お友だち(偽) | ナノ

その後の社くん 2


 


上妻 武蔵(こうづま むさし)



***



「あ?」

 ぬくもりに起き上がって目を開ける。
 すっかり朝になっているらしい。ぴちゅぴちゅ、鳥のさえずりが聞こえる。
 そして隣に、幕間がいた。でかい図体で伸びきって、社に背を向けてすうすう眠っている。

「なんだこいつ、夜中に人の布団に入り込む癖まであるのかよ……」

 寝返りを打った拍子にTシャツから丸出しになったらしい白い背中を見ながら思う。それは目についたので、黒いスウェットに裾を下ろして押し込んでやった。我ながら人がいい、と思いつつ、あと少し寝かしてやるかと布団を掛ける。
 まだまだ早朝、ごみ出しには十分時間があるだろう。枕元に放置してある幕間の携帯電話をつけて時間を確認。よし、まだまだある。その間に朝ごはんを作って、何往復かしてごみ捨てて。
 頭の中で計画を立てつつ、社はそろりそろりと寝室を出た。

 家とすぐそこのごみ捨て場まで、起こした幕間と九往復ほどしてごみ出しをして、朝ごはん。
 完熟の目玉焼きをもぐもぐ食べる幕間の黒髪が一房ぴょんとはねている。触角のようにぴょこぴょこ動いているそれを見ながらふと、聞いた。

「なんで家事代行サービスとか頼まねぇの」

 白米をはぐはぐしていた幕間が、きちんと飲み込んでから苦笑い。

「汚すぎるから無理、って全部断られただよ」
「断られるとかあるんだな」
「そう。毎回、行くたんびに汚くなってるから無理だって」
「あー……確かに来るたびにきったなくなってたら俺でも嫌だわ」

 汚さないよう気を付けます、と小さくなる幕間にふんと笑って、そうだそうだと思い出す。

「お前、家帰ってきたら玄関で服脱ぐ癖あるだろ」
「あー、あるかも」
「次やったら一枚ごとに一万円、俺に払え。ごみの間から死ぬほど服が出てきた」
「だけん、服が全然なかったんけ」
「そりゃねぇだろうな。だって廊下に全部あるんだもんよ」

 のんびり笑う。

「わーった、払います」
「お前どんだけ金持ってんだよ……」
「困らないくらい」

 もふもふ、お米を噛みながらどこかへ消えていく。次に戻ってきたときには一抱えほどある段ボールを持っていた。ぱか、と無造作に開けられたその中に、社も驚くレベルで札束がぎっしり。

「あ!?」
「なんかあったらこっから取っていいけんな」
「いや……おま、今日銀行行くぞ」
「えー、これ持って? あと三つだか四つある」
「ばかやろう。俺が捨ててたらどうしたよ」

 昨日は気付かなかった、となれば寝室にあったのかもしれない。聞かれた幕間は少し想像するように宙を見た後、社を見た。

「したらまあ、ご縁がなかったっちゅー金だわな」
「ばかたれ。金は大事にしろ。今日預けに行くぞ」
「はーい」

 当面の生活費、このくらい? と札束を積んだので、こんなにいらねぇよばか、と札を抜き取って箱の中に戻した。
 銀行へ行く前、一応、と幕間に取引のある先を全て書き出させる。

「えー、覚えてねー」
「携帯電話でもなんでもいいから見て書け」

 なんちゃら出版、なんちゃら局、なんちゃら制作局……色々と出てきたがどこも、社でも知っているくらい大手である。

「お前仕事何してんだ」
「小説書きながらー脚本書きながらーコラム書きながらーだけ、書くなんでも屋さん?」
「はー、大変だな」

 おらおら、きりきり書けーと手を止めそうになった幕間を追い立て、ようやく書きあがったころには昼も近かった。タクシーを呼び、箱をトランクに積み込んで銀行まで行ってもらう。
 社と幕間、平日に大金を持ってきたラフな服装の二人はそりゃもう疑われた。驚くほどに疑われた。笑顔でさんざん疑われた。おかげで、幕間に書かせた一覧が大活躍である。預かりになったので、おそらく照会などされるに違いない。
 一応預入に成功し、ついでにアプリで残高がわかるんですよとすすめられて幕間が入れた。今日び、通帳を作る人もあまりいないらしい。

「社がやってくんねーかな……」
「面倒なことを押し付けんな。自分でやれ」

 赤の他人でも一応一緒にいられるんだな、と思いつつ、窓口で笑顔の案内係に説明を受けた。さすがにアプリには慣れているのか、弱音を吐いたのはその一回きり。

「昼ごはんでも食って帰ろ」

 すっきりしたな! と笑う幕間、ちょっとジャンプしてみろ、と社が言ったので、疑問符を浮かべながら素直にぴょんぴょん。

「よし、他の金は持ってねぇな」
「あ、そういうことだったんけ!? 持ってねーよ!」
「そりゃ何より」

 銀行近くにあったラーメン屋に入り、炒飯と塩ラーメンをそれぞれ頼んで食べた後に電車で帰った。昨日乗ったばかりの鈍行だというのに、今日は少し違って見えるのは気のせいだろうか、と思いつつ隣を見ると、揺れにうとうとしていたらしい幕間と目が合い、ん? と言われる。「なんでもねぇ」と返し、最寄り駅で下車。

「社、高校卒業したあとすぐこの町出て行ったら」
「うん」

 家に帰って、玄関で靴を脱ぎながらそんな会話をする。

「どこ行っちまったかって、すげーびっくりした」
「お前が? なんで」
「……わかんねーけど、焦った」

 あははーといつものように笑うから、なんだそれ、としか返せなかった。
 幕間はまた仕事に戻っていき、社は昨日、手を付けなかった細かい場所をやることにする。主に幕間の寝室だ。許可を取り、中に入った。

「お、意外ときれい……だけど物がねぇな」

 独り言を言いつつ、本が平積みされた壁と敷きっぱなしで乱れた布団、コンセントから伸びる充電器、だけで他にものはない。よくよく見ると部屋の片隅に、おそらく踏んで壊してしまったのだろう眼鏡の残骸があった。そのくらいだ。昨日の虫の死骸に比べたら悪くない。固まった埃が点々と落ちていることは信じられないことだが。
 天気がまだよかったので布団を縁側に干し、眼鏡の残骸の大きいものを拾って掃除機をかける。あいつパジャマどこで脱いだんだ、と思いながらうろうろ。脱衣所の洗濯機にひっかけてあったのでまあ良しとする。明日まとめて洗ってしまおう、と思いつつ替えのシーツの場所を聞きに行く。

「幕間」
「んー」
「新しいシーツどこ?」

 ばん! と音がした。作業部屋を覗くと、つま先をおさえて悶絶している幕間の姿。どうやら資料の本を蹴ってそれが壁に当たったらしい。配置を見るとそのような感じだ。可哀想にと拝んでおいた。

「し、シーツ?」
「お前の布団のやつ、替えてやろうと思って。嫌ならやめとくけど」

 拝みポーズのまま社が言うと、ああそういうことね、と言いながらよいしょと立ち上がった。そして社を見て少し固まったあと、えっと、と話し出す。

「あー、タオルあるとこわかるけ?」
「ああ、昨日見っけた。すっげぇ、なんつーの? 山のようにタオル積んであった押し入れ?」
「そこの下のほう。新しいシーツも山ほどあるっけ」
「わかったー」

 昨日気付かなかったな、おれとしたことが、などと思っていたので、作業部屋からじっと覗いている幕間の目には気付かなかった。前の社ならば気付いたかもしれないが、今日の社は気付かなかったのである。

「これまたえらい量で……」

 思わずまた漏れた独り言。山と積まれた新しい布団カバーのボックス。あいつはなんだ、買いだめ癖でもあるのか、まさか使い捨てにしてねぇだろうな、と呟きながらひとつを引っ張り出す。色柄には特にこだわりがないように見えて色が案外偏っている。白が多い。柄は本当に何にもこだわりがないようで、白黒ストライプだったり大きなドット柄だったり。

「社? 見っけた?」
「あったー。お前何なの、買いだめ癖でもあんの?」
「いやーついねーなんか買っちゃうんだねー」
「やめろ。もう一生分くらいの布団カバーとバスタオルがある」

 はーい、となんだか嬉しそうに返事をする幕間に一瞬首を傾げたが、こいつの機嫌が良さそうなのはいつものことだ、と思って何も言わずにおいた。なんでこんなににこにこしているのか、と考えてしまう。まだ二日しか暮らしていないがその二日間ともご機嫌で楽しそうにしていた。

 割と順調に、早々と一週間ほど経ち、初めての来客があった。
 ぴんぽん、とチャイムが鳴ったときにはこの家、チャイムが生きていたのかと驚いたが、出てみるとシャツにスラックス姿の男性がいた。

「幕間先生はご在宅でしょうか」

 はきはきと良く通る声で尋ねられ、ああ、と曖昧な返事をしてしまう。幕間「先生」という聞きなれない呼称を耳にしてしまったせいだ。そうか、あいつ先生だったんだな、と思う。

「初めまして。私、上妻と申します」

 わたくし、という響きを初めて聞いて驚きながら名刺を受け取る。

「編集部……上妻武蔵さん、ですか。なんか強そうですね」
「よく言われます。失礼ですが、社さんでしょうか」
「社です。初めまして」

 にこりと笑う上妻。三十代そこそこに見えるが落ち着いているからかスーツの色味なのか、地味な印象が先行してしまい目立ちはしないだろう。が、よく見るといい顔をしているのと柔らかな雰囲気が好ましい。

「幕間先生からうかがっております。同級生とどうせ……失礼、一緒に暮らし始めたと。おかげさまで生活改善が進んでいると大変お喜びの様子でした」
「そこまで役に立っているかわからないですけど……そんなこと言ってましたか」
「ええ」

 そうですか、と言いながらちらりと玄関横の小部屋へ目をやる。
 昨日から「追い込みだー」と言って夜もほとんど寝ないで書いているらしかった。仮眠セットを小部屋に導入したが、寝つきが意外と悪いらしい幕間は結果、ほとんど寝ずにいるようだ。
 心配です、と漏らすと、上妻も苦笑いに変わった。

「幕間先生、根を詰めるところがありますからね。まだまだ締め切りまで時間があるんですけれど、今日はそうじゃないかなあと思って様子見にうかがいました」

 こんなに思ってくれる人が傍にいるのか、と思い、社は素直に感動する。幕間はなんとなくひとりぼっちなのかな、と思っていたので、こうして考えて会いに来てくれる人がいたとは意外で、嬉しい。よかった、と思いながら「ありがとうございます」と自然に出た言葉を口にする。
 上妻は一瞬目を丸くして、お任せください、と微笑んだ。

「社さんもご心配なようでしたよ、とお伝えすれば大丈夫でしょう」
「そうですかねえ」
「そうですよ」

 では失礼します、と中に入り、とんとん小部屋をノックする。

「やしろー?」
「残念ながら上妻です」
「なんだぁ……武蔵さんけ」

 不思議なやり取りをしながら、するりと部屋に入っていった。お茶出しをしたいが邪魔をしないほうがいいのだろうな……と思い、遠慮しておく。
 それにしても、上妻はいい人そうだった。
 東道会にいて割と腐った人種というのは山ほど見てきたけれど、なんというかそのどれとも違う匂いがしたので、きっといい人なのだろうと社は思う。純粋そうで素直そうな幕間も、きっと上妻を信頼しているだろう。

 案外早くて一時間と少しで上妻が部屋から出て来て、社がいる居間までやってきた。どうやら勝手知ったる、といった様子。午後のドラマの再放送を見ていた社の姿を見て、おやおやと口にした。

「テレビ、設置し直したのですか」
「そうなんです。新しいの買いました」

 古いテレビ、というか玄関のところで人が上がるのを通せんぼしていたテレビは電源を試しに入れてみたけれどつかなかった。しばらくはテレビなしで過ごしていたのだが、携帯電話で動画を見るのも小さくて不便だし、食事をするときにひとりの場合、音が欲しいとの社の要望で幕間が買ってくれたものである。

「このドラマ、幕間先生の作品ですよ」

 よいしょ、と邪魔にならない場所に座りながら上妻が言う。社はお茶を淹れながら「えっ」と言った。三時間ミステリの再放送で、内容はどろどろの愛憎渦巻く関係を中心に描かれている。最終的に主人公と犯人が心中するのではないか、と思わせるような内容もところどころにちりばめられていた。

「何にも教えてくれないんですよ。自分が何を書いているかとか」
「お話し、しにくいのかもしれませんね」

 作家心なのだろうか、と思いつつお茶を出す。

「幕間先生のお話はなんて申し上げましょうか……その、ちょっと、どろっとしていると言いましょうか」
「あ、そういう……いやいいんですけど。幕間が楽しく書いているなら」
「社さんがいらしてからネタが大量に降ってくる、と喜んでいらっしゃいましたので、ますます楽しくおなりでは」

 にこにこ、上妻も嬉しそうだ。担当作家がばりばり書けそう、となればやはり嬉しいのだろう、と思い、そりゃいいなとも思う。幕間が金を稼いでくれているうちは、雇用契約も安泰だ。

「あの、お伺いしにくいんですが……どうして社さんは幕間先生のところに?」

 その質問は来ると思っていた。なぜなら、自分が担当している作家のところに得体のしれない人間が居座っているとなれば心配にもなるだろう、と考えていたからだ。やはりされた、と思いながら、上妻の方へ身を乗り出す。そして小声で、言った。

「……実は、前にいた街でひとをころしてまして」
「てえっ!?」

 驚いた声と同時にばさばさと音がする。廊下の方を見ると、眼鏡に黒い上下のスウェット姿の幕間が目を丸くして立っていた。上妻は思いがけない告白に身体を硬直させている。固まった人間二人を前に、ふふ、と社が笑う。

「人殺してたらそんな簡単に出てくるわけねぇだろ。逃げたとしても、こんなのびのび生活してないですよ」

 笑いながら手を振る社に、ようやく二人が動き出す。上妻はぎくしゃくしながらお茶を飲み、幕間は散らばった紙をがさがさ集める。

「そっか……そうだなぁ」
「そうですよねぇ」

 と同時に言いながら、幕間が紙を集めて封筒に入れ直し、上妻に手渡す。

「はい武蔵さん、原稿」
「頂戴します。ありがとうございます」
「今のでばらばらんなっちまった」
「大丈夫です」

 笑顔でさささと手早くページを整える様子を横目で見つつ、隣に座った幕間にも茶を出した。うまいーと飲んでいる。
 どうやら猫舌ではないようだと、この一週間の生活でわかっていた。熱いものは熱いうちにおいしく食べるし、ピザを作るとチーズがのびーる! と嬉しそうにしたし。後者はあまり関係がないような気がするが、可愛かったので作ってよかったと思った。
 ページを整え終えた上妻に、よかったら夕飯食べていきますか、と誘うと「いいんですか」と朗らかな返事と「えっ」という声とが重なる。朗らかなのが上妻の方、えっというのが幕間の方。

「嫌なのか」

 社に尋ねられ、幕間がうんうん唸ってからこくりと頷く。

「原稿明けは社とご飯食いてぇ……武蔵さんには申し訳ねぇんだけんど」
「あっ、そうでしたら私のことはお気遣いなく! 帰りながら食べますので!」
「え、上妻さん帰っちゃうんですか」

 もっとこの人を知りたい、と思った社。それで夕飯にお誘いしたのに、思いがけない幕間のごねに驚く。そして更に横を見て、泣きそうになっている姿に驚く。

「社、俺にそんなん言ってくれたことねぇじゃん!」
「同じ家に住んでてどうやって言うんだよ」

 ばかめ、と言うとしゅんとした幕間が「俺にも言ってほしー……」と呟いた。
 上妻は光の速さで帰って行き、二人残された。

「……なあ、そんなに話すのやなのけ? ここ来る前のこと」
「まだしばらく何も聞かねぇで置いてくれ」
「んー……わかった」

 しん、と下りる沈黙。空気を変えるため、夕飯何食いたい? と聞くと「カレー!」と元気いっぱいに返される。

「お前本当にカレー好きな」
「社のカレーうまいもん」

 やがて原稿明けはカレーが恒例になり、その生活が長く続くことを、この時の社はまだまだ知らないのであった。


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