お友だち(偽) | ナノ

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 満和が知っている北山真秀は優しく、強く、穏やかな人。なんでも知っていて、なんでも受け止めてくれる人だった。
 しかし今、目の前で微笑んでいるこの人は。
 北山は、二対の視線を受けながら口をゆっくり開いた。

「さすが峰太さんです。そう、俺がやりました」

 満和が腕の中で固まったのを、峰太は感じた。あまりたくさんのことを聞かせるのも酷だとは思ったけれど乗り掛かった舟だ。結末を聞かないことには、気になるだけだろう。ぎゅうと腕に抱いて、続きを、と促す。
 北山は穏やかに笑いながら言った。

「趣味みたいなものです。誰にでもあるでしょう。それが狩猟だった、それだけのことですよ」

 何がいけないんです? とでも言いたげな声で。
 峰太はじっと北山の目を見つめる。

「真秀、それは本心なんだな?」
「ええ」

 ゆっくり頷く。満和の頬の横で、そうか、と峰太の声がした。何かを押し殺した末の、冷静な声。

「……真秀、二人きりで話がしたい」
「満和さんはお隣の談のところに行きますか」
「北山さん、どうして有澤さんを撃ったんですか……?」

 狩猟です、と重ねて北山が言う。

「狙いやすかったですしね。譲一朗は役職のわりに警備が薄いほうなので」

 行動の範囲も、北山ならば知っている。自分が寝ている時間帯に動かれたらわからない。北山さんがやったんですね。と再度確認する気にはなれなかった。信じられない気持ちと、北山が嘘をつくはずがない、という気持ち。
 満和は峰太に送られて、お隣の鬼島邸にいる談のところへ預けられた。熱を出したときのための薬や飲み物を持って。

 襖を閉めた峰太、北山は変わらず正座している。

「真秀、嘘はつくなよ」
「今更つきませんよ」

 お白湯、飲みますか。いただこう。
 そんな会話をした後、出された白湯をすすりながら北山を見る。落ち着きはらい、いつもと変わらない顔。

「……譲一朗を狙撃したってのは嘘じゃねえな」
「本当です。嘘はつかない、と言ったでしょう」

 北山の目に映る峰太は怒ってもいないし、悲しんでもいないように見えた。ただ何かを見透かすような目をしていて、そうか、と繰り返す。声には、激情を抑えようとしている痕跡があるのに。唸るような、そんな響きを向けられるのは初めてだ。ぞくぞくとするような獣じみた唸り。

「怒ればいいのか、呆れたらいいのか……どういう感情になればいいかわからねえぜ」

 しばらく黙って、やがて峰太が絞り出したのはそんな言葉だった。額を押さえ、ふうと息を吐く。北山は、峰太もこんなに動揺するのだな、と思った。いつも悠然としている印象が強く、自分の自白を聞いてもあまりこうなることは想像していなかったので、新鮮な顔を見たな、と客観的に感じてしまう。

 殴られるか、怒鳴られるか、殺されるかくらいは覚悟していたのだけれど。

「立てた仮説が現実にならなきゃいいな、とは思ったんだが。まさか当たっちまうとは」
「さすがでした」
「さすがじゃねえよ。最悪の仮説だぞ」

 それが現実になった俺の身になってくれ。と言う峰太に背を向け、押し入れからずるりと黒いゴルフバッグに似たそれを取り出す。

「調べますか? ライフル」

 峰太は黙って受け取った。いつの間にはめたか、その手には半透明のゴム手袋をしている。こんな大きなサイズもあるのか、あるか。とひとりで納得しながら、手際よく組み立てていくその姿を見ていた。黒い砲身がごつい身体に良く似合う。

「発射残渣があるな……比較的新しい。そりゃそうか、二日前に使ったばっかりだもんな」
「そうですね」
「あっさりしやがって……こんな物証まで出されたら俺はもう通報するしかねえ」
「どうぞ。できたら直来さんか相羽さんにお願いします。磯村とはあまり関わりたくないので」

 確かに磯村と北山は仲が悪い。しかしそんなことを言っている場合だろうか。

「どうしますか、峰太さん」

 北山が迫る。
 峰太はとりあえず携帯電話を取り出し、電話を掛けた。

「おう友希人、ちょっと譲一朗んちまで来てもらえるか。悪いな、空いた時間でいい」

 わかりました、と向こうから応答があったらしい。それだけ伝え、切る。どうして来てほしいかは言わなかった。その間もずっと北山のほうを見たまま、目を離すことはなかった。さすがだ。ライフルも弾も、絶妙に届かない間合いで畳の上に置いてある。

「峰太さんは、まだまだ現役でやれたんでは? なんで早期退職されたんですか」

 電話をしまいながら峰太が、そうだなあ、と言う。

「自由気ままな生き方が一番良かったんだ」
「でも、天職だったと思います」
「天職……ではないだろうよ。家族に迷惑かけたり、自分でも負担だったりしたしな」
「峰太さんのあの頃の眼差しも好きでしたよ。今の優しい顔も好きですけど」
「真秀が言うと本当か嘘かわからなくて困っちまう」
「峰太さんのことは本当に好きです」
「ありがとうな。この状況で言われても結構微妙なもんだが」

 北山が笑う。いつもの笑みとは異なり、少年のような恥ずかしそうなそれに一瞬峰太がときめいてしまいそうになった。

「真秀、その顔は」
「なんでしょうか」
「いや、他所でするなよ……」

 可愛いが過ぎる、と言いそうになり、留める。ちょうどそのとき「お邪魔しますー」と折り目正しい直来の声がした。


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