お友だち(偽) | ナノ

14


「こんにちは、ナツさん」
「……こんにちは」
「有澤譲一朗です。初めまして」
「すみません、ナツさん。この有澤さん、顔は怖いですが問題ないですから!」


 どうしても外せない仕事があり、三時間ほど出なければならない。その間ナツさんをひとりにするのも不安だと談が言っていたから、見守るくらいならと引き受けた。

 やはり、以前の彼とは全く違う。


「見てー超可愛い」


 と、へらへらした鬼島さんから写真や映像(隠し撮り)を何度か見せられたり話を聞かされたりしたが、よく笑いよく食べる健康的な懐っこい子だ、という印象だった。今はまるで反対の、様子。

 談が出ていった途端、明らかに困った顔で俺を見上げる。


「……ナツさん」
「はい」


 びく、と、大げさなまでに震える。一緒にこたつに入って向かいにいるが、心の距離はかなり遠そうだ。


「ナツさん、話を聞くのは好きですか」
「はなし……?」
「ええ」


 怪訝な顔をしながらも小さく頷く。会話をするよりも話を聞くほうが楽だと判断したのかもしれない。


「……昔々、ある男がいました。鬼のような男です。人を騙したり暴力を振るったり、色々なことをしていました。頭が良かったから捕まりませんでしたが、それはもう有名だったんです。仲間には優しかったし嘘をつかないから、嫌う人もいれば好く人もいました」


 力の抜けた立ち姿。最初に殴りつけてきたのは別の人間だったけれど、話すより先に俺の骨を折り、ボコボコにしておきながら見下ろして笑った。「お前、いいね。好きだよ。名前何? 俺、鬼島。鬼島優志朗」その後は何かと絡んできた、『鬼』と呼ばれ恐れられた王様。


「ある日、男は酷い目に遭いました。今まで適当にやってきたツケだったのですが、もう明日は見られないと、覚悟をしました」


 大雨の日、死を覚悟した鬼の前に現れたのは小さな天使。まったく汚れのない目で鬼を見て、天使は手を伸ばした。


「天使……?」
「ええ。男はその天使が呼んできた善い医者に助けられ、共に暮らし始めました。男は傷が治るまで動けなかったから、天使は一生懸命身の回りの世話をしました。その姿に、いつしか男は恋をしました。
 医者と天使と男。三人の、今までにない穏やかな暮らし。誰を傷つけることもなく、天使を見守り医者と笑う生活。男は、がらにもなくその暮らしが永遠に続けばいいと、生まれて初めて神に祈ったそうです」


 ナツさんが目を閉じた。何かを考えているのか、それともただ聞いているだけなのか。様子を見ながら慎重に先を話す。


「しかしそれは届きませんでした。医者の善さに嫉妬した悪魔が医者を隠してしまったからです。
 男は悪魔を憎み、悪魔と同じ力を手に入れました。
 もう、天使と一緒にいられません。清らかな天使とは。だから遠くから見守ることにしました。何日も、何年も。天使がもう一度家族を得て幸せになるまで。
 けれど、ある日、ひとりで寂しそうな天使を見かけて我慢ができなくなり、とうとう会いに行ってしまったのです。
 天使は、男をすっかり忘れていました。医者が隠された悲しみを神様が癒やそうとして、何もかもを拭い去ったからです。
 男は再び、天使と出会いました。初めまして、と。
 天使に触れ、喜びに震えました。どうしても天使を離せませんでした。可愛く、優しい天使。男は本当に本当に、好きで、愛していたんです。天使を」
「……ふたりは、一緒にいられるようになったんですか」
「いいえ。またふたりは離れ離れになりました。天使はたくさんの悲しいことがあって涙の湖に沈み、男は遠く遠くにいます。そしてまた天使を見守っているのです。
 ――話は、ここで終わりです」
「悲しいです……そのお話。結局、会えないんですね」
「ええ。しかし、鬼男は執念深くてしぶとい。いつまでもいつまでもまた会える日まで思い続けると思いますよ」
「……会える、んでしょうか、ふたりは。何度離れても?」
「男は不可能を可能に捻じ曲げることが得意なんです。何が何でも会いに来ますよ。すべてが済んだら」


 ナツさんがゆっくり目を開けた。
 俺を見る。


「……ありさわ、さん」
「うん?」
「天使は、男に会いたいのでしょうか」
「さあ。でも、多分、天使も男が好きだと思います。天使は男といるとき、それは幸せそうだったから」


 たくさん食べて、笑って、ときどき不安になって、はぐらかされて。それでもナツさんのすべては鬼島さんだけを見ていた。映像でもわかるほど、彼は一途に見つめていた。
 だから鬼島さんは決意したのだろう。この子を脅かす存在はなんであれ、許さないと。

 鬼島さんが姿を消した理由は、ナツさんを落ち着かせるための時間を作ることともうひとつ。

 復讐を果たしに行ったのだ。

 あの日、姿を消す前に鬼島さんは俺のところへ来た。庭に立ち、コートのポケットへ両手を突っ込んで背中を向けたまま「ナツくん、頼むね。あと、会社のこととか」と言った。


「……どこへ、」
「決まってるでしょ」


 振り返り、冷え冷えと、闇の中で笑う鬼島さん。嬉しくてたまらないとでも言うように。


「蓮さんの魂はまだあいつらのところにある。あのゴミ共が消えて初めてあの人は自由だ。その時が来たんだよ」
「鬼島さん、まさか」


 にぃ、と笑う。その顔を見て、本気だ、と思った。鬼島さんは本気で――


「生きて帰れないかもしれませんよ。捕まることだって考えられる。そのときあの子は本当にひとりだ。それでもいいんですか」
「ひとりには絶対にさせないよ。安心して見てな」


 そう言って鬼島さんは、姿を消した。
 それからすぐ聞こえてきたのはあちこちで起きている、関西系某会系組事務所で起きている話。爆発であったりちょっとした事故で「たまたまいた」組長や若頭が何人も負傷したり意識不明に追い込まれた。

 なんの痕跡も残さず、実に丁寧に行われた一連の行動。鬼島さんの描いた絵図には狂いがない。
 しかしこれはまだほんの序の口、挨拶に過ぎないのだろう。鬼が何年もかけた計画だ。きっとこの先、もっと大きなことが待っている。

 そしてあの人はまたひょっこり姿を見せるのだろう。何もかもが終わったら。そしてこの子は何も知らないままでいるのだ。鬼に守られた天使。それが鬼島さんの理想の形。

 ひっそりとしたアパートの一室。
 ふと俺は、問いかけた。


「……ナツさん、あなたがもし天使だったら、男を愛すると思いますか」


 瞬きをしながら首を傾げ、わかりません。と小さな声で言った。

 そんな話をしていたら談が帰ってきた。片手には有名なタルト店の箱を持って。礼だと言うから貰い、部屋を出た。



 時を空け、春先。
 報道が我先にと取り上げた事故がひとつ。
 関西系某会を束ねる総長以下古参の組長が集まる総会が開かれた会場に「事故で」激しい火災が起き「運悪く」逃げ遅れた彼らは発見されることがなかった。それだけ強い火だったのだと報道された。

 しかし人間はそう簡単に形もないほど燃え尽きたりはしない。どうにかして連れ出され、表に出ないところで、というのが真相だろう。
 警察もその線で捜査をしたようだが、ついになんの手がかりも見つけられなかったようだ。

 新聞に載った捜査終了記事と隣合わせに、関西系某会が事実上の解散となった記事があった。有力者がいなくなり、残ったもので小競り合いを起こした末の解散。
 その報せを受けたのは穏やかな朝。

 これであの人も解放されたろうか。
 雪が融け、水となって巡るように彼も自由になってもらいたい。そう、思った。


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