天秤













真白い包帯で巻かれた、右手。

少女はそれを悲しそうに見つめると、

右手に向けていた視線をそっと違う方に向けた。



別に後悔等していないし、

これが最善の策だったと、怪我をした今でも思っている。


人一人の『命』と人一人の『右手』の重さを

天秤に乗せてみれば分かるはず。

分かるはず……なのに。


先ほど医者に言われた言葉が頭から離れない。

あの言葉は、いくら覚悟≠していた少女にも、

少々キツい物があった。



―――コンコン、と。

扉が遠慮がちにノックされる音が室内に響く。


「…どうぞ入って」


頭の中から、

先ほどまでの暗い思考をどこかに追いやる。

今更どうこう考えても、

もう、仕方がないのだ。


「…大丈夫か?ルカ」


そこには目尻を下げたロビンと、


『…にゅ、にゅ〜……』

『…マスター…………』


暗い顔をした少女の使い魔、マカとロリが居た。


「どうしたの、三人共。随分暗い顔をして」


悪魔でも微笑を浮かべる少女に、

ロビンはどこか落ち込んだ声色で

少女に話しかけた。


「…医者から話は聞いた。

 その…本当にすまない。

 オレにもっと力があれば………」


悲しげな瞳で己の無力さを嘆くロビンの姿に、

少女は一瞬瞳を見開いたものの、

すぐにプッと吹き出した。


「…ロビンらしくない……っ……!」

「…ちょ、お前何笑ってんだよ!

 オレが真剣に話してるって言うのに!!」

「だ、だってロビンのそんな姿…

 想像つかなくって……!!」


笑い続ける少女に、

ロビンはムッとした表情を向けた。


「…そうやって笑える元気がありゃ、

 大丈夫そうだな」

「そうだよ。私の何処が大丈夫そうに見えなかった訳?

 この行動は私が勝手にとった行動だし、

 それに私は三人が止めたのにも関わらず、

 私の意志を、行動を、

 無理矢理通した。だから、


 三人は何にも悪くない」


そう言いきると、

少女は視線をロビンから己の魔獣達へと向けた。


「だからマカもロリも、落ち込まないで?

 二人はただ私の命令に従った。

 それだけだよ?」

『っ……でも……!』

『…………』


マカは瞳に涙を浮かべながら、

ロリは悲しげな表情を浮かべながら、

その包帯だらけの右手を見つめる。


『マスターは…何にも悪い事してないのにぃ…

 それなのに……

 それなのにぃ……っ……!!』

『……マカ………』


今にも泣きだしそうなマカを、

そっと抱きしめるロリ。


『ふっうぅ………

 うわぁぁぁぁぁああああ!!!』


遂に泣きだしてしまったマカを悲しげに見つめたロリは、

己の主にそっと視線を向けると

マカの肩を抱いて、

病室を出て行った。


「…マカはまだ、幼いからしょうがない・か」

「…でももう一人の方も泣きそうだったぞ?」

「…ロリは強いから、多分泣かないよ」


そうロビンに言うと、

少女はそっと右手を見つめた。


「…そうそう、お前に言おうと思ってた事が

 あったんだよな」


ロビンは先ほどよりかは明るい声色で、

そんな少女に話しかける。


「ユーリ大佐が目を覚ましたそうだ。

 さっき奥さんとちっちぇー子供と

 すれ違ったぞ」


「……!!」


少女は勢いよく体を起こし、

ロビンの方を凝視した。


「…大佐が目覚めた、の?」

「あぁ、関係者以外立ち入り禁止だけどな」

「………、」


一瞬何かを考え込んだ少女だったが、

こちらももの凄い勢いで

己にかかっている布団をどかし、

少々大きめのスリッパに足を通して

何日かぶりに、床に足をついた。


「…ルカなら行くと思ったよ」


ハァ、と小さなため息をつくロビン。


「一つ下の階の、

 二六号室に大佐は居るぞ」

「ありがとうロビン。

 ちょっと行ってくるね」

「あぁ。

 子守≠ヘオレに任せとけ」


悪戯にウインクをするロビンを横目に、

少女は病人とは思えない速さでその場を後にした。












「…チッ、なんだよ。

 ロビンに先越されっちまったな」

「…おいおいこんな所になんの用だよ、


 ルイ」



ざあっと室内には暖かい風が吹き、

いつの間にか開いていた窓に腰掛ける自警団団長が、

そこには居た。


「折角仕事の合間を縫って

 ルカに会いにきたっていうのに……」

「…後でライに怒られても知らないぜ?」

「大丈夫だ、もうそれににはとっくに慣れてるからな」


そう悪戯に笑うと、

ルイは床にトンッと足をついて

ゆっくりとロビンの方を向いた。


「……こうやって話すのも何時以来だろうな、ロビン」

「あぁ、久しぶりだな、ルイ。

 昔みたいに、


 『ロビンお兄ちゃん』って呼んでもいいんだぜ?」


そう言ってロビンも悪戯に笑う。


「おいおい…何時の話だよそれは……」

「お前がまだ五歳位の時だったかな?

 本当懐かしいぜ…」


どこか遠い目をしたロビンが、

成長したルイの事を静かに見つめる。


「…大きくなったな、ルイ」

「…それ、

 毎回会うごとに言われてる気がするんだけど…」


そう言って苦笑する、ルイ。


「…あ、そうそう。

 お前に聞きたい事があってな」


ロビンはふと真剣な眼差しで、

目の前に居るルイの事を見つめる。








「オレの上司、ルカ中尉。

 あいつ本当……何者なの?」








「……」


ルイもまた、真剣な眼差しでロビンの事を見つめ返す。


「やたら頑固で気が強くって…

 けどもそれに見合った覚悟と強さは兼ね備えてる。

 オレが今まで見てきた奴の中で、

 お前位、

 嫌、それ以上に素質があるな。

 将来自警団の団長や幹部になるのも、夢じゃないな」


フッと笑みを零すロビン。


「……ライがルカをお前の所に付かせた訳が

 ようやく分かった。

 あいつもルカがこれ以上の能力を身につけるのを、

 願ってるんだな……」

「……そう言えばルイはルカの入団を

 知らされてなかったんだよな?

 あの奥手のライが勝手に入団希望者を入団させるとは…

 案外肝の座った奴だったんだな」

「あぁ、俺もそこには驚いてるんだ。

 あの俺に絶対服従≠ネライが、

 珍しく俺に反抗するなんて……」

「おーい黒いぞ、

 すっごく黒い表情してるぞルイ〜……」


冷や汗を流すロビンに、

ルイはこれまた黒い笑みを浮かべてみせた。


「というかロビン、

 俺もお前に少し聞きたい事があるんだけど、

 いいか?」

「…まあ内容にもよるな」


その黒い笑みにびびりながらも、

ロビンは曖昧な笑みを浮かべてみせた。







「百二十年前、

 この自警団の『団長』に君臨してたレオナルド家のご当主様が……

 俺の親父が死んだ十年前、

 つまりあんたが初めて『団長』の座に君臨してから

 百十年後に・親父の跡を、

 二度目≠フ『団長』の座を、

 幹部達の全員一致の賛成で再び君臨し、

 そしてその座を俺に受け渡したお前が……

 なんでまだ自警団のヒラ団員なんてやってんだ。

 とっととどこかに行っちまえばいいものを……」







「…………」


現レオナルド家当主の、ルイ・レオナルド。

そして

前々々レオナルド家当主の、ロビン・レオナルドが

真剣な眼差しで見つめ合う。


「………お前には、分かるか?」

「え?」




「『不老不死』の苦しみが」




「………、………」


「まあ分かんなくって当然か、

 お前は不老不死じゃない。

 ちゃんと寿命がある、普通の人間だ」

「………そうだな」

「一生死ねない俺の、

 この苦しみは多分一生誰にも分かってもらえないだろうな。

 苦しいからこそ…

 誰よりも長い時を生きてるからこそ…

 オレは離れられないんだ。


 生涯の殆どを過ごしてきた、この自警団から」


「………」





ロビン・レオナルド――――。

その名前は、今は言う事を禁じられた、名前。


レオナルド家に生まれながらも、

祖先から受け継いだのは、青い瞳だけ。

青髪を受け継ぐ事が出来ずに、

生涯その赤茶色の髪を、

悔しい思いをしながら身につけていく。

そんな運命を辿る、悲しい不老不死の少年の事。


「…ルカに、その話はしたのか?」

「いんや、まだしてないぜ」


レオナルド家の血筋を引いている――せいか。

ルイ・レオナルドとロビン・レオナルドは

どこか似ている所がある。

それは口調だったり、性格だったり、

声色だったり、表情だったり……と。


「その話、今度してくんねぇか?

 お前の口から…ルカに直接」

「…ルイが言えばいいんじゃね?」

「……別に俺はそれでも構わないけど、

 いいのか?


 ルカの身のうえ話を一緒に聞けるチャンスかも知れねぇんだぞ?」


「………」


ピクリと、ロビンの体が揺れる。


「…あいつもお前の身のうえ話を聞けば、

 きっとお前に自分の身のうえ話を話すだろう」


自らの妹、ルカ・レオナルドがこの話を聞けば―――

ロビンが同じレオナルドの血筋を引く者と知れば―――

きっと共感するだろうし、

きっと自分の身のうえ話もするだろう。


「じゃあな、ロビン。

 マカとロリの子守=c…、よろしくな」


颯爽と窓から飛び降りるルイは

随分と様になっていて。


「……本当にあいつって、オレの子孫なのかな………」


ロビンは色んな意味で、悲しげに呟いた。











「っユーリ大佐!!!」


『関係者意外立ち入り禁止』の札を無視して、

扉をノックする事も忘れて、

少女は勢いよく扉を開ける。


「……!君は……!!」


そこには、

穏やかな表情を浮かべるユーリ・アルへイドが居た。


「…よ、良かった……

 本当に目覚めたんですね……」


安心からか、

少女はずるずるとその場に座り込んでしまった。

そんな様子を見ていたユーリは

すぐに傍らに居た妻に、視線を向けた。


「…大丈夫ですか?

 もしよろしければこちらの椅子に座ってください」


座り込んでしまった少女に手を貸しながら、

妻はニコリと笑みを向けて、

自らの夫の居るベッドに一番近くに置かれた椅子に

案内した。


「…ありがとうございます」

「いいえ、これ位当然の事です。

 お医者さんから……

 他の団員さんから……

 話は聞いています」


そう言うと、

彼女は少女に向けて深々と頭を下げた。




「夫を助けて頂いて……ありがとうございますっ……!!

 貴女が助けて頂けなければ、

 夫は今、生きてはいません。

 本当に…もうなんと言っていいか……っ……!!!」




「……!!」


少女は大きく目を見開き、彼女を凝視した。


「…こらこら、

 ルカ中尉が驚いているよ」

「…でも貴方…!この方は……!!」

「…分かっているよ」


ユーリはスッと息を吸い込むと、

真剣な眼差しを少女に向けてこう言った。



「私も君にはとても感謝してるよ。

 妻と子供にも…君のおかげで、

 こうして会う事ができた。

 感謝なんて言葉じゃ言い表せない位…

 本当に…本当に……っ!!!」



ユーリの瞳には、うっすらと涙が浮かぶ。


「……えっと、」


そんな様子に一瞬たじろいだ少女だったが、

こちらもすぐに真剣な眼差しで二人の事を見つめる。


「…いえ、これは私が勝手にした事です。

 もう知っているかもしれませんが…

 ……実は私、

 貴方を助けるなという命令を上司から受けていたんです。

 上司の命令に背いた私を……

 本来ならば叱るべき立場にあるのではないでしょうか?

 ユーリ・アルへイド大佐」


そう言って悪戯な笑みを浮かべる少女に、

二人は小さな笑みを零した。


「…寧ろ私なら、

 仲間を助けたいと思っている部下の背中を

 押すタイプの人間だがね」

「でしょうね。

 貴方のその人柄の良さは、

 他の団員達から聞いています」


そう言うと、

少女はゆっくりと立ち上がる。


「勝手に押しかけてしまってすみません、大佐。

 まだ目覚めたばかりでしょう?」

「…君も病み上がりじゃないのかね?」


少女の頬や腕、足には

いくつかの包帯が巻かれていて。

そして中でも酷いのは

包帯で何重にも巻かれた少女の右手だった。


「こんなもの、すぐに治りますよ」


そう言って微笑を浮かべる少女に、

ユーリの心にはちくりと罪悪感が産まれる。


「…私のせいで、君は―――」

「それ以上は言わないで下さい」


口を開いたユーリの言葉を、遮る少女。


「…これは、ただの私の自己満足です。

 もし少しでも私に申し訳ないという気持ちがあるのでしたら、


 一日でも速く職場に復帰して、

 自分の部下に、上司に、

 元気な姿を見せてください」



ニコリと満面な笑みを浮かべる少女は

そう言い放つと、

颯爽とその場から去ってしまった。


「………」


まるで、自らの兄の様に。














「ルカさん、少しお話があります」

「なんでしょうか、先生」


医者は少女の右手を見つめると、

悲しそうに言葉を紡いでいった。


「…皮膚の移植は、ほぼ完ぺきに出来ています。

 それに失ってしまった所々の肉も……

 再生に近づいてきています」

「そうですか、それは良かったです」


悪魔でも能天気に返事をする少女に、

医者は衝撃の一言を投げかけた。


「………しかし、






 右手の殆どを覆うその火傷の跡は、

 一生消える事がありません」








「………え………!?」


それは女という性にある少女には、

辛い物があった。

「…今の私の技量では、

 皮膚の完璧な移植と肉の再生を手伝う事しか…

 できません……」

「……確か私が火傷した面積って、」

「右手のおよそ八十五%。

 つまり右手の…殆ど…です……」

「………」


少女は悲しそうに、右手を見つめる。


「…すみません。本当に……」

「…いえ、私が少々無茶をし過ぎたせいでもありますからね」


ありがとうございます、と。

少女はそう言うと、悲しげな笑みを浮かべてみせた。






(…でも酷い火傷をしたのが右手だけで本当に良かった)


少女の顔には、

先ほどまでの、あの悲しそうな表情は浮かんではいなかった。


(手袋をすれば、きちんと隠れる場所だし、

何も嘆く事はない)


それは、

ユーリ大佐とそしてその妻の様子を見た少女だからこそ、

働く思考だった。


(大丈夫、こんな傷位)


天秤が、少女の中でカタリと音を立てて傾く。

相変わらずそれは、

人一人の『命』の方が人一人の『右手』よりも

重いという事を明確に示していた。


(『私が、人一人を救った』)


少女の顔には笑みがこぼれる。


(…それでいいじゃない)


少女は見つめる。

その希望の含まれた瞳で、

どこか嬉しげに、静かに見つめるのだった。











----暴走隊員編 完----





 ▼後書きのコーナー

 はいっという事で暴走隊員編もついに終わりましたー!
 嫌ぁ本当はルカが鬼畜ルイに怒られる場面も
 書きたかったんですけども、
 まあそれは後ほど…
 という事で先送りにさせてもらいました!←

 今回の話では…
 ルカの右手に火傷の跡が残っちゃったよー
 な回でした!
 自己犠牲をした結果ですね、はい。
 まあでも…本人最後の方で吹っ切れてるので、
 いいんじゃないんでしょうか?

 暴走隊員編で管理人が感じた事、
 それは………

 ……戦闘シーンを書くのが
 とても難しい、という事ですね(真顔)

 後個人的には、
 もうそろそろ蒼とか出したいですね。
 「蒼?誰だっけ、それ」
 という方は是非『入団編』を
 もう一度読み返してみてください!←←





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