お友だち(偽) | ナノ

えっちな社くん?


 

ほんの少し性描写がありますご注意を。



***



 幽霊屋敷に住む先生、といえば業界で有名だった。
 心中恋愛もの、悲恋、片想い、怪奇小説など幅広いジャンルを書き分けており、脚本家やコラムニストとしても活躍している幕間到先生である。担当するようになったのは三年前からで、原稿も前倒しでくれるし打ち合わせもスムーズだしと困ることが一切なく、人当たりもいいので良い作家なのだが、いかんせん遠く家が汚いことが唯一不評なところだ。
 遠い、とは言っても電車で一時間半ほどで、それは自分としては別によかったのだが、たどり着いた場所がとんでもないごみ屋敷であっては少し気が滅入る。聞けば食事も不定期で空いた時間になんとなく食べる、といった様子だった。出版業界で話し合って派遣してもらったハウスキーパーさんも、軒並み嫌がるレベルまでなってきてしまった。
 編集者として家の面倒も見るべきか、と思ったけれど、月に数回しか訪れない自分では手に負えない。

 そんな時にやってきたのが社さんだった。一年前の春先のことである。

「片想いしてた人が一緒に住んでくれて、すっげー家もきれいんなったし飯もうまい」

 電話でそう報告を受けていて、打ち合わせのたびに名前が出るようになった。
 そしてお付き合いするようになったそうなのだが、家にお邪魔してもおふたりの距離感は特に変わらず、関係性も以前と同じ、仲良しなままのように思えた。
 が、最近の幕間先生は電話口で、あの小部屋で、深刻そうな声でたびたび漏らすようになっている。

「武蔵さん……俺、社とえっちがしてぇ……」

と。
 最初に溜息を長々つかれたときには、もしかしてもう書きたくない、とか、実は煮詰まっている、とかなのだろうかと思った。いつも通り軽快に打ち合わせしていたが、その裏ではなにか揺れ動く心があったのかもしれない。と。しかし蓋を開けてみれば大変プライベートな悩みであった。

「武蔵さんに相談するのもちょっとどうかと思うんだけんど、相談できる相手があんましいなくって」
「私でよろしければお話、うかがいます」
「うん……ありがと」

 はぁー、と再び深く深く息を吐く。そして。

「社とえっちしたい……セクハラだったら本当にすまねぇ」
「いえ、私としてはセクハラとは思いませんが……お話、されました?」
「してねー……付き合った初日以来、社とそういう話は一切してねから言いづらくって」
「しっかり話し合われた方がいいと思いますよ。性の不一致は離婚事由にもなるくらいのお話ですから」
「りこんじゆう……!? そらぁ話し合った方がいい、よなあ」
「そう思いますよ。幕間先生がひとりで悩まれていても、きっと解決しません」

 頑張ってください! と言うと、うん、と頷く。
 打ち合わせを終えて部屋を出ると、社さんが台所でお昼ご飯を作っているようだった。軽快な包丁の音や炒める音が聞こえてくる。ここに来る前の話は具体的に聞いていないが

「住み込みの家政夫みたいなものをやっていたので」

 と言っていたので手慣れたもののようだ。幕間先生の健康や精神面などを支えてくれる存在があることは大変ありがたい話である。元気に長く書いてほしい、というのもあるが、幕間到という人間が好きだからというのも大きい。優しくて穏やかでなんでも話してくれて、精神状態が安定している作家は、実はそう多くない。秘密主義だったり、怒りっぽかったり、精神が不安定だったりと癖がある。それらが一切なく、ヒット作を生み出してくれる幕間先生は業界でもありがたがられているのだ。

「社さん、少しいいですか」
「はい、お疲れさまです上妻さん」
「お疲れさまです。あの、幕間先生、ちょっとお悩みみたいで」

 意外そうに目を丸くする。いつも表情をあまり崩さない、かっこいい社さんの驚いた顔は貴重だ。可愛らしい表情に思わず頬を緩めながら「深刻といえば深刻そうなんですが、そうでもないといえばそうでもないのかもしれません」と自分でも謎めいたことを口にしてしまう。
 おふたりが仲良しでいてほしい故の口出しであるので、どうか許してほしいと思った。

「なぞなぞですか」

 社さんが首を傾げるので「多分そのうち相談されるかと」とだけ言った。幕間先生の性格上、今日の夜あたりにお話しするだろう。

「まあ、今更何言われてもびっくりしないですから大丈夫です。到も何も驚きませんでしたし。それどころかネタにされたいって言われる始末でした」

 はは、と笑う社さんに、もう何も言うことはないな。と思った。

 がたごとと帰りの電車に揺られながら、あの不思議なふたりの関係について考える。
 社さんの器が大きいというのもあるだろうが、十数年片想いされていたことを知って、あのように気にしないで構えられる人間が何人いるだろう。もしも自分だったら、あまりに大きな感情に驚き慄いてしまう気がする。
 なぜなら、幕間先生の中で煮凝りになるほど社さんへの気持ちが大きかったからだ。
 そのように思われていて、しかも創作のもとにまでされている原動力となってしまった『理想像』のようなものが怖くなかったのだろうか。絶対に幕間先生の現実と理想とがあるわけで、そこに生身で飛び込んでいくのは。考えただけでぞっとする。

 ――自分があれこれ考えても、何も変わらないのだが。

 社さんは何かお話書く気はないだろうか。面白いものが見られそうな気がする。今度行ったとき、少し書いてみませんかと打診してみよう。人生相談とか面白そうだ。あの笑い方でばっさり切っていきそうで。



 夜、食後のお茶時間。
 のんびりテレビを見ながら社はぼーっとしているようだった。眠そうにも見えるし、今日は言わないでおこうか、そうも考えたけれどだらだら先延ばしにするのはもう嫌だ。それにむらむらして死にそうである。興味あるにしろないにしろ、社の態度を知りたい。

「社」
「んー?」

 何、と両腕を天板にのせ、上目遣いに見てくる。

「かえーしーな!」
「それが言いたかったのか?」
「違います!」

 じゃあなんだよ、と微笑う社に、あのその、と言ってから意を決して、目を見つめた。

「俺と、えっちなことしたくねぇのけ。社はそういうん、興味ねぇ?」

 じっと社が見てくる。表情が読めない。
 ただ見つめてくる。表情はやはり読めない。
 何分経ったのだろうか。いや、何秒かもしれない。

「なんか言ってくれえ……」
「悪い。真っ赤になってる顔が可愛くて」
「可愛い!」
「なんだよ、さっき俺にも言ったじゃねぇか」

 かえーしーって、言ったろ。
 確かに言ったけど。
 そんなやり取りをしながら、社が立ち上がる。

「どけー行く」
「お前も行くんだよ」
「え?」
「布団。行こうぜ」
「えっ」
「するんだろ、セックス」

 そんなあっさり。いや、言い出したのは自分だけれど。でも今まで性欲の破片も見せなかった社がそんなあっさり。そしていきなりの展開についていけない。と考えている幕間の手を、そっと取る。

「嫌か?」
「嫌じゃないです……大歓迎です……」

 思わず本音が出てしまったことにも気付かず、社に手を引かれるままに寝室へ。今はほとんど使っていない幕間の寝室がどうやら今日の寝場所のようだ。

「なんでこっち」
「慣れてる場所のがいいと思って。見慣れない天井よりいいだろ」

 よっと、と布団を押し入れから出す。天気がいいとき、毎回干してくれているのは知っている。社の布団で寝ているにも関わらず、だ。自分の布団が、まさかこんな風に活用されるとは思わなかった。

「到」
「はい!」
「確認だけど、俺はお前を抱きてぇ。お前は? 俺を抱きてぇのか」

 そう言われてみると考えたことがなかった。
 社と何か性的なことをする関係になるとは思っていなかったし、付き合い始めてむらむらしている最中も、そういう具体的な想像をしたことがなかったのである。質問に少し考えてみて、どちらかと言えば、と答えが出た。胸がどきどきする。

「抱きたいより抱かれたいが勝った……」

 社がどういう風に自分を抱くのか、どんなふうに触ってくれるのか、ということが気になって仕方ない。抱きたい欲はまた後日満たさせてもらうとして、今日のところはひとまず抱かれたい、と思う。

「おう。大事にする」
「かっこい……」

 よいしょっと、と布団を敷いて、こいこいと手招きする。隣に座ると、頬に触れてキスされた。ちゅうっと軽いものだったけれどそれだけで、ああ今からセックスするんだな、と思う。

「……社、どうすべ」
「何が」
「心臓爆発しそーなんだけんど」
「爆発」

 は、と笑いながら自然な流れのように布団へ寝かされる。そして社が隣にぽんと横になった。てっきり上に覆いかぶさってくるものだと思っていた幕間は「?」となりながら隣を見る。社が笑っている。

「心臓、爆発しそうなんだろ。落ち着くまで待とうぜ」

 ええ、かっこい。
 思ったが、社がいる限り多分ずっとどきどきしている。手を取ると、ぎゅっと握り返された。

「痛くしないようにしてくれたら、その間になんとかするし……」
「できんの?」
「します……」

 無理すんな、と言われつつ、いざ行為に突入すると社の手つきが丁寧なことこの上なく、違う心臓のばくばくが襲ってきた。今度はときめきだ。ええ、社ってこういう風に人に触れるの? という思いでいっぱいだし、何人のお相手と経験してきたんだ、と思ってしまう。

 が、過去に嫉妬するのはとっくにやめた。
 ずっと片想いをしていて、魅力的な人だからその間に何人もの相手がいたに違いないと折り込み済みである。ずっとかっこいいと思っていた社のことだ、いないほうが不自然だろう。ふわふわした片想いだったけれど、強烈に考えた末、過去の相手だろうがなんだろうが『社』という人間をそのまま愛していくことに決めている。
 それが幕間到の愛情だった。

「やしろぉ……」
「ん?」

 名前を呼んで答えてくれる。近くにいてくれる。それだけで十分だ。暗闇の中で見えるような見えないような、社の刺青。今度は動いているところを、明りの下で見てみたいと思う。
 ぐだぐだになるまで愛されて、キスをされて、挿れられて。時間をかけてじっくり丁寧にいただかれた身体はだるいし、あらぬところが痛いし、股関節ががたがたする。
 しかも社の舌は真ん中から半分に割れていて蛇の舌のようになっていたのだ。予想外の身体改造に動揺しながら、でもそれでぺろぺろとあらゆる場所を舐められるのは気持ちが良くてくすぐったくて、やたらひんひん鳴いてしまったように思い、少し恥ずかしい。
 もぞもぞと身体を動かして時計を見ると夜中だった。

「時間かけすぎたか?」
「いんや、大変結構でした……」
「そりゃよかった。気持ちよくなってもらわないと意味ねぇからな」

 ちゅう、といつもの寝る前みたいに額へキスをされる。それが合図だったかのように瞼が重くなる。眠い、と呟くと「寝ろ」と返された。

「また明日な、到。おやすみ」
「おやすみ……」

 次の日の午前中は腰がだるくて重くて座り仕事はほとんどできなかったが、気持ちはすっきりしていた。ここ最近のむらむらが吹っ飛んだせいだろうか、社が優しかったせいだろうか。むふふ、と昨晩のことをひとしきり思い出してから、さて、と仕事にかかる幕間。

 一方、社は。
 自分より背が高く足が長い幕間の身体を抱えていたので、やはり筋肉痛だったそうな。
 定期的かつ円滑なコミュニケーションのため、鍛えよう、とひっそり考えていた。


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