18
温かい緑茶を飲みながらナツくんがぽつりぽつりとした話。蓮さんのこと、俺のこと、蓮さんと関わっていてナツくんが知りうる限りの人のこと。俺の記憶と照らし合わせ、事実だと確認をしたいようだ。
蓮さんのことは亡くなる前、亡くなった後のあたりがぼやけているだけらしい。聞きたい? と尋ねたら小さく首を横に振った。まだ怖い、と。
「……おれ、鬼島さんのこと、優志朗くんって呼んでましたね。ごみ捨て場にいるって、おとーさんに教えて助けてもらったんですよね」
「そうだよ。蓮さんが、また妙なもん拾ってきたな、って、嫌な顔してた。鬼島さんが嫌なやつだってすぐわかったみたい」
「……優志朗くんは、いい人だよ。おとーさんが行っちゃって寂しくて、でも口に出せなくて苦しくなってたら、ぎゅうってしてくれたり、話し相手になってくれたりしたし」
真っ赤な目をして、笑う。あのときよりずっと大人になった顔と声で、まさかもう一度「優志朗くん」と呼んでもらえるとは思っていなかった。
「もう一回呼んで」
「……優志朗くん」
小さな子どもだったのに、こんなに魅力的な人になってしまって。困ったことだ。
「……夏輔さん」
「懐かしいね」
「夏輔さん」
腕を伸ばして肩を抱きよせる。細くなった身体が痛々しい。でもあの頃よりずっと大人になった。これからはどうなるのだろう。どうなっていくのか、見守りたい。今度は誰よりも近い場所から。
「夏輔さん」
「なんですか」
「あの時から言いたかったことがあります」
ナツくんが幼いときから今に至るまで、ずっと抱え続けたもの。変わらない想い。今、口にするのはずるい気もするけれど、話してしまいたかった。
真っ赤な目に見つめられ、胸がずくんと痛く熱くなる。息を吸って、口にした。
「夏輔さんが好きです。今も昔もあなたしか見えていません。良ければこれからも傍に置いてください。恋人として、あなたと生きていきたいです」
軽く目を見開いて、それから笑った。頬が赤くなる。
「おれも、あなたが好きです。ずっとずっと前から」
唇が触れ合う。何度も何度も離れてはまた触れ、角度を変え、ナツくんの手が胸を叩いてくるまで口付けた。
「ナツくん」
「そっちのほうが、なんかいいです。鬼島さん」
「えー優志朗くんがいい……」
「……ときどき、なら」
「かわいいです、夏輔さん」
泣きすぎたせいか、一度にたくさんのことを思い出したせいか、頭が痛くなってきたようだ。
俺がいない間にナツくんの診察を頼んでいた深山に連絡をすると「明日診に行く。てめぇ逃げんなよクソ男」と言われた。逃げたほうが良さそうだ。
軽くシャワーを浴びさせてすぐ布団に入れる。緩い寝間着の中で泳いでいるナツくんの身体は想像よりずっと細かった。
「ごめんね」
ストレスの八割九割は俺のせいだ。殊勝に謝った俺を、きょとんと見上げてきた。ううん、と誤魔化し、立ち上がりかける。と――
「……すみません」
俺の袖を掴んだ手を、困惑したように引っ込める。髪を撫でて身を伏せ、額に口付け。
「大丈夫だよ。ちょっとシャワーに行ってくるだけ」
「はい。ごめんなさい……」
「眠たかったら、寝てね」
こうなったのも俺のせいだ。友だちだとかごまかしして触れるだけ触れて置き去りにした。俺がいつもいつもこの子をひとりにしたから、いけない。
もう一度口付け、素早くシャワーを浴びて戻る。服は談のものらしいスウェットパンツと新しい下着を拝借した。
灯りを消して布団の中へ入るとすぐにナツくんが身を寄せてきた。腰のあたりを抱き、なだめるように撫でてやる。さすがにいやらしいことをする気にはならない。体力もなさそうだし、気持ちの方もまだまだ回復は遠いはずだ。
「安心して寝て。どこも行かないから」
おいていかれることに怯えているので何度も何度も言葉を掛け、眠るよう促す。寝息が聞こえたのはそれから一時間ほど経ってからのこと。そっと頬を撫で、額にキスをした。
蓮さんに手を出したゴミは焼却処分したからあとは佐々木や有澤や談に再度礼を言って回って、ナツくんと一緒に過ごしてしっぽりと。ナツくんを家に住まわせてもいいかもしれない。体調面でまだ何があるかわからないし、高校にもここよりは近いし、談や満和くんや若いのもいる。
でもナツくんがここから離れたくないかな。蓮さんとの記憶が詰まった、このアパートから。
要話し合いだな。俺としてはナツくんに来てもらいたいけど。
考え考え眠りについたら、夢の中で蓮さんに会った。深く深く溜息をつき、よりにもよってお前かぁ。と言っていた。ような気がした。
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