お友だち(偽) | ナノ

その後の社くん 6


***


 社が珍しく「明日、出掛けてくる」と夕飯時に口にした。普段は出掛けると言ってもスーパーなのだが、前日にわざわざ言うあたりからして違うのだろうなと察しがついた。どこへ、とも聞きにくく「ほーけ。気を付けて行ってこーし」とだけ言う。うんと頷いた社とはそれ以上の話をしなかった。
 次の日、黒い長袖Tシャツにデニムといった軽装で、財布と携帯電話だけを持って朝から出掛けて行った。執行猶予中の身であることは継続しているので、多分その関係だろう、と思う。話せない、というより話したくないのかもしれない。とりあえず家を汚さないように待とう、と思いながら小部屋にこもって仕事をし、気分転換に散歩へ行く。
 高校の隣をとことこ敷地に沿って歩く。高いフェンスの向こうでは、高校生が元気に活動をしているようだった。
 社が高校生のとき、やる気なさそうに体育に参加していたのを見ていたなぁ、と思う。
 社はどんな教科にもやる気なさそうに参加していた。そのくせ、まあまあいい点数を取っていたような気がする。平均点以上の点数を取っていたことを知っているのは、友人の友人情報なのだが。直接話したことは、あの頃多分一回もない。社は全く周りに興味がなくて、俺なんかが話しかけられる人じゃなかった。怖いもの知らずの同級生が話しかけていてたまげたことがあったが、邪険にすることもなく対応していたような。
 ……あれ、俺話しかければよかったんじゃねか……。
 気付かなくてもいいことに気付きそうだったので、そっと知らんぷり。今はお付き合いできているのでよしとする。

 ぐるり、高校を一周して春の日差しを存分に浴びたので、満足して帰宅した。
 すると、家の前に見慣れないスーツ姿。黒い、喪服のようなそれを着た背の高い男が立っていた。背中を見て一瞬葬儀屋か? と思ったが、あいにくと用はない。呼んだ覚えもないし、営業――ということもないだろう。髪がわしゃわしゃしているな、と思いつつ「あの」と声をかける。
 くるり、男が振り返った。

「あの、家に何か御用ですか」

 眼鏡の奥から覗くのは、まるで零度の冷ややかな眼差し。でも口元には穏やかそうな笑みが浮かんでいる。

「こちら、織戸社さんち?」

 低い低い音に尋ねられ、はぁ、と頷いた。よかった、と笑みを深くする男。

「お邪魔してもいいかな? 幕間到先生」
「どちらさんかわからんので……家に上げるのはちょっと」

 そりゃそうか、と言う男。内ポケットから名刺入れを取り出した。白くて長い、きれいな指をしている。名刺をゆるやかに差し出してきた。『Kホールディングス代表取締役社長』と肩書と共に名前が書かれている。

「鬼島優志朗です。よろしくね」
「きしま、さん」
「うん。お邪魔しますー」

 鍵を開けていたことが災いして、家に遠慮せず上がる。幕間は慌てて後を追いかけた。

「社のお知り合いですか」
「うん。お知り合いもお知り合い。でも今ちょっと会うわけにいかないのよねーでも気になるから様子聞きに来た」
「様子ですか……普通ですけんど」
「普通かーいいねぇ執行猶予ついたものねぇ」

 居間でだらり、後ろ手をついて座っている。一応お茶を出し、向かいに座った。社がいつも座っている席にいる白黒の男は不思議で、存在感があるのに目を逸らすと顔がわからなくなる。小説に出てきそうだな、と思いながら、どちら様ですかと改めて尋ねた。
 鬼島はにまりと笑い「社の昔の男かもよ?」と言う。

「昔の男さんですか」
「かもよ? 聞きたい? 前の社の話」
「いや、全部は社から聞くんでいいです」
「あらま、いい男」

 鬼島がにまにま笑いを深くした。内心穏やかではない幕間をあざ笑うかのように、わざわざ感想を口にする。

「こっちもね、一応迷惑かけられた方だから。幸せだと腹立つわ」
「迷惑」
「迷惑。結構な迷惑を被ってんの。お気に入りの熊さんが、だけどね」

 鬼島の言葉はわかりにくい。しかし、この人のペースに飲まれたら終わりだと思った。話がいいように進んでしまう。前のめりになりそうだった姿勢を元に戻し、落ち着けと自分へ言い聞かせる。
 過去の話は社自身から聞きたい。
 他の人の話はあまり聞きたくない。

「で、結局鬼島さんは何しに?」
「最初に言ったでしょ。様子聞きに来たのよ」
「じゃあもういいでしょう。帰ってください」
「ふぅん。そういうこと言える感じの人か」

 ざわりと肌を撫でるような声。ぞわ、と寒気が立つようなそれに負けてはいけない、と向かい合う。

「鬼島さんは、社に嫌なことしに来たんですか」
「嫌なことされたのはこっちだってば。なんで幸せにやってんの、と思うじゃない。だからちょっといやがらせに来たのもあるかも」

 社の大事なものを突っつきにきたのもあるかな、と呟いて、頬杖をつく。

「幕間先生は意外と気が短そうね」
「ここらの人間はみんなこうです」
「一般化するねぇ」

 腹が立つに決まっている。にやにやと笑われて、社にいやがらせしに来たとあっては警戒するのが当たり前だ。

「社が何やったかは知らないですけど、今はまじめに生きてます」
「だからって前にやったことが消えるとでも?」
「そうは言いませんけど」
「そう言ってるのと同じでしょ。理不尽だねえ。傷つけられた人がいて、傷つけた側は知らん顔で幸せに暮らしましためでたしめでたし、って面白いよね」

 鬼島が言っていることは正論だ、と幕間は感じる。けれど社に一生下を向いて生きろというのも違う気がする。違う気がするが、わからない。その場にいなかった人間が何を言っても説得力がないし、仮に自分が大事なものを傷つけられて、果たして同じことを口にできるかどうかもわからない。
 ぐ、と黙る幕間を、鬼島がふんと笑った。

「幕間先生、社を引き受けるってそういうことなんじゃないの? はっぴねすに暮らすのも勝手だけどさ」

 社が帰宅したのは、鬼島がいなくなって二時間後のことだった。

「どした、到。なんか……あったのか」
「いや、なんも。おかえり、社」
「ただいま……なんかすげぇ顔してるぞ。死にそうな顔」
「……ちょっと、台風が来て」

 社が隣に座る。その肩を抱いて引き寄せ、頭に頬を擦りつける。温かい。

「社」
「ん?」
「生きてる以上、どっかに軋轢が生まれるもんずら。故意に生んだものでも、誰かを傷つけずに生きられねーと俺は思うだ」
「ん? うん」
「だけんど、その傷つけた方だって生きていかねーといけねーら。それを一生悔みながら生きるしかねーと思う。だけんど、その態度は色々だ。一生、笑うな幸せんなるなってのも違うと思う。俺が社んこと好きだからそう思うのかもしれんけんど」
「……誰か、来たのか」

 社がはっとした顔で幕間を見上げた。幕間は手を緩め、社を見る。

「やっちまったことも事実だ。それん、一緒には背負えねー。俺は社じゃねーから」
「ああ」
「一緒にいるから幸せになろう、も違う気がする。だけど社には幸せだと思ってほしい」
「……うん」
「頭ぐっちゃぐちゃよ。俺には答えは出せんから」

 はは、と力なく笑う幕間。社のことが好きで、一緒に背負えるものなら背負いたい。だけどそう言っても社は解放されたり、過去のことから完全に抜けられるわけでもない。ぐっちゃぐちゃ、というのが正しい気がした。
 社が、幕間の手を握る。じっと強い目が、見つめてきた。

「俺は到に、全部一緒に背負ってほしいとは思ってねぇよ。俺の過去は俺だけのもんで、俺が背負うのも俺だけの問題だ。だけど到、お前が横で笑ってくれたら、俺は一生それを背負って歩いていける」
「俺も役に立てるのか」
「そうだ。だから俺の手を離さないでくれ」

 社の一生には関われないものだと思っていた。
 ずっとそう思っていたのだ。社はひとりで歩いて行ける人間だし、自分はたまたま今、隣を歩かせてもらっているのだと。だから昔々の恋愛のままに一緒にいられたし、過去のことを深く考えずに済んだ。けれど、社は今、手を離すなと言った。自分の人生に巻き込むつもりで。

「……社は、もう腹くくってんのけ」
「到と一生一緒にいてぇ。だめか」
「だめじゃねー」

 だめじゃねーから、一緒に、いよう。
 答えは出せない。だけど隣で、答えを出そうとする社を見ていて支えることはできる。
 社の手を握り返し、笑う。

「俺、家んことはなんもできんけど、社の隣にずーっといられることには自信あるけ」

 ふ、と社が笑う。

「んじゃ、隣にいてくれよ」
「わかった……」

 ぼろりと涙が出てきた。
 社が背負うものの大きさが怖い。人を傷つけて平然と生きるのは違う。でも、社と一緒にいたい。ばちばちと脳が停止してしまいそうだ。相反することを考えるということはこういうことなのか、と思う。
 だけど答えは自分が出すことじゃないと知った。
 社だけが、それをできるに違いない。
 ただそれを見ていることしかできないのも歯がゆい。歯がゆいけれど、社が隣にいてほしいと言うから、そうする。そうしたい。

「頭がおかしくなりそうだで、もう考えんのやめるわ」
「そうしろそうしろ。お前が考えたって仕方ねぇ。巻き込んだのは俺だ。俺が全部持ってるから、到はずっとへらへらしてろ。飯食ってうまいって言ってくれりゃいい」
「今日の夜から倍、言う」



「社のところへ行ってきました」
「そうか。どうだった」

 夜の有澤邸、一室で北山と差し向かいで鬼島は微笑う。

「幸せそうでした」

 北山は呆れたように笑った。

「……お前のことだ。またなんかひっかきまわすようなこと言ったんだろ」
「ちょっとだけ。あーりんが撃たれそうになったこと、まだ恨んでるので」
「で? 気は晴れたかよ」
「謎は解けました」
「何の」
「北山さんが、あーりんを撃った理由」

 別にねぇよ、日頃の恨みだ。
 前に聞いたとき、北山はそう言っただけだった。しかし、本当の理由は。

「北山さんは、社を足止めするために撃ったんですね。あと、これ以上の被害が出ないように。頭を狙ったはずが腹を撃ち抜いた。そのことで射撃の腕に、社自身が疑問を覚えたとしたらなかなか次の人間をやろうとは思わない」
「……あれも可愛い奴だったからな。一生懸命で、献身的だった。可哀想だろ? 譲一朗の腹なら撃ってもいけると思ったしな」
「虎谷上弦って輩に魅入られちゃった被害者、ですかね」
「そうとも言える」

 酒でも飲むか。
 いただきます。

「北山さんの狙いがわかるまでに一年以上かかりました。俺もまだまだです」
「お前に簡単に読ませてたまるか、ひよっこ」

 ふん、北山が笑う。その笑い方はやはり追いつかない兄貴分、という貫禄があるものだった。


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