お友だち(偽) | ナノ

16


 ずっと頭の中がモヤモヤしている。まるで霧の中にいるみたいですっきりしない。目の前の景色も作り物か写真のようにリアリティが一切無い。

 おれはどうしてしまったのだろう。

 談さんに言うと少し困ったような顔をして、おれが記憶喪失だということを丁寧に説明してくれた。気分が悪かったり微熱が治らず病気っぽいのも、心がバランスを失っている状態だからだという。それがモヤモヤの正体なのか。記憶がぼんやりしているから?

 談さんはとってもいい人。かっこよくて優しくて料理がうまい。急に不安になって傍に寄っても嫌がったり、しない。前に会ったことがあるらしいけれど、わからない。

 手、コップ、こたつ、台所、テレビ……目に入る物の名前はわかるのに、人のことがわからないらしい。
 夢に出てくる人も、会ったことがある人なのだろうか。背が高くて黒いコートに黒いズボン、黒髪。いつも後ろ姿しか見ないけれど、なんだかほんの少し寂しそうに見える。なぜだろう。話しかけたいのに、声が出せなくて、その人は歩いていってしまう。
 寂しくて、たまらない。
 どうしてだろう。


「ナツさん、本当に大丈夫ですか。顔色、良くないですけど……」
「大丈夫です」
「学校まで送りましょうか」
「談さん、今日は忙しいんでしょう。ひとりでも平気ですから、心配しないで」


 曇った顔で、行ってらっしゃい、と見送ってくれた。黄色や赤の花が、あちこちの敷地から覗く穏やかな路地を歩き、バス停でバスを待つ。
 顔色は悪いらしいが調子は悪くない。身体が珍しく軽いし、心もなんとなくふわっとしている。夢を見なかったせいだろうか。あの、なんとも悲しくなる夢を。

 バスに乗り、適当な席に座る。なんとなく足が向く席。よくバスに乗る人ならばあると思う。
 窓の外の風景、わかる。憶えている。どうして人のことだけ忘れてしまうのだろう。
 次第に、乗客が増えてきた。おじいちゃんに席を譲り、立ち上がる。学校まではもうすぐだ。立っている人の中に混ざり、ぼんやり。
 すると急に、強くブレーキがかけられた。とっさに反応できず、身体が傾ぐ。しかしそれを支えてくれた人がいた。大きな手でおれの肩を抱き、倒れないように。


「……大丈夫?」
「大丈夫です……ありがとう、ございます」


 お礼の言葉を口にしながら、支えてくれた人を見上げる。背が高くて、色が白くて、黒髪、長めの前髪、黒縁眼鏡。黒いコートからはノーネクタイの白シャツが覗いている。
 どき、と、心臓が跳ねた。優しそうな笑みを口元に浮かべているのに、前髪の間から見えるのは意外に鋭い目。それがじっとおれを見ていた。


「すみませんでした」


 言って、目を逸らして窓へ。あまり長く見ていてはいけないような気がしたからだ。
 降りるときにもう一度そちらを見てみようかと思ったけれど、やめた。

 学校につくまで、何度も思い出したあの眼差しと白黒の印象。肩を抱いた手の感触も強く残っている。どうしてだろう? なにもかも、ただの一瞬だったのに。


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