お友だち(偽) | ナノ

20 ナツの所持品失踪事件


 
馬木 智加良(まき ちから)
園 暁鳳(その ぎょうほう)
葛(かつら)





 一か月一度は必ずある試験の後は教室に結果が貼り出される。黒板の隣の壁にあるA4サイズの紙だが、昼休みにそれを眺める三人がいた。


「夏輔、お前またいい順位だなー」
「うん。最近親切に勉強教えてくれる友だちがいるから、勉強が楽しくて」
「なんだそれ羨ましいわ。俺にも紹介してくれよ」
「ちぃは家庭教師いるんでしょ」
「まあ勉強と違うことばっかやってるけどな」


 下卑たことを言って和風の整った顔にそぐわない悪そうな笑みを浮かべるのは夏輔の友人の馬木智加良。黙っているとただきれいな顔立ちで真面目な人に見えるのに、彼女と名乗る人間が両手両足でも足りないほどいるらしい。家庭教師という人ともそれなりの関係にあるようだ。
 はは、と苦笑いする夏輔の肩に腕を回し、お前もそうなんだろ、と囁く。鬼島と性行為をした翌日、にやにや笑みと共に小声で指摘してくるのも智加良だ。へらへらしているが試験になれば一位二位をいつも争っている。夏輔は常に三位から五位の間を行ったり来たり。


「なっちゃん、これで特待生に復帰できるんですよねー。この前二回あった補習テストと今回の成績のトータルで」
「そうだと思う。今日の放課後に丹羽先生と話す予定なんだけど」
「真面目だし評判も良いし、成績と素行両面がいいなっちゃんは絶対戻れますよー」


 智加良が争っている相手は、こののんびりした敬語口調の園暁鳳。ひょろりと背が高く、糸目でのっぺりした顔だち。普段は素朴で穏やかな性格ながら部活は古武術部で豹変する、とまことしやかに囁かれている。その真偽のほどは謎である。


「智加良は素行が明らかに悪いから、特待生になれないんですよね」
「青春時代に遊ばなくってどうすんだよ」
「遊びすぎってことですよ」


 いつものやり取りを聞きながら、夏輔は指を伸ばして成績表を辿った。一位は園暁鳳、二位は馬木智加良、三位は自分で……六位に珍しい名前があることに気付いた。一年のときからクラスのメンバーは変わらず持ちあがりなのだが、その頃から二十位前後でぱっとしない成績だった生徒が六位にまで順位を伸ばしていた。


「葛って、こんな成績上がったんだ」


 一年生の終わりのほう数回の試験と二年生になって最初の試験に夏輔はいなかったので、よくわからない。しかし覗き込んだ智加良も暁鳳も同じように首を傾げた。


「いや、この前の試験まで普段通り二十位ちょっとだったと思うけど」
「ええ。大躍進ですねえ、六位だなんて」
「すごいなあ。がんばったんだろうなー」


 心からの感嘆の声を上げる夏輔と、納得いかないような顔をしている二人。そこへ噂の葛が後ろを通りがかった。


「葛」
「あ?」


 服装も髪型も自由なのだが自前の髪色が多い中、明らかに染めている明るい茶色の髪に人懐っこい笑み。よく一般クラスの女子生徒に囲まれているのを見かける。智加良と同じようにひとりには絞らないタイプなのかもしれない。
 夏輔はにこにこしながら近づいて、自分より少し背の高い相手を見上げた。


「すごいね、成績上がって」
「寝ないで勉強したからなー」


 にやりと笑って軽い口調で言い、軽い足取りで教室を出て行く。そしてすぐに「葛くーん」と女子の声。


「さーて、次体育だから着替えなきゃな。夏輔、今日のパンツ何色?」
「なんで」
「そうですね。早く着替えましょう。なっちゃん、今日のパンツ何色ですか」
「えっ、暁鳳まで」
「見せろよーケチケチすんな。なんだ、見せられないような過激パンツなのか? 恋人の趣味とか?」
「ちょ、やめ、ズボン下ろさないで」


 その日の放課後、再びナツのジャージが消えた。そしていつものように新品が置いてある。それに青ざめるナツ。二年生に上がって初めてジャージが消えた。今まで四回ほどあった体育は全て体調を見て見学していて、今日は久しぶりに体育に参加したのだ。それを知っている奴が犯人だということになる。
 ナツはぞっとした。どうして使用済みジャージなど欲しがるのだろうか。

 所持品の盗難が始まったのは、一年生だった去年の夏。
 文房具、お弁当箱、使用済みの教科書、水筒、スマートフォンのケース、イヤホン、タオルなどが今までに消えて新品が代わりに置いてあったもの。家庭科で作ったカップケーキとエプロン、美術で作った木工細工の車はただ無くなって代替品は置いてなかった。

 いよいよひとりで溜めこんでいるのが辛くなってきた。はぁ、と息を吐く。でも智加良や暁鳳は二人それぞれ忙しいので、自分のことで煩わせたくはない。満和に相談したら体調を悪くしてしまうかもしれないし――考え考え校門の外に出ると、薄暗い道できらきら金髪の細い美形男性がナツを見てにこっと笑った。


「おかえりなさい、ナツさん」


 談だ。ナツの体調がしばらく悪かったので、迎えに来るのが習慣化してしまった。もう大丈夫だと何回言っても、気が済むまでやらせてください、と笑顔で言われてしまい、申し訳なくも来てもらっている。談が暇だと言う時だけ。
 その優しい笑顔を見て、不安を感じて強張っていたナツの顔がふっと緩む。緩み過ぎて涙が出そうになった。


「どうしたんですか」


 談の、ごついシルバーリングがあちこちに嵌った細い指が肩を包む。泣きそうに歪むナツの頬をもう片方の手のひらが撫でた。与えられた体温にぐっとしてしまうのは、もう擦りこまれた感覚だ。一番不安定なときに、あれだけ一緒にいてくれたのだから。
 鬼島とはまた違う感覚で甘えられる存在に、いつの間にかなっている。


「……あの、鬼島さんに、言わないでくださいね」
「えー……はい」


 談は涙目のナツに見つめられ、柔らかな笑顔のまま心の中で「多分」と付け足した。
 車へ乗り込み、助手席でしょんぼり俯くナツの口からぽつぽつ零れる所持品交換事件についての話を聞く。次第に談の顔は険しくなったが、話し終えたナツが不安そうに顔を上げたときには笑顔を向けた。しかしすぐに真剣な顔へ。


「気味が悪いですね……何か、相手からメッセージのようなものは?」
「そういうものはありません。ただ、消えるだけで」
「そうですか。心当たりもなく」
「ありません」
「……」
「あ、えと、そんなに談さんが悩まなくても、いいです。おれなら大丈夫なので」


 どう見ても大丈夫ではなさそうな顔でナツが言う。談は微笑み、黒く短い髪を撫でた。


「また体育見学しますか。そういう風に先生に連絡しますけど」
「……少し、考えます」
「何かあったらすぐ俺に言ってくださいね。一緒に考えますから。考えさせてください。大好きなナツさんが知らない場所で悩んでいるのは、俺も苦しいです」
「ありがとうございます」


 ぎゅ、と、一度抱きしめられて、では帰りましょうかと談が言う。頷くとすぐに車が走り出した。


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