お友だち(偽) | ナノ

48


 

直来 友希人(なおらい ゆきと)


直来に関しましては『疑惑の鬼島』をご覧くださいませ。





 相変わらずでけぇな、との呟きは誰にも聞こえなかった。滝の轟音によってかき消されたのである。車内にひとりだったのもあるが、たとえ同乗者がいても誰にも聞こえることはなかっただろう。それだけ大きな音が砦のようにそびえる家の裏手から響いている。
 車寄せに車を停めると、どこからともなくわらわらと人が集まってきた。
 パワーウインドウを開け、手帳を取り出して見せれば「何の御用ですか」と、口調だけは丁寧だが、顔は無表情で威圧感がある。一般人ではない、その雰囲気。

「虎谷上弦に会いたい」

 どっしりした低音が、はっきりと告げた。
 滝の音に消されないような口調で声にしたつもりだ。相手に無事伝わったようで、しばしお待ちください、と一人が消えた。周りにはまだ人の姿がある。暴力団員に囲まれているのは気持ちいいものではないが、すっかり慣れたものだ。
 消えたひとりの代わりに、若く見える男がやってきた。理知的な美形、とでも言うべきか、非常に整った顔をしている。

「お待たせしました。ようこそいらっしゃいました、直来さん」

 少しだけ頭を下げて見せる。ようこそだなんて微塵も思っていないのだろう、やはり無表情な目で直来をじっと見つめてきた。何用だ、とでも言いたいように。

「田所水若か。何回かここに来ちゃいるが、初めて会うな。夜山は?」
「夜山さんは所用で外しております。虎谷から、用向きを聞くよう言われてきました」
「わかっているはずだろう。聞くまでもない」

 そうですね、とあっさり引き下がり、ではどうぞと先に立つ。
 車を降り、立派な体躯の直来は水若のつむじを見下ろしながら後に続いた。中も立派なもので、あちこちにお金がかかっている様子が見て取れる。この家を建てるのに使った金はどこから絞り出したんだか、と思ってしまうのは警察の性だろうか。
 たとえ、どこからかの献金だったとしてもその下には泣いている一般市民がいるかもしれない。そう思うと穏やかに見物するつもりにはなれなかった。

 ここが特定危険指定暴力団『東道会』の総長宅でなければ、きれいだなあとのんきに思えただろうな。

 強面で普段汚いもの、薬物だの発砲事件だの喧嘩だのなんだのに触れている直来も、きれいなものはきれいだと眺める感性くらい持っている。なかなか披露する場所はないが、それなりに知識も持っているつもりだ。
 うわ、この襖絵は有名な日本画家の作だ。前に来たときはなかったが、脅して描かせたんだろうか。ついついそう考えてしまう。虎谷がそういうタイプの人間ではないと知っているものの、そちらに傾きがちだ。場所が悪い。

 通された客間も立派なもので、広々している。この家には狭い部屋はねぇのか、と言いたくなるようにどこもかしこも大きな作り。
 洋間の豪奢な椅子、窓際に座っている着物姿の男が穏やかに微笑む。

「友希人、お久しぶりだね。今日はどういう立場で会いに来たのかな」
「警察だ」
「おや。ならばそのつもりで対応しないと。水若、お茶を」
「はい」

 警察以外の立場で会いに来たことはないが、人を食ったような胡散臭さが際立つのがこの男である。虎谷上弦、現『東道会』総長でここまで巨大な組織に押し上げた存在。その辺の警察官ならば腰を抜かしそうな、圧力じみた迫力を放っている。
 穏やかな笑みにそぐわない、そのひりつくような迫力は何回目の当たりにしても圧巻だ。
 腰が引けそうな自分に、ふん、と笑って、虎谷と向かい合う。

「上弦さん、教えてくれ。今回の狙撃事件はいつから始まってるんだ」
「……それを聞くためにわざわざ?」
「下っ端は知らねぇだろう。弓削清浄は上弦さんの許可が出るまではと口を割らねぇ。北山真秀は素知らぬ顔。となると、あんたに会うのが一番早い」
「相変わらず大胆な子だ」

 ははは、と朗らかに笑う。白い歯がよく見えた。この無害そうな顔で何人を食ってきたのか知れたものではないのが、奥行きの知れない不気味さを醸し出す。「あんまり気易く虎谷上弦に近付くなよ」と新人の頃に先輩に言われていたが、どういうわけか気に入られ、虎谷のほうからよく接触してきていた。家庭の完全なプライベートバーベキューになぜか誘われたこともあった。
 最近はそういったことも少なくなってきたが、今でも季節の茶会に呼ばれたりなどする。これはマル暴としてどうなんだろうか、と思うが、磯村長門は「利用できるもんは利用したほうがいい」と言うし、時代は変わってきている。一応関係は保っていた。

「友希人のそういうところが好きだよ」
「そりゃどうも」
「そうだね……話せることは少ないのだけど」

 水若、と呼べばお茶と共にタブレットが差し出された。
 時系列順に狙撃事件が整理されたものだ。警察が調べたものよりよほど詳細な内容が記述されている。

「……去年から始まってるじゃねぇか。なんで警察が知らねぇんだよ」

 直来が追っていたのは『有澤譲一朗狙撃事件』のみ。その前があるだなんてつゆ知らず。

「それは、ほら、色々あるから」

 圧力をかけたな、とすぐにわかった。しかし虎谷を今、責めたとしても後の祭りでしかない。警察関係者をも黙らせ、出動を許さない組織力。これは何をどれだけ隠匿しているのやら。
 磯村長門は鬼島絡みでなければ黙るだろう。その代わり絡んでくれば一切黙らず動き出すけれど。

「使われてるのはずっと一緒か」
「同じだね。そこにある通り、レミントン、M855弾。軍用品なのは貫通力を重視しているのか、サイレンサーの消音率を優先した結果なのか」
「サイレンサーの消音率と狙撃率だろうな。軍用品は弾の伸びがいい」

 あんたに言っても釈迦に説法だろうが、と付け加えて資料をスクロールさせる。

「まだ目星がついてねぇのか」
「ついているけれど、まだ想像の範疇を超えないからね……友希人には言えない」
「言えない? はっ、そうかい」
「不確かな情報は邪魔にしかならないでしょう」
「そりゃそうだが。くそ……」
「何?」
「なんでもねぇよ」

 虎谷の、何もかもを見透かしたような言葉と目に腹が立つ。まるで鬼島優志朗と話しているかのようで。いや、あいつより目がきれいだな、などと思いながら虎谷をじっと見つめる。首を傾げる仕草は案外幼く見えた。

「あんた、きれいだよな。人でも食ってんのか」
「毎晩、いただいているからかも」
「冗談に聞こえないのが怖ぇ」
「直来友希人に怖いものなんてあるの?」
「あんたとか、鬼島とか」
「優志朗? あれは普通の可愛い子だよ」
「そんなこと言うの、あんたぐらいだ」

 鬼島優志朗は、正確には怖いとは違う。けれど底の知れない、読めない得体の知れなさは似たようなもの。不名誉なことに周りからは友人のひとりだと思われているので、知り合い、と訂正した数は知れない。
 長い付き合いだが、あれの腹の中を読み越えた試しがないのも悔しかった。
 がりがり、たてがみのような頭をかいて立ち上がる。

「この資料、貰っていきたいんだが」
「こちらに印刷したものがあります」

 さ、と水若に差し出されて手回しの良さに閉口した。

「邪魔したな」
「もっと頻繁に来てくれてもいいくらいだよ」
「あんなに警戒されなきゃもっと来てやる」
「本当? 待っているからね」

 嘘だか本当だかわからない言葉を背中に聞きながら、虎谷邸を出た。





 さてこちらは海辺のカフェ『バアルー』
 いつまでも親熊がただひたすらに落ち込んでいるわけではなかった。一晩落ち込んだ後、わいてきたのは怒り。可愛い子どもを傷つけられたことが許せない、単純な怒りだった。

「俺も動き出すとするか」
「おやほーた、復活ですか」

 ひょこんと居間に姿を見せた秋は洗濯物を抱えていた。

「ああ。心配かけたな」
「いーよ。元気になってくれれば何より」
「ちょっと出掛けてくる。しばらく帰らなくても心配しなくていい。戸締りして先に寝るんだぞ」
「ご心配なくーひとりでも立派にやれますからー」

 がんばれほーたー、と緩い応援を受け、峰太が動き出した。
 車に乗り込み、目当ての場所へ向かって走らせる。
 今回の件をおそらく一番知っているのは――。


[*prev] [next#]
 


お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -