お友だち(偽) | ナノ

ほかのひと


 

うすーくせくしー場面ありますご注意。





 まずいと気付いたとき、自分らしくもなくそんな顔をしてしまったのが悪かった。
 目の前のくまさんは黙って、いつもと同じように食卓で新聞を読みながら紅茶を口にしている。いつもならば四角いフレームのえんじ色の眼鏡が似合うときゅんとしているところだが、今日ははらはらしつつ長い時間口を開かない峰太をただひたすら見つめていた。
 そろそろと食卓を回って近付き、肩をくっつける。

「怒ってる……」

 がうう、と今にも噛みついてきそうだ。くっついても黙っているから絶対怒っていると思う。いや、俺だったら怒る。
 よりにもよってセックスした直後、仲良くスキンシップをしながらまどろんでいる最中に他の人の名前を呼んでしまったのだから。
 これが逆で、峰太が違う人の名前を呼んでいたら。
 絶対に怒る。責めることはないだろうが、静かに腹を立てたに違いない。今まさに、峰太がしているように。

「……ごめん」

 あわあわしているより、謝ってしまったほうが良い。
 ひとりでだばだばするのをやめ、ぽつんとこぼした謝罪に峰太の肩が動いた。
 太い腕が背中に触れ、厚い手のひらが俺の肩を抱き寄せる。

「らしくねえな。謝るのか」

 ふんと笑う声がして、見上げると峰太が老眼鏡を外しつつ抱きしめてくれた。朝一番で波に乗り、シャワーを浴びたからお風呂のいい匂い。むにゅんとしてあったかい雄っぱいに身体を寄せ、ちゅうと首筋に口づける。

「謝らないと、ほーたに嫌われるから」
「別に嫌ったりしねえけど」

 しねえけどーと語尾を伸ばし、俺の身体を抱いたままちょっと固まった。考えているようだ。怒るべきか否か。

「……嫌ったりしねえけど気にはなる。蓮とやらがな。幼馴染だろ? それは知ってんだけど、そういう関係だったのか」
「いや、一切ない。ないんだけど……」

 大事に触れてくれるのは、蓮さんだけだった。
 俺にも多少の遠慮があるので、そんなことを言っていいのかどうかわからずに歯切れ悪く黙ってしまう。再会後のほうがどちらかと言えばその気持ちを強く持つようになったように感じる。きっと怯えているのだ、峰太に嫌われるのを。
 どうやら悟ってくれたようで、そっと頬を撫でてきた。

「秋の頭の中に、俺が刻まれるようにしねえとな。眠くても抜け出さないように」

 不穏なことを言って、にやりと笑う。
 悪そうなくまの顔がなんだか怖かった。





「朝のことは謝ったじゃん……」

 弱弱しい秋の言葉を奪うように、がぶりと唇が触れ合った。
 触れ合っているところはそこだけではない。口に出しては言えないような場所も、だ。
 少しも重くないと思っているように、峰太の太い腕は揺るがない。背中はコンクリート製のブロック塀に押し付けられていて、下手すると振動でTシャツの生地が破れてしまいそうなほど。
 視界いっぱいに峰太がいる。
 野性的な美はこんな風に性行為をしているときも曇らない。きりっとした眉の間に薄く皺を寄せ、何度も何度もキスをしてくる。その間にも、厚みのある腰が打ち付けられて声が出そうになってしまった。出したらきっと、浜辺の人に聞かれてしまうだろう。

 数えきれない口づけに、食われているかのようだと自覚した途端に秋の背筋が震えた。
 興奮と恐怖がない交ぜになり、頭の中が少しパニックになる。それを破ったのは峰太の髪から唇まで伝い、口内に触れた潮の味だった。
 無理矢理、興奮が先に立たされた。
 最高に色気のある男に抱かれているという興奮が。

「あわ、ちょ、待って、ほーた」

 は、と熱い息が吐き出される。
 秋のほうには一切余裕がないのに、峰太のほうはそうでもなさそうだ。止まって、と言ったらぴたりと止まる。

「家の中でしようよ」
「なんでだ」

 公序良俗に反するから、ということが掠めたのは一瞬で。

「……ウエットスーツと濡れたほーたはいやらしすぎるから……」

 白状した途端、言われぬ場所がぎゅっと締まった。秋の小さい尻に最初は挿入らなかった峰太の逸物。徐々に慣らしながらスキンシップを深めたのだが、年の功だろうか、あれよあれよという間にいかされたりだとか、気付いたらとろっとろと言って差し支えない程に骨抜きにされたりだとか。挿入しなくとも峰太のセックスは長くて濃厚であった。
 挿入を伴えばなおさら。
 どこまでも、際限なく満たされていく。自分のあずかり知らぬところまで。
 多幸感というのか、それを感じながらもどこか恐怖を覚える。いつか終わってしまうのではないか、なんて。

 白状して真っ赤になりながらふうふうと息をする秋を見下ろしつつ、峰太は笑う。
 透明な目の中にあるのは興奮と恐怖だ。ずっと秋の目からその二種類の感情が消えない。得に後者は、日常にもふとした瞬間に存在している。
 そんな目をされてしまっては。
 峰太の中の、隠された獰猛な部分が囁く。この可愛い男を閉じ込めてしまえと。離れたくないと秋が思って、そうなる日に怯えるなら、一生離さなければいいのだと。
 今の自分が、あまりよくない笑い方をしていることが、秋の目でわかる。海から上がった興奮のままにただ秋を抱いている。本来ならこんな表でやるべきでないことだ。わかっていながら、止まらない。

「秋」
「ん……」
「続きするぞ」
「おうちの、なか、で」

 甘やかしつつ、気付かれないうちに道を塞ぐ。
 だめだ、と柔らかく言ってすぐ、腰を動かすのを再開する。首に回された腕に力が入ろうが何しようが、峰太の腕は揺るがない。がつがつ腰を振ったり止めたりしている間に昼の太陽に照らされてすっかり身体が乾いてしまったし、背中が日焼けしそうだ。
 店の裏手とは言え、日光が燦燦と降り注ぐ。
 早いうちに中へ行かないと、と思うが、貪り食うことをやめられない。
 こういうところがきっと有澤家の感覚なのだろうな。とひっそり苦く笑う。
 懐に入れた可愛いものを、可愛がり潰してしまう日が来るのかもしれないと思うと、確かに怖いなと思った。


「もうだめだー……」

 くったりと居間に身体を横たえ、いつものビーズクッションを枕にしている秋。
 ぴんぴんした様子でキッチンにいる峰太の背中を恨みがましく眺める。思ったより日焼けしていないので、これが焼けなれた人の皮膚なのだろうかなどとタンクトップから透けて見える筋肉の凹凸を見つつ考えた。

「秋」
「んー」
「一生離す気なんかねえから覚悟しろ。嫌なら俺に見つからねえようにどこまでも逃げろ」

 ぱちぱち、瞬きをする。峰太が振り返り、目が合った。
 獰猛なくまさんの目がぎらりと剣呑な光を帯びている。笑みはいつも通りなのに、目だけが。
 それが語っていることが如実にわかってしまい、秋は笑った。恐怖などないかのように。

「無理でしょ。ほーた、絶対どこまでも追いかけてくるもんっていうか、先回りとかしそう」
「わかりゃする」
「じゃあやめとくー」
「……お前を逃がして追いかけなかった蓮さんとやらの話、いつか聞かせてくれな」
「うん」

 くつくつと煮える鍋へ目を移し、峰太はふっと息を吐く。
 昨晩、秋は確かに蓮さんと名前を呼んだ。その時に泣いていたことは、本人は気付いていない。蓮……と峰太が呟くと、秋は苦しそうな小さな声で呟いた。

 蓮さんのお話をするほど、まだ癒えてない。

 秋なりに、死を知ったときはショックだったのだろう。飄々とした姿に似合わないその様子。本人はどうも名前を呼んだことだけ覚えていたらしく、峰太が目覚めると同時に慌てぶりが爆発した。
 いろいろな顔があって、そのどれもが可愛い。
 蓮さんについての話を、いつか聞きたいと思う。秋に人らしさを残してくれたのであろう、年の離れた幼馴染の話を。

 それがされたとき、秋の憂いが消えるような、そんな気がした。


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