8
翌朝、目覚めすっきり。
一瞬どこかわからなかったけれど、談さんの輝くイケメン笑顔の元気いっぱい挨拶に引き戻された。鬼島さんの大きなお家だ。談さんに、朝ごはん食べましょう! と言われ、勝手に赤面する顔を冷ましながら廊下を歩いていたら生け垣の向こうにこれまた大きな家が建っているのが見えた。あれも鬼島さんのお家だったらどうしよう。
洗面台を経由して連れて行かれた部屋もやはり広く、そこにはもう鬼島さんの姿。初めて見たスーツ以外の服もやっぱり白黒。いつもの眼鏡の奥からおれを見て、笑いかけてくる。
「おはようナツくん」
「おはようございます」
「可愛いね。おいで、ここ」
隣に座らされ、何をされるのかと思えば髪を撫でられた。鏡じゃ見えない場所が跳ねていたらしい。よし、と手が離れて、今度下りてきたのは唇。額にふわりと触れた。
なんだか恥ずかしい。首から上が熱くなる。
そういえば。と思い、視線をやると談さんがきらきらした目で、見ていた。恥ずかしくて頬が赤くなる。
朝ご飯はそのまま、鬼島さんの隣で。なんだかどきどきして、落ち着かないままに食べ終えた。いつもの倍速、倍の量。鬼島さんは笑っていた。
「ナツくん、抱っこさせて」
「え」
「鬼島さんからのお願い」
年のせいかなあ、疲れちゃったんだ。だから癒やして。
そんなことを言う顔は確かにいつもより曇っている。片付けを手伝おうと上げかけた腰だったが、それが晴れるなら、と、大人しく膝の間へ下ろす。
すぐに腕が回り、ぎゅっと抱きしめられた。後頭部にすりすりされる。
「あー落ち着く。ナツくんの傍がいちばん」
朝方に帰ってきたのは知っている。
廊下から聞こえた小さな話し声で目が覚めた。と言っても意識が浮上したくらいで、目は開けられなかったけれど。
鬼島さんは誰かと話していて、相手の声は知らないものだった。部屋の前まで来ると静かになり、入ってくる気配や音のあとに頭を撫でる手。
鬼島さんのものだ、となんとなくわかった。
「ごめんね、ナツくん」
それが何を意味するのかはわからない。
ただその声は、わからないけれど、とっても辛そうに聞こえた。
鬼島さんとおれが写った写真を持っていたからには、きっとなにか関係がある。おれが覚えていない過去で出会っているのだろう。聞きたいけれど、まだ勇気がない。なにか大きなことを知ってしまいそうな気がする。
「ナツくん」
「はい」
「よく聞いてね」
「?」
「どんな人が話しかけてきても、ついてっちゃだめだよ。ナツくんがふらふらくっついていいのは鬼島さんだけだから。わかるよね?」
「はぁ」
「男前な相手なんか余計についてっちゃだめ。どんなに優しそうでも、悪い人かもしれないでしょ? 誰か急に現れたら必ず鬼島さんか談に連絡して。いい?」
「……はい」
いつもよりずっと余裕のない感じがする鬼島さん。昨日の夜になにかあったのだろうか。
それからはずっと、ただ撫でてきたり首筋にちゅっとしてきたり。くすぐったいじゃれ合いだけ。珍しくぐっちゃぐちゃにされたりはしなくて、猫か犬にするように可愛がられただけだった。
心地良いけれど物足りない。
そう思ってしまう自分に驚く。
「鬼島さん」
「なーに、ナツくん。あ、その顔可愛いね」
言いながら、流れるような動作で取り出したスマートフォンのカメラから間の抜けた軽いシャッター音が鳴った。
振り返ったのを撮られたので、超接写だ。恥ずかしすぎる。
「鬼島さん」
「なに?」
「……」
何がそんなに不安なんですか。
聞きたいことがひとつ増えてしまった。
でも、鬼島さんが何も言わないなら何も聞かない。
何も聞けない。
「なんでも、ない、です」
そう言ってからもう一度寄りかかると、長い腕にそうっと抱き締められた。
鬼島さんらしくない。小さな違和感。
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