お友だち(偽) | ナノ

23


 いかめしい校門前でナツを待つ談。ガードレールに腰掛け、両手でスマートフォンを弄っている。今日は午前の試験だけで終わりだとかで、太陽がてっぺんにある時間にやってきた。いつもなら薄暗い夕方の道で待っている談の髪は、太陽光の下ではより輝いて見える。金髪はトップにボリュームがあり、右サイドと襟足が長い。左サイドには紫のメッシュ。髪に合わせた明るめの茶色の眉、二重にアーモンド形の大きな目、表情がよく動く茶色の瞳、明るい肌、いつも口角が上がっているような柔らかな朱唇。
 髪の間から見える耳には銀のリングピアスやボールがぎっちりついており、首にも手首にも、スマートフォンを支える細い指にもシルバーアクセサリが光る。美男だがちゃらちゃらしている、いかにも軽そうな雰囲気。
その輝きとくっきりした顔つきに惹かれて、すでに何度も見ているはずの生徒達がものめずらしそうに談を見ていく。しかし本人は一切気にせず、ゲームに真剣になっていた。
 影が落ちる。
 顔を上げると逆光の中に、ナツと同じ制服を着た男子生徒。膝のすぐ先に立っている。


「何かご用かな?」


 談は、人懐こい笑みを浮かべて見せた。相手は、肩を緊張させて、いかにも何か言いたそうだ。首を傾げると、半歩ほど近付いてきた。


「夏輔のなんなんですか」
「ん?」
「あんた、夏輔の、なんなんですか」


 太陽が、雲に隠れた。ようやく見えた男子生徒の姿。さぞもてるだろう顔立ちだが、整っているとは思わない。そう感じてしまうのは本当にきれいな顔を知っているためだろうか。


「最近、あいつ痩せたりとか、学校休んだりとか……来てもなんか元気なかったり、あんたのせいじゃないですよね? あんたが何か妙なことやってるとか、そういうことじゃねぇよな」


 可愛らしい睨み付け方は、人にそうすることに慣れていないようだ。高校生らしいなと、思わずほのぼのしてしまう。にこにこしたまま答えない談に、男子生徒は更に間を詰めてきた。


「笑い事じゃねぇ。あんたが何かしてんだろ。夏輔騙して、こんな、学校にまで来るほど付きまとって。知ってんだぞ、去年からずっと、帰りに待ち伏せしてるの」


 この子の中ではずいぶんと悪者になってしまっているようだ。妙な妄想がされているらしい。談は両膝に肘をつき、指を組んでそこへ顎を乗せ、下から男子生徒を見上げた。それはまるで睨みつけてでもいるような角度と目つき。しかし口元だけは笑っている。なんだか不気味だ。


「だとしたら、どうする?」
「え?」
「俺が夏輔騙して追い詰めて、学校にも迎えに来るくらい束縛して学校にも行かせないくらい弄んで、暴力まで振るってたら? どうするわけ?」
「だったら――っ」
「簡単に助けられるとでも思ってんの? できるわけないだろ」


 ここで手を引け、そう言ったつもりだった。ナツに対して妙なファンタジーを抱いていないで、付きまとうのもやめろ、と。間違いなくこの男子生徒がナツを困らせていると直感したからである。
 そして、鬼島は気付いているに違いない。ナツへの脅威は大小関わらず全力で払うような男だ。あの子どもの前では理性やら倫理やら、総てがどうでもよくなってしまうことを充分に知っている。


「夏輔が好きなのは勝手だけど、あんまり余計なことしちゃ駄目だよ。口出ししないでね」
「口出しってなんだ」
「君が思うより、彼は幸せだよ」
「幸せ? 俺が傍にいるから幸せなんだよ。夏輔は、俺が見ていてやらないとだめなんだ。俺が守っていてやらないといけないんだよ」


 目を見開き、急に興奮した様子になる。それを見て談は、ああこいつは、と、友好的だった気持ちを一瞬で消した。こういうタイプはよく目にした。思い込みの激しいストーカータイプ。少し前に働いていた場所ではそんな客がごろごろしていたから。


「夏輔に近付かないほうが君のためだよ」
「なれなれしく呼ぶな! 夏輔は俺のだ!」


 それをぜひ鬼島社長の前で言ってみて欲しい。
 まだなにか言いたそうに口を開きかけた男子生徒。そのとき、男子生徒の背後に正門から出てくるナツの姿が見えた。立ち上がった談は、男子生徒の肩へとぶつかりながらその胸ポケットの中にあった生徒手帳を抜き取る。彼はこちらを見ているものの、気付いた様子はなかった。


「お帰りなさい」
「ただいまです」


 談の顔を見ると、いつも安心したように笑う。その笑顔を見るたびに愛しさが募った。ずいぶん長い間傍にいて面倒を見るようになって、そのまっすぐさとか優しさに談も癒されている。何かの役に立てたら、それだけで嬉しい。
 手に持った生徒手帳をパーカーのポケットにしまいこみ、ナツの手を取る。


「帰りましょうか」
「はい。あ、今日の晩ご飯、おれが作ります!」
「そうですか。じゃあよろしくお願いします」


 振り返ると、もうそこに男子生徒の姿はなかった。






 鬼島が家に帰ると、寝室にナツの姿があった。どうやらアパートにひとりでいるのが怖いようだ。談が隣の布団で眠っていて、起こさないようにそっと障子を閉めた。
 書斎に入ると乱雑に物が詰まれた机の上に見知らぬ生徒手帳。談か、と呟いてデスクスタンドを点ける。それから最初のページを開いた。生徒手帳を片手に持ったまま椅子に座り、スマートフォンを取り出す。画面の写真にある男子生徒と同じ顔が、手帳にも。


「どうしようかなぁ」


 呟いた鬼島は、うっすらと笑った。


[*prev] [next#]




お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -