お友だち(偽) | ナノ

19


 人で混雑する食堂は避け、いつものように教室で満和と向かい合う。この前の休みに鬼島さんの家に行った時、有澤さんと一緒に満和が来て初めて彼らの繋がりを知った。鬼島さんの後輩が有澤さんで、有澤さんの家に満和がいるらしい。


「いろいろ心配かけてごめんね、満和」
「ううん。勝手にしてただけだから」


 優しげで儚い雰囲気の満和の傍にいる有澤さんは常に心配していて、なんだかとても親しげに見えた。小さな小さなお弁当をたいへんそうに食べる満和に、勇気を出して聞いてみる。


「ねえ、満和」
「ん?」
「……有澤さんって、満和の恋人?」


 白い頬に赤みがさす。この反応は、と思わずにやり。ちなみにおれのほうは、鬼島さんがどうどうと「恋人になりました夏輔くんです」と紹介をしたので知られている。


「……そう、見えた?」
「うん、特別感あったよ」
「そっか……」


 満和は肯定も否定もしなかった。もしかしたら鬼島さんとおれがそうだったような、少し複雑な背景がある関係なのかもしれない。人と関係を結ぶのは単純なようで難しい。そんな気がして、あまり深くは聞かないでおこうと思った。
 一瞬の沈黙、の後に、満和が思い出したように小さく声を上げた。


「ナツ、鬼島さんの家に住むの」
「あー……まだ決めてない」
「そうなんだ」
「うん。たしかに学校にも近いんだけど、アパートから離れるのもなぁ、って」
「難しいよね」


 記憶を取り戻してまもなく一か月になるが、鬼島さんは毎日夜にやってきては家で寝る。朝までちゃんといてくれ、学校へ送ってくれるようになった。
 好きな人がそばにいてくれるのはとても嬉しい。けれどわざわざ家に来るのも大変なはずだ。佐々木さんや談さんから電話が何回も入っているのも知っているし。


「鬼島さんが大変そうだから、お家に住まわせてもらうのもいいかなとは思ってる。記憶問題も解決しかかってるし、新しい一歩もありかなって」


 思うのだが、腹の中にはもやもや。それを見透かしたように満和は、おれの頭を撫でて笑う。


「鬼島さんは鬼島さんの要求をしてきてるだけだから、乗れそうだったら乗ればいいし、無理だったら無理って言ったらいいよ。あの人、きっとナツが言うことなら聞いてくれるから」


 昼休みを終えてみっちり五時まで授業を受け、バスに乗って帰るのは鬼島さんの家。降りるところは学校から十五分くらいの駅で、そこからは歩いて十分。
 鬼島さんの家は立派な日本家屋といった佇まい。お寺のような門をくぐると内側に若いお兄さんが立っていて「お帰りなさい」と声をかけてくれる。玉砂利を踏みしめ庭を抜け、ようやく玄関だ。


「お帰りなさい! ナツさん、晩ご飯できてますよっ」


 お出迎えをしてくれるのはきらきらの談さん。何回見てもかっこいい。この優しい人がずっと面倒を見ていてくれたのだ、と思うと、ありがたさに頭が下がる。


「ただいまです。あの、談さん」
「はい」
「……今度、おれに何かさせてくれませんか。お礼がしたいんです」
「お礼だなんて、そんな。好きでやったことですから」
「おれ、できることなんかないですけど、お手伝いでもなんでもしますから」


 頭を下げたら、慌てたようにやめてくださいと声が掛かって肩を掴まれる。顔を上げると笑っておれの頭をなでてくれた。本日二人目。


「じゃあ、何かあったらおねがいしますね。ナツさんはいい子だなー」
「いい子じゃないです」
「鬼島社長が惚れるのもわかりますね。かわいいし」


 急にいたずらっ子のような顔になった談さんはおれを上がり框に座らせ、自分はサンダルを履いて広い土間に降りる。
 何をするかと思ったらおれのふくらはぎあたりを持ち上げて靴を脱がせ始めた。


「だだっ、談さん!」


 こんなかっこいい人が急に何を。思っていたら下から上目遣いに見上げてきた。


「ナツさんって、こういうことしたくなります。傅きたくなるというか、お世話したくなるというか」
「だからって、そんな、実演やめてください」
「なんなら今日お風呂場でお背中流しましょうか」
「そんなことされたら気絶します」
「ナツさんのお世話なら何でも、喜んでしますよ」


 すっかり体温が上がってかっかと熱い頬を、立ち上がった談さんがするりと撫でる。よくわからないけどホストクラブで優しくされたらこんな風にとろんとなってしまうのだろうか。


「……随分仲がおよろしいようで」


 低い低い声に、談さんとおれは一斉に右を見る。奥に伸びて曲がっている廊下は手前しか明かりがついていないので、うっすら角のあたりが見えるか見えないかの暗がり。そこから顔を半分覗かせて鬼島さんがこちらを見ていた。浴衣が濃い色なので闇と同化していて顔が浮かび上がっているかのよう。とても怖い。


「ひっ、き、鬼島さ」
「談……お前ナツくんと一時夫婦状態になったからって調子乗るなよ……」
「すみません」
「ナツくんは渡さんぞ……お前は俳優のイケメン彼氏とよろしくやってろ」
「あ、まだ彼氏じゃないです」
「散れっ」
「はい」


 談さんを見上げると笑ってウィンク、去って行く。傷ついた様子もないので、しょっちゅうこんなやり取りをしているのかもしれない。
 ようやく暗がりから出てきた鬼島さんは磨き込まれた焦げ茶の床に膝をつき、おれをそっと抱きしめる。


「お帰り、ナツくん」
「ただいまです。あの、鬼島さん」
「なぁに?」
「談さんにもう少し……優しく」
「してるよ。大丈夫大丈夫」


 先ほどの言い草から全く信用はできないが、そもそもの発端はおれが忘れてしまったことにあるので何も言えないような気もする。


「ナツくんがこっちに帰ってくるって電話くれてびっくりしちゃった。どうしたの」


 広い部屋にたったふたり、向かい合って晩ご飯を食べる。メニューは和食。マグロの味噌焼きが非常にうまくて白米が進む。
 食欲はまだ回復半ばだが、前みたいに楽しめるようになってきたから大丈夫。


「鬼島さん、今日はずっとお家で仕事って言ってたから、こっちに帰ったら手間が省けると思って」
「ナツくんちに行くのも全然いいんだけど」
「でも、申し訳ないから」
「そんなふうに思わなくていいんだよ。鬼島さん、好きでやってるんだし」
「……」
「ナツくんと一緒にいたいって欲求は抑えられなくて、疲れていようとなんだろうと行っちゃうんだよね。顔見たら吹っ飛ぶからさ」


 鬼島さんから向けられる言葉がかなりストレートになった。これが恋人というやつなのか、恥ずかしくてたまらないが嬉しい。
 おれだって鬼島さんに会えたら嬉しいわけだし、どうしよう。


「……もしかして、一緒に住もうって言っちゃったから悩んでる?」


 箸を持ったまま唸っていたら、鬼島さんが言った。すでに食事を終えて日本酒を飲んでいる鬼島さんは、眼鏡のない素のままの目でおれを見つめる。


「……悩んでいる、というか……まあ……悩んでます」
「正直だねぇ」
「鬼島さんとたくさん一緒に居たければここでお世話になるのが一番いいんだ、と思うんですけど」
「うん」


 腹の中のもやもやを、口にするかしないか迷う。箸を置いて、震える手を膝の上に隠した。


「……また、もし、鬼島さん……鬼島さんと、離れなくちゃならなくなったとき、が、辛いので……あんまり傍にいるのもなぁ、と思って、ます」


 思ったよりもずっと、ひとりという時間に苛まれていたらしいことを最近気づいた。鬼島さんが夜からいてくれて朝も一緒で、満たされるのを感じる。また長い時間をひとり過ごすことを考えただけでこんなに怖い。
 もしもまたひとりになるなら、それにもう一度慣れておかなければならないから、やはりアパートがいいのかと思う。


「……ナツくん」


 おれの言い分を聞いた後、何度かおれの名を呼んでから、はぁ、と、溜息。机に肘をつき、髪をかき混ぜる。もともとくせ毛っぽい髪がよけいに乱れる。それでもかっこいいのだから不思議だ。


「……いや、でもこれは俺が、鬼島さんが悪いね」


 そう呟いたあと、ゆっくりおれを見た。


「ナツくんをひとりにする、っていうの、もう絶対ないから。そりゃ仕事で出張はあるかもしれないけど、前みたいに連絡なく何週間もほったらかしたりしない。それにナツくんに嫌われるならまだしも、鬼島さんからナツくんポイすることなんか絶っっ対ないから」
「……本当ですか」
「本当です。こんなねぇ、可愛いこを落として付き合って簡単に捨てたら、鬼島さん呪われちゃうよ」
「おれ、そんなことしないです」
「ううん、ナツくんじゃなくて、蓮さんに。ナツくんから貰うんだったら呪いだって喜んで貰う」


 蓮さん、怖いし。ナツくん、かわいいし。捨てるなんて無い無い。
 そう言ってお酒を飲む鬼島さん。


「ナツくん、どっちか選んだりしなくていいよ。鬼島さん、ナツくんがいるところにだったら地球の裏側でも通うし、ここにいたいんだったらいればいい。あっちとこっちと行き来するでも全然いいし」
「でも」
「あの家で、ナツくんの布団でくっついて寝たりご飯食べたりするのも好きだしね。好きな人に夜な夜な会いに行くなんてなんかいいじゃない?」
「……鬼島さん」
「鬼島さんはねぇ、ナツくん? いつだってナツくんが一番いい、やりやすいようにやってくれたら嬉しいんだ。見守るし、手助けするって約束したし、のびのび笑ってるナツくんがいちばん好き」


 ふと、頭の中の硬い紐が解けたような感じがした。
 鬼島さんの姿は見えなくても、それはおれを本当にひとりにしていたわけではなかった。いつだってどこかから、おれを見ていてくれたはずだ。そうでなかったらおれは今頃本当にひとりだったに違いない。助けがなかったらここまでやってこられなかった。

 鬼島さんはおれをひとりにはしない。今度からは、姿も消さない。何度も約束してくれたその言葉を信じてもいいのではないか。

 机を回り、近付いて、抱きつこうと思ったら先に抱きしめられた。しっかりした首筋に顔を埋める。


「鬼島さん」
「ん?」
「……好きです」
「鬼島さんも、ナツくんが好きだよ」


 何度言っても、その数だけ帰ってくる。それはなんて幸せなことだろう。


「ナツくん、一緒にお風呂入ろっか」
「はい」
「談に背中流してもらう?」
「……それは、いりません」


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