お友だち(偽) | ナノ

22


 

丹羽(にわ)





 放課後、ぶらぶらと階段を上がって、自分が担任している教室へ向かった男性教師。だれもいない階は昼間のにぎやかさが嘘のようにしんとしている。却って耳が痛いほどだ。
 階段を上がりきり、ひょいと曲がる。すると、教室前の廊下に整然と並んだロッカーのところに生徒が立っているのが見えた。


「納谷」


 声を掛けるとびくりと肩を震わせる。見上げて、教師だとわかるとほっとしたように頬を緩ませた。とたんに無防備な笑みを浮かべた夏輔に、教師は眠そうな目を瞬かせた。そんな警戒心のなさで大丈夫かと。


「丹羽先生」
「何してんだ、ロッカーの前に立って」
「あ、いえ、なんでもないです」
「扉でもへこまされてたか」
「そんなことする人、いないんじゃ」
「いやー俺が大学生のときはいたぞぉ。いたずらに人のロッカーへこませるとんでもねぇ先輩が。頭痛かったわほんとあの人。学校側からなぜか俺がしかられた挙句卒業までそれ使わされてな」
「凄い人がいたんですね」


 優等生で、かといって気張っているわけではなく自然体、いかにもまっすぐ清らかに育ってきたんだろうと思わせるのびやかさを持った教え子。妙に不安そうな切羽詰ったような顔でいたので声をかけたら、一通りの当たり障りない会話をして、ぺこりと頭を下げて隣をすり抜け階段を下っていった。
 その背中を見送って、銀縁眼鏡の縁を押し上げた。白いシャツにチノパン、猫背気味の立ち姿。黒い髪は全体的にやや長め、なかなか男前だといえなくもないがいかんせん地味な印象が先立つ顔。気の抜けた目に気安い性格、授業担当のみのクラスの生徒からも広く慕われている。

 夏輔が立っていた場所に立ち、ポケットを探って取り出したのは鍵。普通電子ロックが掛かっているロッカーを開けるには暗証番号が必要で、生徒自身が設定するため教師も知らない。が、万が一忘れたときや何か開けなければならなくなったときのためにマスターキーが存在する。平面の番号パネル隣にある鍵穴はそのためのもの。
 鍵穴へ差し込み、回す。
 がち、と、音がした。
 開けてみる。
 強い花の香りが凶器のようだった。


「おやおや」


 丹羽はひとりつぶやいて、そのオレンジの花が詰め込まれたロッカーの熱烈な文章が綴ってあるカードを見る。君はぼくが守るだのなんだの、まあありきたりなセリフだ。写真を撮って透明のポリ袋へ丁寧に花を移し、その下の花粉まみれとなった教科書を新品と交換する。また誰かに盗られたと不安になるだろうが、この強烈なにおいと黄色の粉まみれよりましだろう。
 その作業を終えて扉を閉める。ぴぴ、と音が鳴って勝手にロックが掛かり、鍵が押し出されるように小さく動いた。それを引き抜きズボンのポケットへ、しまったとき。廊下の奥から足音がした。角の向こうからぱたぱたと近づいてくる。
 誰もいないこの階に来るのは、様子を見に来た犯人さんだろうか。そ知らぬ顔でそちら側からの死角になるロッカーの脇へ、ポリ袋を見えないように置いた。何気ない足取りで近づく。


「うわっ、びっくりした! なんだー、丹羽先生かー」
「葛、何してんだこんなところで。もう誰もいないぞ」
「忘れ物だよ。スマホ、机の中に忘れちゃって」
「おー、なら早く取りにいけ。施錠するぞ」
「もう? 今日早くない?」
「今日は職員会議だからなー」
「あ、そういうことか」


 にこにこ明るい笑み。女子生徒諸君からずいぶん好かれているらしい生徒。ばたばた教室へと走り、机の中から黒いスマートフォンを取り出した。腕組みをして丹羽はそれを眺める。
 教室から出てきた葛はあたりをきょろきょろ、鼻をひくつかせる。


「なんか廊下、変なにおいしない?」
「あー、さっき、納谷が何か片付けてたぞ」
「ふぅん、どうしたんだろ」
「さぁな」
「じゃ、先生また明日ね」
「おう。気をつけて帰れよ」


 無音カメラで撮影、録画をしていたのは気付かれなかったようだ。丹羽は袋を背負い、片手でアルバムを確認する。あの様子では、気付かれていることに気付いていないようだった。
 そのまま添付ファイルにして送信する。宛名の欄には鬼と記入すれば自動的にアドレスが候補に挙がるようになっている。便利である。


「いい感じに撮れたから、高く買ってくださいね、先輩」


 つぶやいて、送信をタップ。
 ついでに早めに行動した分の上乗せなどしてもらいたい。
 丹羽は相変わらずの力の抜けた目で、昨晩深夜に起こされたせいで寝たりないためのあくびをして袋を背負いなおした。さて、これの処分はどうしようか。


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