お友だち(偽) | ナノ



 
「息が詰まるなあ……」


 鬼島の声は思いのほか、室内に響き渡った。あらゆる方向からきつい視線を浴びせられる。が、まるで気付いていないかのように欠伸などをして、くるりと後ろを振り返った。
 すぐ後ろで正座しているのは後輩であり弟分の有澤譲一朗。たくましい身体に今日も仕立ての良いスーツをきっちり着て、姿勢よく座っている。涼しげな顔は深夜でも崩れていない。


「有澤、今何時?」
「午前一時を回ったところです」
「十二時集合って言った意味はなんだったんだろうね。こんなとこで無駄な時間使ってる場合じゃないんだけど」
「そういう発言は慎まれた方がいいと思いますが」
「口から出ちゃうんだ。正直だから」


 軽い鬼島の言葉を聞くたびに、周りに漂う不穏な空気が濃くなる。有澤は溜息をつきたい気分だった。そうだ、わかっていてこういうことをする人だった。昔から。
 ちらりと、唯一空いている上座を見やる。ずらりと並んだ男たちを見渡すことのできる場所だけに人がいない。


「もう帰ってもいいかな」


 中腰になりかけた鬼島を、有澤が止めるよりも早く。
 襖を開けて入ってきたその人が頭を鷲掴みにして無理矢理座らせた。


「だめに決まってるでしょ、大人しく座ってな、優志朗」


 柔らかな低音だが、有無を言わせない強さがある。颯爽と広間を横切り、開いていた場所に座った。一斉に男たちが頭を下げる。鬼島ものんびりと頭を下げた。


「ただの会合なのに、ずいぶん遅い時間だ」


 そんな言葉に応え、古参の組長が挨拶の口上を述べる。それを微笑みつつ聞いている男。有澤の目にはいつも、穏やかな美形、という風にしか見えない。
 腰まで伸ばした黒髪パーマヘアを無造作に括り、上品な和服を着こなしている。色黒で目尻が少々上がっていて、きりっとした目には気品まで感じるくらいだ。一見すればモデルかどこか老舗旅館の若旦那か梨園の人間か、という雰囲気で、とても極道の大親分であるようには見えない。が、実際にこの男が随一の傘下団体数を有する東道会総長・虎谷 上弦その人で。
 噂によると一般の女性の間にファンクラブのようなものまで存在するらしい。時折ニュースに出れば問い合わせが殺到するとか。

 次々報告される事柄に頷き、虎谷が意見を述べながら会はスムーズに進行していった。最後の会計報告が終了し、会はお開きである。が、虎谷が不意に鬼島を見た。


「優志朗、お前ちょっと残って」
「所用の持病の発作で胃の腑が爆発しそうだから無理」
「帰ったら家まで行くから。今、家に来てほしくないんじゃないのかな」


 穏やかだが、全てを見透かす眼差しに見つめられ、鬼島は何も言えずに頷いた。
 今、あの子とこの人を会わせるわけにはいかない。

 あれだけ大勢いた人間がすべて帰れば、大広間もがらんとしている。その広い空間にたった二人、虎谷と鬼島が差し向かいでいる。


「優志朗の家に今、誰かの可愛い可愛い息子がいるんだって?」
「別に誰にも迷惑掛けてないし」
「別に悪いなんて言ってないし」


 鬼島の口調をまねた虎谷。きつい目を浴び、肩をすくめて笑う。


「俺、最近の彼の顔、見たことないんだよね。お前がそんなに熱心ってことは、相当可愛い子ってことなんじゃないの」
「普通の子だよ。ちなみに、蓮さんみたいな感じじゃないから」
「なら余計気になるな。そんな普通の子に優志朗がずーっと執着しているわけだし」
「別に」
「連れてきてよ」
「は?」
「俺も、その子が見てみたい」


 男前な顔に柔らかな笑み。
 そこで初めて鬼島が表情を変えた。目を眇めて目の前の男を睨みつけ、舌打ちをこぼす。対する虎谷は更に楽しそうな顔。鬼島の表情を歪めることができて嬉しいのだ。


「あの子には会わせない。何があっても、絶対に」
「おやおや。そんなこと言っちゃう? 俺とあの子、関係が無いわけじゃないのに」


 立ち上がった、敵意むき出しの鬼島の目をまっすぐに見返し、表情は崩さない。


「帰る」
「優志朗、楽しみにしてるよ」


 にこにこ笑顔の虎谷を忌々しげに見る鬼島。乱暴に開けられた襖の向こうへ去って行く黒い後姿を、楽しそうに見送る。


「いつまで経ってもあいつは面白い……」


 ふん、と笑った虎谷は、何かを考えるようにしばらくその場にひとり、座っていた。





 あれにナツくんを会わせるわけにはいかない。
 大体、会わせないとはっきり告げたのに、去り際あの人は「楽しみにしてるよ」と笑った。その笑みを見て久しぶりに感じたのは、普段冷え切っている腹の底が熱くなるような感覚。これは、正真正銘本物の「苛立ち」だ。

 本家当番の若衆に見送られ、門を出る。
 林の中をしばらく歩くと暗がりに浮かび上がるような白い男が、赤い小さな光をお供にそこにいた。この佐々木の顔をもう二十年以上見続けている。
 俺よりよほど男前で雰囲気もよく、気が利く。が、随分長い間特定の相手がいなかった。老若男女関わらず、そしていつからか少年を主に食べ歩いていたようだが、最近ようやく腰を落ち着けたようだ。


「佐々木、早いね」
「有澤から連絡がありましたから」


 当たり前のようにドアを開ける。別に若衆でもないのだからこういうことはしなくて良いと言っているのにしたがる。不思議な男だ。
 言ってしまえば腐れ縁の、ただの先輩後輩なのに。弄ばれたのがそんなにつぼにはまったのか。


「ナツくんは?」
「談がうまくやったようです。落ち着いて過ごして、眠ったと」
「そっか。ならいいや。でも早めの運転で帰って」
「わかりました、優志朗先輩」


 車の後部座席に乗り込むとすぐに出発する。赤が美しいボディの中に広々とした車内。ハンドルを握るのは佐々木の仕事。身の回りの人間の中で運転が一番巧い。
 エンジン音以外には何も聞こえない車内で最も暗い時間の街を眺めるともなく眺めていると、「優志朗先輩」と声がした。


「総長が何の用だったんですか」
「あ? なんで?」
「顔が怖いから」
「別に、ただナツくん関係のことで絡まれていらっとしただけ」
「あー」


 それから特に何を言ってくることもなく、再び黙った。たぶんどうでもいいのだろう。ナツくんに関してこの男はまったく興味がない。若い子好きだからなにか反応するかと、寝ているのを隠し撮りした写真やその他お宝写真を見せたら、タイプではない、とはっきり言い放った。
 恋人を見る限り、もっとゆるっもちっぷにっとしたちっちゃな子が好きなようだ。

 佐々木に興味を持たれないナツくん。家に帰ったらやはり寝ているだろうか、起きていたら嬉しいのに。どちらにせよ顔を見るくらいは許されるだろう。とにかくナツくんに会いたい。
 会いたいと思ってしまう自分と家に連れ込んでしまったという事実を改めて考えて、ああ失敗した、とどこかで思う。
 自分の枠の中に入れてしまったらもう、我慢はできない。
 最後の砦が崩れる。
 ナツくんは俺だけのかわいい子。何よりも誰よりも大切な。


「佐々木、やっぱりもっと飛ばして」


 時計は午前六時に差しかかろうとしている。
 街はうっすら、目覚めようとしているようだった。


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