お友だち(偽) | ナノ

24


 今度の日曜日、買い物へ行くのだと話しているのが聞こえた。場所の話、新しくできた店にご飯を食べに行くという話。友だちと、と言っていたがおそらくあの、軽そうな金髪男と一緒に行くのだろう。勘だがなんとなく合っているような気がする。ぎりと、奥歯を噛みしめた。夏輔は騙されてる。俺が守ってあげないと……あの男を、夏輔から引き離さないと……。夏輔が教室で話しているのは、俺に助けてほしいと言っているに違いない。


 日曜日、夏輔が話していた店に行った。つい先月できたばかりだというスペイン料理の店。有名な料理人がプロデュースした店だとかでテレビでも何度も取り上げられていて、今日も広い店内に人が多く入っていた。ひとり用の席もあり、そこに案内される。夏輔は探すまでもなかった。あの目立つ髪と一緒にいたからだ。
 楽しそうに笑っている夏輔。でも俺にはわかる。あれは本当の笑みじゃない。あの男に笑えと強要されているだけだ。きっとそれを拒否したら痛い目をみるのだろう。男は夏輔をじっと見て、顔に触れたり、している。触るなと怒鳴りそうになったが耐えた。
 大丈夫だよ、夏輔。もうすぐ解放してあげるからね。
 適当なものを注文し、運ばれてきたそれをつつきながらちらちらと二人を見る。早くひとりになれ、金髪男。

 しばらくして、携帯電話を持って男が外に出た。
 今だ。
 鞄を掴んで席を立ち、早足に男を追う。外に出て、背中を探した。
 いた。少し離れた店の陰で電話をしている。さりげなく近づいて背後に立ち、鞄の中に手を入れてここに来る途中で買った包丁を取り出した。


「夏輔は俺のだ」


 呟くと、男が振り返った。
 両手で握ったそれを、思い切り――





「お待たせしました、ナツさん」


 注目を集めつつ、席に戻ってきた談。煌びやかな雰囲気は独特で、今日はこのような場所だからか、普段の派手な柄シャツにデニムではなくシンプルでキレイめな格好をしている。それがまたよく似合っていた。


「忙しいんだったら、あの」
「いえいえ、大丈夫です。ただ鬼島社長がナツさんにいやらしいことをするなと釘をぶすぶす刺してきただけですから」


 爽やかに笑う談。ナツは苦笑いして、トルティージャを取り分ける。じゃがいもやほうれんそう、ベーコンなどがぎっしり入ったオムレツはおいしくてすっかりお気に入りだ。「新しくできたお店に一緒に行きませんか」と談が誘ってくれて、今日一緒に出掛けてきたのだが、とてもおいしい。デザートも楽しみだ。


「おいしい料理と明るい日の光は幸せをもたらしますからね。いい天気でよかったです」


 体調は良くなっているものの、物が無くなったりなんだか視線を感じたりで少々気が塞ぎ気味だったのでいい気分転換になった。談は優しく、なんでも受け入れてくれるような安心感もある。話をしなくても空気が淀むことはない。一緒に食事をするには最適の相手だった。鬼島は、なんだか忙しそうで、今回の顛末については何も話してはいない。


「ナツさん、そろそろ甘いもの、運んでもらいますか」
「はい! 楽しみですっ」
「そうですね」


 にこにこしながら、すでに注文してあるものを運んでもらうように談が頼む。まだおいしいものが待っていると思うとわくわくした。携帯電話を置いた談の手をふと見ると、気付かなかった赤い線が手の甲に走っている。まだ新しそうなそれ。


「傷、ですか」
「あ、実は朝、庭に水を撒いてからホースを片付けようとして引っ掻けてしまって」
「痛くないですか」
「平気です。ありがとうございます。ナツさんは優しいですね。すぐ気付いてくださるところ、とても好きです」


 顔面高偏差値の談にそんなことを言われては、真っ赤にならずにはいられない。一緒にいることにすっかり慣れたとはいえ好きだと言われることにはまだ慣れず、恥ずかしかった。照れ照れとうつむきながら、残った料理をもぐもぐする。
 そんな様子を微笑ましく見て、談はさりげなく窓の外へ目を移した。何の変哲もない街並み。ちょっとした騒動はナツに気付かれなかったようだ。手の甲の傷もごまかすことができてよかった。「刺されそうになった」などと言えばまたナツが苦しむだろうし、一度の人生の中で二度刺されるのはごめんだ。


「談、ごめん、外に出てくれないかな」


 店内で受けた電話で、鬼島が開口一番そう告げた。それであわてて外に出た。
 外に出てみると、鬼島がいた。こっちこっち、と手招きする。それでそちらに近づいてみると、はいそこで立ち止まって、と完全に店の陰に入らない場所で立ち止まるよう指示。言われるままに立ち止まる。と、鬼島の後ろにもうひとりいた。


「こちら、金融会社にお勤めの内海さん。今日ちょっと協力してもらうことになった」


 電話をつないだまま鬼島が言う。ぺこりと無表情に頭を下げる男。細長く切れ上がった目の美男だが、怖いという印象がよほど先に立った。談も会釈を返し、電話を切らないのはなぜだろうと思う。


「あ、来たっぽいなー。談、三つ数えて振り返って」


 よくわからないままに数えて振り返る。すぐそこに、あの校門の前で会った男の子がいた。手に見えた輝きに、反射的に身体をひねる。胸の前にかざした手の甲をかすめた刃物の先。


「談、こっち」


 声に応じて店の陰へ完全に入り込む。すると追ってきて、身体が入ってしまうとすかさず内海が手首を叩いて刃物を落とした。そして背後から羽交い絞めにする。その口に鬼島が、どこからともなく取り出したガムテープを貼り付けた。店と店の隙間、誰もいない。
 気丈にも鬼島を睨み付け、不鮮明な声を出す男の子。鬼島は持ち手をハンカチで包んだ刃物を手に持ってにっこり笑って見下ろした。


「初めまして、君が葛くんだね。実物のほうがかわいい顔してるんだねえ。今、談のこと刺そうとしたんだよね、これで」


 目の前でちらつかせる、刃渡り十五センチほどの包丁。ぎらぎら光るそれで刺されたら痛かったろうなと、どこか他人事のように談は思った。


「君が言いたいことはなんとなくわかるよ。でもねえ、あいにく聞いてあげるつもりもないし興味もないんだ。君が今後ナツくんに近づかないって約束してくれるんだったら、解放してあげるんだけど――」


 鋭い目つきでんむんむ言っている男の子を見下ろし、鬼島は目を細めた。


「君はどうも、そういうつもりはなさそうだから。強制的に退場してもらうことにするね。君は知らないと思うけど、君のお父さんお母さん、結構あちこちから借金しちゃってるんだよね。このたび、そちらの君の腕をつかまえているお兄さんが借金を一本化して返済しやすいよう計画を練ってくれました。息子の身体で借金返せますよーって言ったら君の両親も快く承諾してくれたよ。はいこれ、君の売買契約書。借金は君の肩に全部かかることになりました」


 内ポケットから取り出した紙を男の子の前で広げる。署名、捺印が済まされたそれには確かにいかなる扱いを受けようと一切関知しないという旨が記述されている。目を見開く男の子。おそらくまだ、意味が分かっていないだろう。


「何年かちょっと不自由な生活すれば借金返せるから心配しないで。その間に大好きな夏輔くんについて何万回も妄想すればいいよ。そのくらいは許してあげる」


 鬼島が内海を見て頷く。男は手際よく手足を拘束し頭に袋を被せ、肩に担ぎあげた。


「そちらも」
「ああ、はいはい。あとよろしくね、うつみん」


 売買契約書を仕舞い、ぺこりと頭を下げて店の裏側へと歩いて行った。そちらに車でも停めてあるのだろう。談は鬼島を見る。


「ここまでする必要、あったんでしょうか」
「遅かれ早かれ彼は売り飛ばされてたよ。残念だけど、あの借金額じゃあ通常返済はもう無理だったし」
「でも」
「お前、刺されそうになったのにいい子だね。そういうところが好きなんだけどさ」


 談のきらきらした頭を撫でて言う。ナツくんよろしく、と言って鬼島も内海の消えたほうに歩いて行った。

 彼はもう、明るい場所には戻れないだろう。こうやっておいしいものをのんびり食べて、好きな人と一緒にいる、ということはできないはずだ。


「談さん、これとってもおいしいです」


 窓の外から目を戻し、きらきら目を輝かせて実に幸せそうにプリンのようなものを食べているナツを見る。くふふと笑う顔を見て、談も笑った。


「ナツさん、お口についてます」
「うっ、すみません……」
「テイクアウトできるみたいですし、何か満和さんたちに買って帰りましょうか。今日の夜にいらっしゃるって社長にうかがってますが」
「あ、夜ごはん、有澤さんと満和が鬼島さんの家で一緒に食べるって言ってました」
「じゃあ持ち帰りましょうね」
「はい」


 持ち帰り用のお菓子をどれにするか、一覧を見ながら一緒に決める。
 ナツが幸せであればそれでいい。そう思うことにした。





 翌日、朝。


「葛は、お家の事情で退学した。寂しくなるが――」


 担任である丹羽の後続の言葉が聞こえなくなるほどのどよめきが教室を包む。ナツは振り返った智加良と数回言葉を交わした。
 ぽっかりと空いた、ひとつの席。
 しばらくすると違和感はなくなり、それが日常となる。


「納谷」
「はい」
「特待生にも戻れたし、良かったな。体調も悪くないか」
「はい。大丈夫です。ありがとうございました」


 にこにこ笑顔。明るいそれを見送って踵を返した丹羽。ぼそりとつぶやいた「良いお金になりました」という言葉と嬉しそうな笑みは誰が聞くことも見ることもなかった。



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