お友だち(偽) | ナノ



 目を覚ますと、鬼島さんがいた。
 襖を開け放しているので見える、居間のサッシを細く開けてたばこを吸う姿。月の光に照らしだされた横顔は、いつもとほんの少し違う。なんだか寂しそうな、悲しそうな横顔。
 名前を呼ぼうとして口を開きかけ、急に迷った。
 なんて呼び掛けたらいいのかわからなくなってしまったのだ。どうしてだろう。鬼島さん以外に呼び掛ける名前なんて知らないのに。

 鬼島さんのことは何も知らない。名前も、家も、誕生日も、身長も体重も、好きな食べ物も。おれが料理を作るとなんでもおいしいと食べてくれて、おれのことはよく聞くけれど自分のことは話さない。話してくれる様子もない。聞くような隙が無い。


「……ナツくん? 起きちゃったの」


 この部屋にいることが当然のように、こちらを見て笑う。たばこを消して、後ろのちゃぶ台に置いてあったグラスからお水を飲んで、近付いてきて、布団の横に座る。それから煙の臭いがうっすらついている手で、おれの頭を撫でた。髪に指を滑り込ませ、かきあげる。


「まだ夜中だよ。起きるには少し早いかな」
「……鬼島さん」
「うん」


 なんだろう、胸がぎゅっとする。
 少し怖くて、起き上がって手を伸ばした。鬼島さんは、ただ抱きしめてくれる。


「あったかい、ナツくん」


 肩の辺りに鼻をくっつけてふんふんする。パジャマの匂いを嗅がれているようで恥ずかしくて、でもおれも鬼島さんの匂いが好きだから、いっしょなのかもしれない。鬼島さんはいつもたばこの匂いと、ミントっぽい匂いと、なにかもうひとつ。洗剤か何かだろうか。とても好きな匂い。落ち着く。


「ナツくん、寝ないと明日の朝が辛いよ」
「もうちょっと、だけ」
「……鬼島さんがぎゅってしてあげるから、寝よう?」


 でも目が覚めたら、鬼島さん、いないんでしょう。
 そんなことを言うことはできなくて、口をつぐんでただ頷く。


「ナツくんはいい子だね」


 頭を撫でられて、キスをしてもらって、抱きしめられて眠る。
 ひとりぼっちではないこの部屋が当たり前のような気もするし、鬼島さんがいることに違和感を感じたりもする。どちらが正しい感覚なのだろう?


「鬼島さん」
「なぁに」
「……なんでもない」
「ナツくん、聞きたいことがあったら聞いてもいいんだよ?」


 おれの気持ちを見透かしたようなことばに、鬼島さんを見ようとしたけれど抱きしめられていて無理だった。顔を寄せている胸に声が響く。


「……聞きたいことがあったら、聞きます」
「うん」
「おやすみなさい」
「うん。おやすみ」


 鬼島さんの腕の中は安心する。
 まるでずっと前から、こうして抱きしめてもらっていたかのように。
 鬼島さんはどうなんだろう。おれといることに、何を思うんだろう。


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