11
蓮さんが跳ねられ、それをナツくんが見てしまった。誘拐されたストレス、唯一の家族で大好きな父親が目の前で倒れた事実。ナツくんはとうとう耐えられなくなったのだろう。
俺はとっさに魔法を掛けた。壊れかけた彼の精神が保たれるように「これは夢だ」と。甘い嘘に心が縋り付き、目を覚ましたときに子どものナツくんはすべてのことを忘れていた。父親のこと、父親が救った人々のこと、もちろん、俺のことも。それでいいと思った。
ナツくんの心が壊れないよう、知り合いの精神科医に頼んでうまく出来事を繕った。両親はいない、お金は弁護士が管理していて月々振り込まれる、学校はここを受ける――など。当然嘘で、俺がずっと裏で糸を引いている。
俺が掛けた魔法はちょっとしたことで簡単に解ける。だから思い出す出来事がないように上手に上手に、やってきたつもりだ。
そうしたいと思うほど、俺はナツくんが好きで好きでどうしようもない。刺されてごみ捨て場に埋もれ、死ぬ運命だっただろう俺をまっすぐ見つめて助けてくれた子。
残酷な事は見なくていい。健やかに、何もかも忘れて大きくなって幸せになってほしい。
だから俺は裏にいる。気付かれなくて構わない。すべての設計をし、ナツくんに会わないまま時間が過ぎた。今までもこれからも、そうして行くはずだった。
なのに――欲を捨てきれなかった。そして会いに行ってしまった。
図書館で顔を合わせて魔法が解けていないことを確認し、後をつけて俺が住んでいたときと同じ、古びた外観のアパートにたどり着いた。ドアを開けたナツくんを見て、なんて言ったか覚えていない。ただ変わらないその目が愛しくてたまらず、うまいことを言って騙すように入り込んだ。身体まで抱いた。歓喜した。ナツくんが俺の手の中に再び戻ってきたこと。
それはやはり間違いだったのだ。俺がナツくんの前に姿を見せたせいでこんな事態になってしまった。
足を止め、携帯電話を取り出す。
「あ、佐々木?」
ナツくん、夏輔さん。
どうか幸せになってください。
「談に、俺の代わりにナツくんに良くするよう言っといて。あとで詳しいことメールするけど、佐々木と有澤に俺の会社全部任せるからフォローよろしく頼むね。俺、ちょっと旅に出るから」
「は? 優志朗先輩? ちょっと」
自由業のいいところだ。どこにでもいけるのは。
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