お友だち(偽) | ナノ

21


 自室の灯りを点ける。
 鞄から取り出したのは、密封式の袋に丁寧に畳んで保存したジャージ一式。長袖、半袖、ハーフパンツ。久しぶりに体育に参加して、夏輔はとても楽しそうだった。可愛い夏輔。
 一時期学校も休んで痩せたけれど、最近は前のように健康的に輝いている。成績も上がって、もうすぐ再び特待生入りするだろう。一生懸命埋めた答案用紙を確認する夏輔を見つめていていつも成績が揮わなかったけれど、最近は夏輔の名前の傍にいたくてまともに参加するようになった。早く終われば、夏輔を見ていられる。
 夏輔、可愛いかわいい、夏輔。
 そのままいつもの場所にしまおうと思ったのに、どうしても我慢ができなくて袋を開けた。夏輔の匂いがする。久しぶりの、匂い。ああ。手にとって顔に押し付ける。洗剤を変えたのだろうか、前とは違う。でも夏輔らしい匂いがする。夏輔、あの身体が、肌が、この服に触れていた。きれいで温かな肌に触れたい。夏輔はきっと喜んでくれる。俺の手に触られて、どんな顔を見せてくれるのだろう。夏輔、夏輔、夏輔夏輔夏輔夏輔。

 さっきの男は、誰?

 思い出して急に頭の中が冷える。
 学校の正門前で親しげに話して、車に乗って、抱きしめられて。どうして、夏輔。俺の夏輔がどうして他の男の車に乗ったり笑ったりしているんだ。馬木や園はどうでもいい。あんなのは、ただの友だち。
 でも、あの男は?
 いかにも軽そうなへらへらした男。夏輔を騙しているんじゃないか。可愛くて純粋できれいな夏輔を陥れて騙して、好きなようにしているんじゃないか。痩せたのも学校を休んだのも、俺の前から夏輔を隠そうとしているんじゃないのか、あの男が。
 そんなのは許されない。
 夏輔は俺のだ。俺だけの、恋人。そう、恋人。こうやって大事に大事に見守ってきた。

 クローゼットを開ける。その中には夏輔と俺の想い出がたくさんある。夏輔が俺にくれたものばかりだ。ああ、夏輔の笑顔は写真でも可愛い。並んだ写真を見れば、最近急に大人びたこともわかる。
 大丈夫だよ、夏輔。俺がまもってあげるから、夏輔はなにもしなくていいからね。





 ナツが寝たあと布団を抜けだして襖を閉め、廊下のサッシを細く開けていつものように煙草を吸っていた鬼島。だらしなく前が肌蹴ているのは行為の名残だ。なんだか不安そうな顔をしているような気がして、今日は何もせずに寝かせようと思ったのに夏輔の方から触れてきた。珍しいことだ。
 何か秘密があるのかな。
 言葉にはしなかったけれど、その顔を見ればわかる。もう十年以上見守って来た大切な子の変化だ。問い詰めるのは簡単だけれど、意外と繊細なナツはきっと言わない。相手が悩むのを気にして、言わないのだ。ひとりで傷つく必要などないのに。ナツが守れるなら手足を引きちぎられる痛みにだって耐えられるのに。


「まだまだ、かな」


 確固たる信頼を得るまでは。
 白い煙が隙間から出て行く。


「談、何か用?」
「気付いてたんですか」
「当たり前でしょ。何か話したいことがあるなら聞くけど」
「ここで、ですか」
「今日のナツくんは良く寝てるから、大丈夫。起きないよ」


 嫌なことがあったから、だろう。ナツは深く眠っている。記憶喪失以来ずっとそうだ。ストレスに比例して眠りの深度が高くなる。あまり良い傾向ではなさそうなので、様子を見て診てもらうつもりだ。
 鬼島の隣に正座した談は、小さな声でナツから聞いたことを全て話した。


「言わないでくれと言われたので迷ったのですが」
「だろうね。お前がこんな時間に来るってことは。お疲れさま」


 眼鏡の無い鬼島の目は、鋭く引き絞られている。


「ナツくんが気にしないときなら放置したけど、今はちょっとタイミングが悪いなあ」


 表面上は元気になったとはいえ、そう簡単に心のほうは癒えたりしない。自分が原因でもあるのだが、だからこそ、あまり大きな負担を与えないように傍にいて宥めているのに。


「不愉快だな」


 鬼島が低く呟いた。その言葉には背筋が凍るほどの憎悪が潜む。
 相手が子どもだろうと鬼島は自分なりに対処していくのだろう。きっとひっそりと、遠くから。


「わかった。ありがとうね」


 鬼島は傍らのスマートフォンを持った。時間は午前一時。電話の相手はきっと寝ているだろうが、構わず通話ボタンを押す。案の定半分寝ているような声が応じた。


「ナツくんが変なのに付き纏われてるらしいんだけど、お前知ってた?」


 それっぽいようなのは、と、薄らぼんやりした声。


「じゃあそのそれっぽいようなのの写真撮って送ってよ。あとはこっちで調べるから、写真だけでいい。うん、買ってあげる。出来高だけどね。はいよろしくーはーい」


 ぷつりと切って、煙草をもみ消す。鬼島の横顔は何か考えているようだった。


「談さあ、この休みが終わったら毎日ナツくんのことお迎えに行ってアパートまで送ってあげてくれる? 会社のほうは佐々木に言って調整してもらうから」
「わかりました。何もしなくていいんですか」
「うん、いい。とりあえず普通に、今まで通りで」
「はい。失礼します。お休みなさい」
「お休み」


 談が部屋に帰って行き、サッシを閉めて寝室に戻った。布団が捲れ、ナツの何も身に着けていない肌が大胆に露出している。掛け直してやり、頬を撫でて髪に口付けた。

 鬼島は大分前から知っていた。
 ナツの家に神出鬼没に現れては抱いていたとき。夏ごろに布団をかぶっての行為で汗だくになって風呂を借りようと脱衣所に行った。

 そこで見かけた、洗濯かごの中の紺色のジャージ。学校と提携している某スポーツメーカーのものだ。なるほどこれを着てナツは大好きな体育に励んでいるのだと思うとなんだか愛しくて、決して不埒な思いからではなく手に取った。別に匂いを嗅ぎたいとかそういう発想があったわけではないが、顔を埋めてみた。男子高校生のジャージが持つ魔力に抗えなかったともいえる。


「……ん?」


 なんと言えばいいのか、新品特有のにおいがした。ナツの体臭などひとつも見当たらない。

 完全に期待外れ、ぽいとかごに放ったものの、違和感を覚えて見下ろす。入学して授業が始まり、何度も洗濯しているだろうにこんなににおいが残っていることがあるだろうか。新品の服だって一回洗えば取れるのに。

 しゃがんでもう一度触れてみた。ごわごわとしていて、感触も着慣れたものとは思えない。奇妙だった。ステンレスの洗面台の脇に置いてあるゴミ箱の中には透明の袋があり、おそらくジャージから切り取ったのであろうタグが一緒に捨ててある。


「……なんでこの時期に新品?」


 買い直すにも早すぎる。そもそも今日は体育の授業があったはずだ。使ったものは? ナツの性格上、忘れてきたということは考えられない。

 それから一か月、二か月、見守ってみたらジャージが毎回新品になっていることに気付いた。まさか一回使用するたびに新しいものを買っているわけもない。
 ナツが気にしている様子はないから聞かないでおいた。怖がらないならそれでいい。
 けれどまさかまだ続いていたとは。
 「耐えかねて」談に話したとなれば、ジャージ以外にも手が伸びたと考えられる。

 早めに対処したところでこういう相手は諦めない。
 タイミングを見計らい、徹底的に刈り取るしかないのだ。


 大丈夫だよ、ナツくん。鬼島さんがまもってあげるから、ナツくんはなにもしなくていいからね。


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