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「鬼島さんのお仕事ってなんですか」


 庭の川音だけが響く静かな座敷。
 言葉を聞いた鬼島さんは箸を持った手を止め、黒縁眼鏡の奥で目をぱちくりさせる。


「珍しいねーナツくんが質問してくるの」
「たまには、えと、興味を持とうと思って」
「ふぅん?」


 レンズの下から見つめてくる目。じっ、と、見透かすようにまっすぐ。
 怖いわけではないけれど居心地は悪い。少し我慢して、結局負けた。美しい創作料理を見て箸をすすめる。
 しばらく黙っていた鬼島さん。それから、ふふ、と笑った。


「……鬼島さんのこと、気になっちゃう?」


 やはりすべてを見透かす。頷くと素直だねえと微笑んで、白身魚と何かを湯葉で巻いたものを美味しそうに噛み締めた。

 好きな人のことは何でも知りたい。って、わかる。でも鬼島さんに関して知りたいとは思っても聞き出したいとは思わなかった。聞いて話してくれたらいいかなあ、くらいで。このまえ、寝ているときに、聞きたいことがあったら聞いていいよと言ってくれた言葉を信じようと思った。


「鬼島さん」
「なに?」
「鬼島さんは、どんな人、ですか」
「……今日のナツくんはなぁに、聞きたがりモードだねえ? かわいいね」


 ぱたりと、箸を置く。ぴかぴか黒塗りのテーブルへ肘を置き、頬杖を突いた。


「鬼島さんはどんな人かなあ」


得体が知れない
やさしい
ときどき、怖い
頭の中を見る
おいしいものがすき

 鬼島さんが柔らかな低い声でゆっくりひとつひとつ上げるそれらは、間違いなくおれの中の鬼島さん像。
 口角だけを上げたまま、ずらずら言い当てる。


「急に現れて急に消える、基本夜だけ現れる、それから……ぐっちゃぐちゃにして消える?」


 鬼島さんの後ろは夜の暗闇。明かりはひとつもなくて、この部屋の電気だけがすぐそこだけを照らしている。
 鬼島さんはそれによく似ていた。見えるのは少しで、あとは暗闇で想像することもさせないような。


「鬼島さんは、おれのこと、よくわかるんですね」
「うん。わかりやすいからね。あとかわいくて好きで、いつも見てるから」


 鬼島さんの右手の人差し指がグラスの中の大きな氷をもてあそぶ。からから、夏にぴったりの涼しい音。冷たそうな琥珀色の液体をひと息で飲み干す。


「鬼島さん、ナツくんのことで知らないことはひとつもないよ? 約束だからね」


 ふふ、と笑う。
 約束?


「なんの、はなし?」
「なんだろうねえ」
「えぇ……」
「ご飯が終わったら帰って、一緒にお風呂はいろっか」
「うちのお風呂に、ふたりはむりです、よ」
「うん、だから鬼島さんち」
「え?」
「鬼島さんち」


 にこにこにっこり。
 鬼島さんは楽しそう。





 鬼島さんの車に乗ったのは初めてで、運転する姿を見たのも初めてで、街灯にたまに照らされる顔がかっこよくてどきどきした。
 中も外もぴかぴかの黒くて大きな、四角い車。乗るときが結構大変で、座席に乗り込むときに思い切り足を上げて手を伸ばし、上の手掛けに掴まらなければいけない。そうしていたらおしりをさわさわ触られた。油断できない。

 しばらく無言だった。きらきら眩い高層ビルや高級マンションが建つ中心部の、明るくて大きな通りを抜け、暗がりが多くなる郊外へ向かっているらしい。
 なんだか緊張する。


「助手席には、普段誰も乗せないんだよ」
「えっ?」


 急に話し出すから驚いた。


「鬼島さん、考え方がちょっと古いのよ。好きな人とか大切な人だけのための席、だと思ってるからね」
「そう、ですか」
「うん」


 いきなりだったからあんまり考えずに言葉を返してしまった。
 好きな人とか大切な人だけ。
 ……そうなる、と。
 思わずもう一度鬼島さんを見る。横目でこちらを見て、口の端を上げた。


「もうちょっとだからね」


 農地と住宅とが並ぶ町。のどかでのんびり、昼間だったらそんな形容が似合うかもしれないけれど、夜の今は暗闇が少し怖い。外灯の下に妖怪でもいそうな雰囲気が漂っている。
 やがて車が停まったのは、大きな大きなお屋敷の前。立派な門が勝手に開いて、車がゆっくり砂利を踏みしめ中へ入る。
 と、中にもさらに門。
 どれだけ大きいんだろう。

 車を降り、鬼島さんに手を引かれて門をくぐったら、おれのアパートが入りそうな日本庭園があった。ぽつぽつとある灯篭に燈された淡い光がきれいで、池まである。
 そして正面にお屋敷。もう声も出ないレベル。こんなの横溝映画でしか見たことない。

 鬼島さんが引き戸をがらりと開け、おれを中に入れた。古くてありがたそうな絵の描いてある屏風がお出迎え。広くて薄暗くて、なんだかひとり、タイムリップしてしまったような気分。


「お帰りなさい、お疲れ様です」


 その裏から出てきて膝を突き、深々頭を下げたのはホストみたいなお兄さん。金髪、しゅっとした細身、派手な柄シャツが似合っている。イケメンというのはこういう人に違いない。鬼島さんは「かっこいい」のほう。


「ただいま、談。この子、いつも話してるナツくん。かわいいでしょー」


 ダンさん、なるホストお兄さんはおれを見てにこっと笑った。甘くて眩しいイケメンスマイル。ぼぼぼと頬が赤くなる。かっこいい人に弱いのだ。


「想像以上です。ナツさん、初めまして。自分は相羽談と申します。使用人だと思って自由に使ってやってください」
「あっ、そんな頭さげ、おれただの高校生です」


 こんな輝いた人に頭下げられると戸惑う。おろおろしていると鬼島さんに頭を撫でられた。


「ナツくんそういうのやだって。気安く接してあげてよ」
「わかりました!」
「今からちょっと忙しいからさ、電話もメールも客も一切取り次がなくていいよ。あ、でも有澤が来たら声かけてね。よろしく」
「はい。ごゆっくり」


 イケメンのダンさんに見送られ、家に上がって鬼島さんに手を引かれたまま右手の廊下を進む。
 やがて辿り着いたのは旅館のような脱衣所とお風呂場。


「……鬼島さん、お家でっかい……」
「ん? まあまあじゃないの。さ、お風呂お風呂」


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