お友だち(偽) | ナノ

9 鬼島とナツの過去


「なんかナツ、最近元気ないね」


 鬼島さんちに初めて行ってから、一か月後の昼休み。
 賑やかな昼休みの空気の中、ほとんど皆が学食に行く中で教室に残ってお弁当をつついているおれと、お向かいに座る小柄な友だち。高牧満和といって、入学式で隣り合わせの席になり、親しくなった子だ。家に行ったり来たり連絡を取り合ったり、ということはほとんどしない。満和は身体が弱くて休みがち、もしくは保健室にいて、なかなか外で会おうという発想にならない。それでも十分に仲がいいという共通の認識ができている。満和はとっても優しくて、顔のかわいさと同じくらい、性格もかわいい。


「元気ないかな」
「うん。なんか、ずっと考え事してるみたい」


 おれのお弁当のはしっこくらいの量しかないお弁当を食べながら満和が言う。


「そんなこと、ないけど……」
「そう? ナツが元気ないと、ぼく、すごく心配」


 満和はあまり表情を変えないけれど、良く見ていると少しだけわかる。本気でそう言ってくれているのが伝わってきて、なんだか心が温かくなった。


「ありがと、満和」
「ぼく、何もできないけど、お話くらいは聞くからね」
「うん。本当に……なにもないから」


 鬼島さんのことを話そうかとも思ったけれど、どう話したらいいかわからなくてまだやめておいた。自分の中でまとまりがついていない。過去に出会ったことがあるらしい、たまに突然家に来てえっちなことをする、それから、えっと、最近も何度かお家にお邪魔した。

 自然に眉間に皺が寄っていて満和が心配そうに見ていることに気付き、考えるのをやめた。家に帰ってからゆっくり考えよう。


 いつもの昼休み、いつものように授業を受けて、本当に変わらない一日だった。


「こんにちは、ナツくん」


 その人は突然、おれの日常に入ってきた。
 居間でぼんやりテレビを見ていたら、急に障子を突き破って全裸の男が入ってきたくらいの衝撃を持って学校の正門を出たところで話しかけてきた、見知らぬ男の人。
 背が高くて、今まで見たことないタイプのかっこよさ。鬼島さんや談さんとまた種類が違う……正統派の男前とでも言えばいいのか。
 パーマの掛かった髪を項の辺りでひとつに縛り、ふんわり笑って見つめてくる。柔らかな眼差しには偽りがなさそうだ。


「鬼島の話とは違うな。普通の子だって聞いたのに、ずいぶん可愛い」


 思わずぼんやり見とれてしまい、頭まで撫でられた。けれど、鬼島、と聞いて思い出す。もし知らない人に話しかけられたら鬼島さんか談さんに必ず連絡して、と言っていた。
 携帯電話には新しく鬼島さんの番号と談さんの番号、それからほかにふたつの番号と全部で四件入っている。
 後者ふたつはおれも誰だか知らない。ただ鬼島さんが入れた。


「本当にやばいときに掛ける緊急連絡先ね」


 と、のんびり笑いながら。
 名前はその通り『緊急度低』『緊急度高』で入っている。どんな時が低くてどんな時が高いのかはよくわからないけれど、今は多分鬼島さんか談さんが正しいはずだ。
 取り出したそれはしかし、やんわり男の人に攫われてしまった。


「言われたんだ? 知らない人に話しかけられたら電話して、って。言いつけを守る、いい子なんだね」


 甘く低い声に優しい言葉。いい子と褒めてくれるこの人の話し方はなんだかむずむずして居心地が異常に悪く感じる。


「鬼島に電話したところで、今は出られないはずだけど。よかったらちょっと話さない? 美味しいケーキのお店があるんだ」
「ケーキ」
「歩いていけるから、おいで」


 するっと手を取られた。携帯電話を奪い去った時と同じように隠れた強引さが、歩き出さざるを得なくさせる。
 長い髪の先は腰辺りまであって、ふわふわだ。きっと触ったら心地良い。そして和服がよく似合っている。


「あの、」
「なに?」
「なまえ、は」
「ああ、そっか。ごめん」


 信号で立ち止まり、その人は俺を少し見下ろした。


「俺は、虎谷上弦」
「とらたに、さん?」
「名前で呼んでほしいな。上弦って」
「じょうげんさん」
「うん」


 虎谷上弦、想像している漢字で正解なら、なんだか役者さんみたいな名前。本名なのかな。


「本当の名前だよ。芸名みたいだよね」


 振り返って笑う上弦さん。どうしてわかったんだろう。すると、わかりやすいね、と付け加えられた。そうかな。
 鬼島さんにこんなところ見られたら怒られるだろうか。それとも、嫌われる? そう考えたら急に悲しくなってきた。やっぱりついていくのはよくない。
 顔を上げた瞬間に、後ろから口を押さえつけられ目の前へ横付けされたワゴン車に放り込まれた。

 人生初の誘拐。
 虎谷さんの笑顔を最後に、しゅっと吹きかけられた霧を吸って眠ってしまった――。
 

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