少女の右手













ちゃきりと音を鳴らして

剣を構える少女。

少年、もといロビンはそんな少女を護るかの様に

一歩手前に立ち、

大量の防御魔法を張っている。


「相変わらずあの炎は止みそうにないな……」

「……でも行くしかないよ、ロビン」

「分かってるぜ。

 後ちょっとでセナ達も来ちゃうしな」


制服が、皮膚が、

ちりちりと焼かれる感触を感じながらも、

二人はほぼ同時に

ユーリ・アルへイド大佐との距離を詰めた。


『ガァァァァァアアア!!!!』


大量の炎が二匹の龍となり、

二人に襲いかかる。


しかしそれらをさらりとかわす二人。

二人の瞳には

恐ろしい炎の牙を剥く二匹の龍なんて物は映ってなく、

相変わらず暴走し続ける大佐の事しか

映っていなかった。


「っおりゃぁ!」


ブシュリと。炎の様に赤い血が舞う。

ロビンのそれに続いて、

少女も無言で大佐の体に斬り込む。


『っウゥゥゥウ………』


方向転換をして

二人の事を追っていた龍の勢いが衰える。


「ロビン!

 ロビンはその二匹の龍と炎の相手をして!」

「了解!!」


ロビンはすらりと一本の剣を鞘から抜く。


大量の青い防御魔法陣越しに剣を抜くその姿は

なんともさまになっていて。

後ろに控えていた

少女の使い魔達はハッと息を飲んだ。


その瞳は、

いつになくぎらついていて。それでいて真剣で。

普通なら大量の炎と炎から出来た二匹の龍と

対峙するだけで、

怖がってしまうであろうそれに

悠々と立ち向かい。


そしてロビンはその白い剣を輝かせながら

大量の炎に向かっていくのだ。

大量の防御魔法のおかげで

ロビンは伸び伸びと剣を振るう。


『…にゅ…あの人……』

『…………』


ロビンを見つめる二人の瞳も、

どんどんと真剣になる。


『ただ者じゃ……ない……』

『…………』


そう呟いた二人の頬には、冷や汗が流れる。

ロビンのその姿は

まるで炎の龍を調教している調教師の様で。

どちらが優勢かが

目に見えて分かる様な光景だった。




背後でそんな事が起こっているとは知らず、

少女は大佐の左腕の裾をめくり、

もう一度だけ

『シンクロアームズ』と呼ばれる武器≠

目の当たりにする。


「………っ!!」


思いっきり力を込めて、剣でそれを貫こうとする。


けれどもびくともしなくて。

その様子にちょっとばかり眉をひそめた少女は、

手にしていた剣を

カランカランと地面に放り投げた。


孤を描いて地面を滑る剣。

その異質な音に気付き、

ロビンは少女の方を見つめる。


「…おい……何やってんだ……!?」


『…マスター……?』

『………、』


当然その音は人よりも何倍も五感が発達している

使い魔達の耳にも届き、

二人は戸惑った様に自らの主の事を見つめる。


「…今の私≠ヘやっぱり力不足だから」


他の方法もあるのだけれども、

自分の秘密≠知らないロビンの前では

できない事だから。


だからこれしか方法がないのだと

己に言い聞かせる。

震える右手を必死に抑えながら、

少女は三人に笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫………すぐに終わるから」


その刹那、





―――グチャリ。






その音は、肉を斬る音とはどこか違くって。

それにどこか焦げ臭い匂いが辺りに漂う。



「っう……く……、」



少女の悲痛に歪む顔。

三人は少女の身に何が起こっているのかを理解するまでに、

だいぶ時間がかかってしまった。



「…お…い……!?

 お前、何やって……!?」



グチャリ、グチャリと肉をかきわける音。

少女は脂汗を額に浮かばせながら、



素手で『シンクロアームズ』を

大佐の腕から取り出そうとしていた。



『…い……嫌ぁぁぁぁッ!!!』

『…マ…マスターッ!!』


主の命令を無視し、

二人はその地を足で蹴りあげる。

向かう先は勿論主の元で、

ロビンはもの凄い速さで己の横を通り抜ける二人を

横目に見た。


『マスター!何やって……!!』

『今すぐその手を抜いて!!!』


すぐに少女の元へと着いた二人は、

少女の腕を剥がそうと必死だった。


しかし、


「…私は……大丈夫……、」


明らかに大丈夫じゃないその状況で、

少女は笑みを浮かべてみせた。


「それよりも…ロビンの援護…を……」


ジュッと肉が焼かれる音。焦げ臭い匂い。

使い魔達は益々顔色を悪くさせた。


『バっ……マスターの馬鹿ぁ!

 全然大丈夫じゃ……ないじゃん!』

『お願いですから…

 その手を…抜いてくださいマスター…!!』


少女も自分の指先がどの位焼けているか、

溶けているかが分かっている。

それに全身を駆け巡る激痛。

それでも少女は大佐の事を助けたかった。

自己犠牲の強い主は

使い魔を困らせて、悲しませてばかりだった。


「大丈夫…もう少しだか…ら……、

 ッ!!!!」


今までと比じゃない位の、

もの凄い激痛が少女を襲う。


「う……あぁぁぁぁあッ!!!!」


流石にそれには悲鳴を零さずにはいれなくて。

少女は思わず悲鳴を上げてしまった。


「っ……おいそこの二人!

 もうこうなったら強制だ!

 ルカ中尉の手を…引き抜けッ!!!」


ロビンの焦った声。

二人は顔を見合わせると

主の腕をがしりと掴んだ。


「…二人とも、止めて……」

『止めてじゃないよぉマスター!

 これ以上したら…マスターが死んじゃうッ!!』


うっすらと瞳に涙を浮かべるマカに、

少女は小さな笑みを向ける。

勿論指先は相変わらず『シンクロアームズ』を取り出す為に

ぐちぐちと動かしているけれども。


「指先が溶ける位じゃあ人間は死なないよ…。

 大丈夫、

 今までだって私達は……

 沢山の戦火をくぐって…きたじゃな…い…」


その言葉は同時にロリにも向けてあって。

二人はぐっと黙ってしまう。


「それに本当にもうすぐ……終わる…の……」


残るは尚も発熱し続ける

『シンクロアームズ』の本体だけだった。


(…一体どの位の熱を…帯びてるんだろう…)


『シンクロアームズ』の頭上を手でかざすと、

もの凄い熱さの熱気が

感じとれる。


(………熱い………)


ぼうっとしてきた脳をなんとか回転させながら、





少女はその本体に手を伸ばした。






「ッ………!!!!!!」


今までに感じた事もない、痛み。

少女は必至に唇を噛んで痛みに耐えた。


掌におさまる程度の丸いそれ。

ジュッと肉が焼ける音がしたのはきっと気のせい。

大佐の腕から一気にそれを取り出すと、

その瞬間に

熱さに耐えきれなくなった手が

それをぽとりと地面に落とした。





――炎はいつの間にかなくなっていた。

炎の龍も、それは夢だったと言わんばかりに

まるで霧の様に消えてしまっていて。


ロビンはその光景に瞳を小さく見開いたのだけれども、

すぐに少女の元へと

足を進めめた。


「っおい!ルカ!ルカ中尉!!」

「…ロ…ビン………」


目に入ったその右手は――ボロボロだった。

皮膚はただれ、

そこから見える肉は炎に焼かれて色が変色し、

所々からは骨が姿を現していた。


そんな右手は痛みでプルプルと震え、

少女の顔色は真青に染まっている。


使い魔達はそんあ主の姿を悲しそうに見つめ、

ロビンはチッと舌打ちをした。











「あれれ?もう解決しちゃってる感じー?」


未だ熱気のこもる部屋に訪れたのは、

金髪をした少年、セナ。

セナの後ろには

大量の武装した自らの部下が居た。


「…あぁ、

 ルカ中尉が『シンクロアームズ』を大佐から取り出した事で、

 決着はついた」

「…ふーん……」


少女の酷く豹変した右手と

眠る様にして倒れている大佐を見比べたセナは、

自らの部下の方へ振り向き

こう言い放った。


「僕達の出番、無かったみたい。

 急いでそこの二人を担架に乗せて

 医務室に連れて行って」

『ハッ!』


大柄の男たちが担架を引っ張りだしてくる。

ロビンと少女の使い魔は

手分けして大佐と少女を担架に乗せ、

ホッと息をついた。


「……無茶しすぎなんだよ、馬鹿ルカ」

「……聞こえてるよ…ロビン……」


グッと歪められたロビンの顔に、

少女は苦笑いを零す。


「聞いてねーぞこんなの……」

「…うん…誰にも話してないからね……」


担架が持ちあげられる。

ロビンと少女の目線の高さが同じになる。


『…にゅー…マスタぁ……』

『……マスター……、』


ちょこんとロビンの傍にすり寄り、

少女の事を心配そうに見つめる二人。


「…暫くはロビンにお世話に…なって……

 ロビンはそんなに…悪い人じゃ…ない…から……」


力無く笑う主に、

二人は益々悲しそうな表情をする。


「不音に報告したら、

 すぐにオレらも医務室に行くからな」

「うん…二人の事、お願いね……」

「おう」


そう言うと、

ロビンは尚も悲しそうな顔をする二人の肩を抱き、

少女に背を向ける。


その様子に安心したのか、

少女はその後ろ姿に笑みを一つ向けると、

すぐに意識を闇の中へと放り投げてしまった。














 ▼後書きのコーナー

 今回の話では
 主人公ルカが凄い頑張りましたね。
 もう書いてて切なかった……
 もっと周りを頼ってもよかったんだよルカ!!←

 意外と早く「暴走隊員編」が終わりそうで
 管理には非常に戸惑ってます。
 え、ちょ……
 もうちょっと長くなるかと思ってたのに……(汗←←
 この後の話では
 意識をとりもどしたユーリ大佐と会ったり…
 ロビンとかに怒られたり…
 そして……

 鬼畜ルイが到来したりする予定です!←

 ……ルカ、もうちょっと頑張ってb!!
 (ルカなら出来るよ!!)





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