お友だち(偽) | ナノ

49


 有澤が入院して二日が経った。
 本人はと言えば、どんな治癒力をしているのか、と松弥にも尋ねられるほどみるみる元気になっていき、傷はほとんど塞がりかけている。痛みも少なくなってきたので点滴も外れ、見た目には軽症で入院している患者のようだ。

「あーりん、元気になったんだってね」
「げっ……」
「おやあ、わざわざお見舞いに来てあげた先輩に対してその態度はないんじゃない?」
「まだ体調良くないので」
「さっきまつぴに聞いたけど、だいぶ傷塞がってきたんだってね」
「余計なことを」

 ぎりぃする有澤にかまわず、見舞客用の椅子にどっかりと座る鬼島。口元にはいつものにやにやした笑み。

「あーりんのためにあちこちでいろんな人が走り回ってるよ。ありがたいでしょ」
「申し訳ない限りです。俺が動けたら自力で犯人を追いかけているところなんですが」
「あーりんには無理。この犯人、なかなか狡猾だもん。東道会の網に引っかかって来ない辺りでわかる」

 東道会の網はそこらの組織の網とは異なり、綿密に、緻密に張り巡らされている。そこを掻い潜って逃げている狙撃犯はかなり優秀と言えた。
 有澤の眉間にぎゅっと皺が寄る。

「俺には無理って……」
「まあまあ。俺に任せてくれたら一瞬で捕まえてみせるけどね。嫌だって言いそうだから黙ってんのよ今回」

 大した自信だ。足を組んで悠々と笑っている悪魔は、さてどうする? とたずねてきた。

「俺に任せてみる?」
「いや、鬼島先輩に任せると見返りが怖いんで」

 あら心外ね、と笑みを深くする悪魔。

「あーりんがいないと満和くんが静かで、ナツくんが心配してそわそわしちゃうの。だから任せてくれない?」

 ええ……と渋る有澤に、まあどっちでもいいけどね、と鬼島が立ち上がる。

「もうお帰りですか」
「暇人と違って俺には仕事があるからねえ」

 じゃあね、と去っていく黒い後ろ姿。
 有澤はその背中に一抹の不安を覚えた。あの人は俺が止めたところで、手出ししようと思えばいくらでもするんじゃないだろうか――と。

 同じ頃、有澤邸では。
 満和が北山を前に正座していた。

「有澤さんに何かあったんですね?」

 あったんでしょう? と確信めいた口調に直して質問してくる。北山はひらりと手を挙げた。降参のポーズだ。ちらり、黒いシャツから白い手首が見える。

「自分は有澤さんよりも満和さんの味方をしたい派なので、お話します。有澤さんは狙撃されたため、入院中です」

 そげき、なかなか一般人では聞くことのない単語を満和が繰り返す。ああ狙撃ですか、とようやく言葉が頭の中で繋がったようだ。

「狙撃されて、なんで嘘をつくんですか」
「満和さんはどうしてお気づきに?」

 簡単なことです、といつもの無表情な満和が答える。

「いつも突然の出張になったら、有澤さん本人からぼくに連絡が来ます。でも今回は北山さんから知らされた。これはとっても不自然で、ひっかかりました。連絡できないほどの何かが起きたんではないかと」
「その通りです。満和さんが成長していて、北山は嬉しい限りです」
「嘘は有澤さんからの指示ですね?」
「ええ」

 許せませんね、と満和の目に怒りが灯る。めったに見ることのない、怒っている姿。
 落ち着くよう促しても、嘘つきは許せませんよと憤慨した様子で収まらなかった。

「北山さん、お車をお願いします」
「有澤さんのところへ行きますか」
「行きます」

 北山が立ち上がりかけたとき、重厚なチャイムの音が鳴った。ごんごん、という音に満和には聞こえるそれ。

「どなたでしょう」
「多分……峰太さんです」

 北山の想像はどういうわけだか当たっていた。玄関に立っていたみっちりした親熊。迎え入れたのは満和で、そんな可愛らしい存在を峰太が太い腕に軽々抱っこする。

「よう満和! 今日も可愛いなあ」

 ちゅうと柔らかくぷるぷるの頬にキス。満和がお久しぶりですと返す。会うのは正月ぶりだった。

「久しぶりだな。元気してたか」
「まあまあです。それにしても聞いてくださいお父さま、有澤さんが嘘ついていたんです!」

 憤慨! と背中に書いてあるような満和の説明を聞き、うんうん頷く。頷きながら通された客間に胡坐で座り、その上に満和をおろした。

「譲一朗も嘘はよくねえやな」
「よくないです! もう! なんで嘘ついたんでしょう」
「満和がショックを受けると思ったんじゃねえの」
「ショックより先になんでが来ますよ」
「そりゃそうだ。俺もそうだった」

 峰太の目が北山を見る。かちりとスイッチが切り替わったような、透明度の高い茶色の目。真剣な眼差し。先程まで愛しいという目で満和を見ていたのとは全く違うそれは、ぞくりと来るほど美しい、太陽を照り返す砂浜のようだった。

「そんな目で俺を見てくれるんですか」
「別に真秀に怒ってるわけじゃねえが、腹が立っていることには変わりねえな」
「熱烈でときめいてしまいますね」
「真秀」
「峰太さんのことですから、大体の読みはできてるんでしょう?」

 どうですか、と聞かれ、ふうと息を吐く。すると、瞳にあった怒りがわずかに潜んだ。峰太らしくないその輝きがきれいで好きだったので、北山としては少々惜しい気持ちであったが、峰太が話し出すのを待つ。

「――今回の発砲事件、連続性がある。しかしその辺の下っ端は知らない。真秀や清浄なんかの上の者しか知らないんだろう。そのことはここの部屋住みの様子でわかった。満和を応対に出させた真秀の様子から察するに、もうこの家に危険はないと思っているようだ。そうだろ」
「ええ」
「となると狙われている当事者たちは会の幹部クラス。なぜか? 全く情報が表に出てこない。簡単に家や周辺に狙撃をされたとなると沽券に関わるから皆黙っている。面子が何より大事な極道の世界で、わざわざうちの警備が緩かったので狙撃されました、なんて言う輩はいねえ」
「さすがです」

 ほうほう、と頷いている満和の頭をなでなで、峰太は続けた。

「狙撃犯はお前だな、真秀」

 にこ、と笑う北山。満和がえっ、という顔でそちらを見る。
 穏やかに微笑む姿はいつもと変わらない。

「北山さんが、有澤さんを撃ったんですか……?」

 突如、北山真秀という人が知らぬ人に見えた。いや、そもそも満和が北山について何も知らないことを思い知らされただけのこと、だったのかもしれない。


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