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その後の社くん 4


 

 社は寝る前に悩んだ。過去のことを話すべきか否か。けれど話さないことには納得しない、といった様子で、そりゃそうかとも思う。話さないという選択肢ももちろんあるが、すっきりしない関係のまま続くのは嫌だった。社はもともとはっきりした性格なのだ。

「仕方ねぇか」

 帰ってくるまで待つ気はなかった。きっと明日には帰ってくるだろう、となんとなく思ったし、明日話すのも今日話すのも同じだ。布団へ横になり、目を閉じる。寝つきのいい社はすぐに眠り込んだ。

 翌朝、やはり隣に幕間がいた。相変わらずでかい身体を少し丸めるようにして、背中が丸出しで。今日もぐいっとTシャツを引き下げてやり、布団を掛け直してやってこそこそ寝室を出た。

「おはよぉ……」
「おはよう。朝飯できてるぞ」
「ありがとう」

 向かいに座り、いただきます、と手を合わせる。この風景もすっかり見慣れた。日々同じ食卓で食事を共にしていると、だんだん馴染んでくるものなのだな、としみじみ思う。

「なあ幕間」
「ん」
「お前に、ここに来る前までの話をしてやる」
「ん?」
「それで引かなかったら、まあ付き合ってやってもいい。恋愛とかはまだわかんねぇけど、パートナーにはなってやる」
「ん!? どういう風の吹き回しでぇ」
「昨日の夜に考えた」

 社が唐突に言い出したので、幕間が目を白黒させている。腰を据えて話そう、とは思っていたものの、まだ話し出す前だ。まさか向こうから言われるなどと思っていなかった。
 相変わらず読めない顔をしている社の目が、じっと幕間を見る。きれいな奥三重の、涼し気な眼差し。

「とりあえず飯を食え。冷めないうちに」
「ああ……うん」

 話はそれからだ、と言って白米を食べている社をしばらく見つめ、幕間も食事を再開。しかしあまり味がしないのは緊張しているからだろうか。

 ふたり横並びで片づけをして食器を棚に戻し、居間へ戻る。
 幕間が茶を淹れると、珍しいこともあるもんだ、と社が微笑んだ。笑うだけでどきっとするし、湯呑みを渡すときに手が触れそうになって落としそうになった。やはり社が好きだなと思う。社と一緒に、いたい。一番近くでこの顔を見ていたい。

「どこから話してほしい?」
「社が話せるところからで、いいけんど」
「高校卒業して、南の方に行った」

 南の方へ行って、どうやって生きていこうかと考えている矢先に出会った人がいた。とてもきれいで、頭が良くて、かっこいい人。

「見た瞬間、俺はこの人に出会うために生きてたのかもしれない、って思った」

 それだけの吸引力があった。たまたま目が合っただけだろうに、この人だと思わせるような強い目。

「恋愛とかそういうんじゃなく……本当に、ただ好きだったし傍に置いてほしかった」

 虎谷上弦に焦がれる人間はたくさんいた。驚くほどにたくさんいた。その中から引き上げられたときは本当に嬉しかったけれど、そのうち嫉妬も覚えた。上弦が傍に置く人間に。自分より重宝される人間たちに。

「まあ平たく言うと、周りをみんな殺してやろうと思った」
「えっ、極端」
「それだけ、なんか切羽詰まってたんだよ。殺してやりたいと思うほど」

 今思えば、なぜあんなに懸命だったかわからない。生きていく世界はそこしかなかったと思っていたのだろうか。距離を置くと、不思議なくらい周りが見えていなかった。上弦が離れてしまう、ということは世界の終わりのような気がしていたのだ。
 世界の終わり、そんなことはないと今は思うのに。
 そう思えるのは新しい世界に出会ったおかげ、なのかもしれない。あの図書館で、幕間と。

「で、殺してみてやろうと思ってる最中に捕まった執行猶予中の間抜けだ。お前も、もしそうしたい奴がいたら言えよ。銃の扱い、結構悪くねぇぜ、俺」
「絶対言わねー……渡すのも豆鉄砲くらいにしとく」

 豆鉄砲、と笑う社。ひとしきり笑ったのち、はあ、と息を吐いた。

「やくざやさんなんかなるもんじゃないわな。ついていきたいと思う人で世界が完成しちまうから、それ以外なんも見えなくなる」
「そういうもんけ」
「そういうもんだよ。少なくとも俺の周りはみんなそう」

 上弦が黒と言えば黒だし、白と言えば白だ。黒いものも白くなり、白いものも黒くなる。それが東道会の絶対だった。社にとっても。

「今でも好きなんけ、そん人が」
「嫌いではない。でも人だってわかった」

 かみさまみたいに思っていたけれど、人だということが今はわかる。

「まあ全部自分で決めてやったことだし、後悔はねぇけどな」

 幕間がなんとも言えない顔をする。

「どうした」
「俺だって、社のためならなんだってできるし」
「いや俺と競うなよ」
「人だって殺せる」
「殺さなくていいよお前は。紙の世界の中だけにしとけ」

 まっすぐだな、とまた眩しさを覚えた。いつからか目を背けられるようになった自分を、久しぶりにまっすぐ見つめてくれたのが幕間だったな、と思う。幕間に出会ってよかった、のかもしれない。

「幕間、ありがとな」
「いやこちらこそお世話になって」
「で、身体にも刺青があって」
「あ、それでずっと長袖だ」
「そう。この辺まで入ってるから」

 この辺、と肘の辺りを示す。

「これから暑くなるけ、あんま長袖も着れんけど」
「周りの人をびびらせるのは勘弁だな……せっかく仲良くなったのに」
「びびらんのじゃない? 社って人がわかっとるし」

 そうかなあ、と悩む社はいつもの社だった。図書館で再会してからずっと見ていた社の顔で安心する。ここに来る前の話をしている社はまるで空虚な人形のように無表情だったから、少し怖かった。

「社の話、ちゃんと聞いた。でも別になんとも思わねー。ネタにしたいと思ったくらいで」
「ネタにするならしてもいいぞ。本名は出すなよ」

 ん、と返事をし、改めて社を見る。きらきら光る茶色の目を。

「社が好きだ」
「……ふふ」
「なんで笑うでぇ」
「いや、まじめな顔して言うから」
「普通そうずら!」
「俺もお前が好きになりそう」

 甘い笑顔でそんなことを言うものだから、幕間は一瞬にして白い肌を赤く染めた。



「で、お付き合い始めることになりましたー」

 社が風呂に入っている隙に、とりあえず上妻と三苫に電話を掛けた。上妻には「おめでとうございます。原稿はしばらく取りに行かないですからごゆっくりおふたりで」と優しい言葉をかけてもらい、三苫と月原は嬉しそうにしてくれた。つくづく、人に恵まれていると思う。他の会社の人もきっと同じ反応をしてくれるだろう。嬉しい。

「だーれと話してんだー」
「ひぇっ!」

 気配もなく、背中にひたりと張り付いてきた社。飛び上がるように驚く。

「気配は出してくれぇ」
「これがプロってやつよ」

 プロかあ……と言いながら後ろを見る。そしてまた飛び上がる。

「な、なんでパジャマ着てねんだ!」
「風呂上がりは暑いじゃん。嫌なんだよ本来、服着るの」

 タンクトップ着てるしいいだろ? と言われたがそれどころではない。肌の露出面積が多すぎる。服を着てほしい、と言う前に、皮膚をほとんど覆う色鮮やかな刺青たちに目を奪われた。赤い牡丹や青い薔薇、なんだか色々なモチーフが混ざりあっているのをきれいだなあとまじまじ見てしまう。
 眺めていると妙に創作意欲がかきたてられた。次の話はきっと、刺青が絡むだろう。

「熱い視線だな?」

 はっとする。社がにやにやと見ていることに気付いてもう一度ぼわわと赤くなる。

「いいから、服ぅ着ろし!」
「着てもいいのかー? 初夜じゃねぇのー?」

 しょや! と真っ赤になりながら言う幕間はもう容量オーバーという感じだ。笑いながら服を着て、隣に座った。ふと気付く。身長差が結構あるのに、座高はほぼ同じだ。となると――幕間の足が長い。

「くそ」
「え、何だな急に……?」
「なんでもねぇよ。風呂入ってこい」

 社に追い立てられるようにして風呂に入る。立ち上がると再び「くそ」と言われたがなぜだかさっぱりわからない幕間なのだった。
 風呂場でも、社の肌が頭から離れなくてぐるぐるしてしまったが、上がるころにはなんとか冷静を取り戻せていた。お酒でも飲もう、とふんふんしながら台所へ向かう。

「だから服を着ろ!」
「え、早。もう風呂入ったんか」

 冷蔵庫の前でしゃがんでビール缶を傾けていた社が振り返る。上半身裸、という先程よりも悪化した出で立ちであった。俺の心をもてあそんでいる、と幕間は思ったが、仕方ない。社にも服装の自由がある。と思い直して隣に座る。
 相手がどんな服装をしていようと、勝手にむらむらしてはいけないのだ。

「俺にも一本くれー」
「はーい」

 台所でだらだら飲み、500ミリリットルの缶を二本あけてふわふわしながら社の肩に頭をのせた。別に香水をつけているわけでもないのに、いつもいい匂いがする。

「酔ったのか」

 社の手が頭を撫でる。きゅんとしつつ、ねむい、と返すと「寝るか」と返ってきた。

「寝るー」
「はいはい。片づけるから待ってろ」

 するりと離れて缶を洗いに行ってしまう。すぐそこにある背中を寂しく見つめながら、なあその動物なん? とたずねた。きれいな色をした鳥のような動物。しかし鳥とも違うような感じだ。

「グリフィン」

 グリフィン、と聞いてもピンとこない。明日の仕事の時に調べてみようと思う。
 ふわふわと寝そうになっていると、寝るぞーと肩に触れられた。

「うい……」

 なんとか歯磨きをして、寝室に移動する。

「社が手ぇ繋いでくれとる……嬉しい……」

 呟くと笑われた。静かな廊下では良く聞こえているようだ。

「ほい、寝ろ」
「社の横で……?」
「いつも寝てんだろ」

 おやすみ、到。と言われて額にキス。キスされたー嬉しいーと思いながら、眠りの淵へたどり着いた。


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