しいの?やっぱりメイド服とか、好き?」
「興味ない」
蓮を見る事もなく即答すると、当分吸えそうにない煙草の代わりにブラックコーヒーを口許へと運ぶ。
まるで会話をする気がなさそうな宮藤の手の動きを、蓮は唇を尖らせながら恨めし気に目で追い、コーヒーを啜る相も変わらず整った顔で視線を止めた。
「なぁーんにも興味ないの?」
「期待に応えられなくて悪いが、なぁーんにもないな。裸の方が好きだぞ、俺は」
「もぉー!元も子もないこと言わないで!」
「なんだよ、コスプレセックスでもしたいのか?マンネリ防止にしてもいいが、すぐ脱がすぞ」
「ぐぬぬ…、話にならない…」
口角を上げた宮藤の姿に完全にあしらわれているのだと察した蓮は、諦めたようにぐったりと机に突っ伏した。
いい加減で適当なのが、この教師のデフォルトだった。
「もういいです…、どうせお化け屋敷になったら関係ないし…」
「結構人気あるだろ、お化け屋敷は」
「うん…他の学年やクラスとも被ってるみたいで、抽選するらしいよ」
「へぇ、どうなるか楽しみだな」
「私は抽選に外れてほしいけど…外れたら和風喫茶になるかもだし。そっちの方がいいな」
「…何着るんだよ、それだったら」
「え〜…、浴衣とか、着物とか?」
机に突っ伏したままやる気なく会話をしていた蓮は、ハッとして顔を上げた。
ほんの僅かに宮藤が興味を示したことを見逃さなかった。
「先生、もしかして和服が好きなのでは!」
「…まぁ、否定はしない。日本史が俺の分野でもあるし…大学の時はわざわざ着付け教室に通ったこともある」
「えっ…!意外な特技が…」
「女ばっかだったから、あの時はモテてヤバかったな」
「…聞いてないです、それは」
宮藤の言葉をばっさり切り捨てると、蓮はきらきらと目を輝かせながらずいっと机に身を乗り出した。
「先生、私が浴衣とか着たら嬉しい?」
「…別に、普通」
「普通ってなに」
「だから、普通だよ。いいんじゃねーの、浅見は案外似合うかもな。胸が小さい方がいいらしいぞ、和服は」
しれっと放たれた失言に、蓮はぴたりと動きを止めた。
胸が小さいことは、コンプレックスのひとつである。今までは然程気にしていなかった胸のサイズも、宮藤が以前「色気むんむんなエロい女が好き」だと発言したことにより、気にするようになったのだ。
宮藤のことを好きだからこそ気にしていることを、こんな風に言われるとは。
「帰る…!」
すくっと勢いよく立ち上がってそう言うと、ソファに置いてある通学用のリュックを手に持ち、足早にドアの方へと歩いて行く。
ほんの数秒前までにこにこしていた相手が突然怒ったような態度を見せたことに、宮藤は怪訝な顔で首を捻った。
「なに怒ってんだ、浅見」
まるで理解できないといった声音で呟いた宮藤へと、ドアに手を掛けた蓮が振り返る。
「先生は、ちっとも私に興味がない…!文化祭の準備で来れなくなるから、寂しくなっても知らないからね!」
それだけ言ってぴしゃりとドアが閉まると、宮藤は蓮の出て行った先を見つめたまま眉間に深い皺を刻んだ。
「……なんでそうなる」