お友だち(偽) | ナノ



 通学にいつも使っているのは電車。だけど今日の帰りは路線バスにした。暑すぎて電車に乗りたくなくて、時間はかかるけれど冷房もよく効いている方を選んだ結果だ。最寄駅に停まる電車はなぜだか冷房も暖房もあまり入らない。

 窓際の席へ座るとすぐに隣へ男の人が座った。スーツ姿の普通のおじさん。他にチラホラ席が開いているのに、どうして? と思ったが、見ると女の子の隣ばかりが空いている。気にしたのかもしれない。
 窓へ頭を預けて目を閉じる。今日は暑かったし体育だったし、職員会議で早く学校が終わったとはいえくたくた。すぐにうとうと、眠りに誘われた。


 意識が浮上すると、次第に、妙な感触がある事に気付いた。これは手のひらだ。隣のおじさんがおれの太ももを撫で回している。
 その手は膝のあたりを撫でていたのにだんだん上へ上がってきて、割ときわどい内ももにまでやってきた。
 気持ちが悪くて、でも振り払うこともできない。寝たふりをしようか。このおじさんがいつまでいるかわからないのに? 途方もないことのように思われ、とても怖い。

 不意に、手がするりとおれの股間をなで上げた。びくりと身体を震わせてしまう。
 目をゆっくり開けると――おじさんがこちらを見て笑っていた。かばんを膝の上でうまい具合にして、周りから見えないようにしながらおれに触れているのが怖い。通路を挟んで左側を見ると、制服姿の女の子。気付かれるのも恥ずかしくて、あまりきょろきょろできない。


「静かにしてね」


 とても小さな声で言うおじさん。手は股間を撫で、握る。さすがにその手を両手で掴むとおじさんは小さな声で言った。


「高校生の男の子の手だ……あったかい……」


 ぶつぶつ言うのが気持ち悪い。どうしよう。泣きそうだ。
 半ばパニックでおじさんの卑猥なつぶやきを聞いていたら、急に手が引っ込んだ。正確には、強引に引っ込ませられている。
 おれとおじさんの座席の間から手が出てきていて、おじさんの二の腕を押さえ込んでいたのだ。その光景に叫びそうになったのを押さえ、手の感触が離れていってほっとする。ホラーっぽいけど、いい人が後ろにいたらしい。

 すぐ着いたバス停でおじさんは降りていった。それからすぐに後ろの席から移ってきた、人。お礼を言おうと思って、言えなかった。
 黒い高そうなスーツに白いシャツ、ノーネクタイでぴかぴかの靴。
 黒縁眼鏡の奥は目尻の上がった鋭い目。


「おかえり、ナツくん」


 鬼島さんは笑った。

 助けてくれた手が、するりとおれの手に絡んで繋がれる。この体温は久しぶりだ。今回は少しの時間が空いていたから。なぜだろう、あのおじさんに触られたときと違う、この感じ。やっぱり鬼島さんは特別。ほっとする。

 いつもの駅で降りた。

 鬼島さんは先を歩いている。ズボンのポケットに手を入れ、猫背気味になって。

 昼間に会うのは初めてだし久しぶりだし、どきどきしてしまってなかなか呼びかけることができない。声をかけなければこのまま消えてしまうような気が、するのに。いつも自然にいなくなってしまうから。

 急に心細くなって、見つめていた背中がぼやける。


「ナツくん」


 急に振り向いた鬼島さん。驚いたみたいな顔を一瞬して、すぐに笑った。


「ナツくん、泣かないで」
「まだ泣いてないです」
「なんで泣きそうなの。鬼島さん、そこらへんなかなかわかんないから、教えてくれない?」
「……なんでもないです」
「そう?」


 頷く。と、またくるりと前を向いた。角を左に曲がってようやくおれのアパート。
 当たり前のように鍵を開け、当たり前のように座る。どうして鍵を持っているの、なんて疑問はいまさらだ。


「ナツくん、おいで」


 まだ明るい部屋の中。
 隣へ座るとまた手を繋がれた。
 鬼島さんが眼鏡を外して机の上に置く。
 空気が密度を濃くして、色気をはらんだ眼差しがまっすぐにおれを見た。


「鬼島さんはね、誰よりも、何よりも、ナツくんが、好きだよ」


 いつものように撫でられて、キスが始まる。
 ちゅっちゅちゅっちゅしてくれて、ぱたりと畳へ背中がつく。
 にこにこしているのに、どうしてそんなに怖い目なのかわからない。いつもと少し違う、冷ややかな眼差し。
 鬼島さんの手が、両頬を挟み込んだ。唇がつくかつかないかのところまで顔が近づく。


「ナツくんがどっかの誰かに……鬼島さん以外に触られるとか、ほんとありえない。なんて言えばいいんだろ……むかつく?」


 ふふ、と、笑いながら、鬼島さんの右手がするりと下ってお腹を撫でる。


「あのおじさんはね、ダメなことしちゃったから。鬼島さんのナツくん――たったひとりのかわいいなかよしのナツくんに触っちゃったから。おしおき、しとくね」


 嬉しいでしょ?
 優しい優しい声で言い、耳に吹き込まれる甘いことば。ナツくんかわいいね、好きだよ、いちばんだよ。
 鬼島さんの声はいつも何もわからなくさせる。


「鬼島さんは人を大切にするタイプだよ。だからね、ナツくんも鬼島さんを大切にしてほしいなぁ」


 鬼島さんの瞳に不思議な明かりが灯る。これはぐっちゃぐちゃにされる合図だ。


「ナツくん」


 真っ黒と真っ白の鬼島さんの向こうは真っ青な空があった。
 また目が覚めたらいないのかなあ。
 わけがわからなくなる前にぼんやりと、不安になった。腕を回すと少し驚いたような顔をして、微笑んで、ちゅっとしてくれた。


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