青龍**












「もなんなの!?

 最近白蓮ったら私の事

 段々からかう事が多くなってきたし………!!」


ぶつぶつぶつぶつ。

隣を通る多くの人に聞こえない位の

小さな音量で、

そう呟き続ける少女。


しかし少女は気付いていない。

自分が、今どんな顔をしているのかを。

自分が、どこか嬉しそうな顔をしているのを。

少女は知らない。

否、

少女はただ単に気付いていない≠セけなのだ。





どんっ。

軽い衝突音。

それが聞こえたとほぼ同時に、

少女の体に軽い痛み。


「……んぁ……?」


ぶつかったのは、

一人の男。


「あっすみません」


ぺこりと頭を下げ、

その場を颯爽と去ろうとする少女だが―――


「オイ待てこらぁ……、」


ぶつかった相手が悪かった。

その相手は恰幅のいい男で、

そして、その男が着ていた服は―――



「オレ様にあたるとは、

 一体どういった了見だぁ……?」



見事な装飾が施された、

一際目立つ、軍服だった。







(軍人か………)


その服を一瞬見ただけで、

その男の態度を見ただけで、

その男がどういった役職についている者なのか、

その役職の中でもどの位の地位に居るのか、


正確に、明確に、

判断、分析する少女。


少女は腐っても貴族。

当然敵対する軍部の情報を――

一番よく集めているのも、貴族。

少女は大きなため息をついた。


(これだから軍人は嫌いなんだ……)


たいして強くないくせに、

軍部という場所に所属しているだけで、

こうやってえばる。


「オイ、

 お前何やってんだよぉ……、」


がっ。

胸元部分の着物を思いっきり掴む男。


「オレ様が誰だか分かってるのかぁ!?」


ざわり……。

野次馬達があつまる。


(…これはまずい)


少女の身分は――相当なもの。

少女の行動一つ一つが、

家柄を磨き、

家柄を傷つける。


「オレ様に何をやったか、

 分かってんのかぁ!?」


(……うるさい)


少女の中で、

男に対する敵意が膨らむ。


「ガキのくせにこんないい着物きやっがってよぉ……、

 生意気なんだよォ!!」

「………」


言葉を一切発しない――少女。

少女はいらついていた。

何故ここまで怒る。

ぶつかっただけだろう?

それに元々自らは軍人があまり好きではない……。


色々な悪条件が重なり、

少女の勘忍袋の緒はついに、切れた。





「……貴方、うるさい」





ぶわり…。

少女の中で抑えられてきた怒りといらつき、

そして少女の中に元から存在する、

禍々しい魔力が辺りに漂う。


「……っな、」


何者だ。

少女の異常さに気付いたのだろう。

そう言葉を発しようとした男だったが―――



「うるさいって言ってるでしょう」



がっ………。


……嫌な、音。

周りに居た野次馬達が、一瞬にして静まり返る。


「…う、が、ぁ………」


 ど さ り 。

ゆっくりと地面に倒れ込んでいく男の体。


「暫く黙ってて」


もう意識のない男にそう投げかけると、

視線を男から野次馬達に向けた。




少女の動きは――速過ぎた。

少女は手首と肘にかかる腕に

魔力を思いっきり溜めこみ、

一気に男との距離を縮めて

それを腹に思いっきり叩きこんだのだ。


腕なので――何か外傷を負う事はない。

しかし、

あまりにも高い魔力の密度による驚異的な硬化と、

視界にとらえられない程の速さにより、

男の体の内部。

特に―――その腕が叩きこまれた腹に、

深刻なダメージを与えた。


一瞬で意識を飛ばすほどの、その痛み。

野次馬達は、

少女のした行動を理解していないにも関わらず、

少女の纏うその禍々しいそれ、

少女の足元に転がる男、

それから危険だという事を察し、

何事もなかったかの様に、

そこから散り散りになっていった。


(……ふう、)


少女は小さな溜息をつく。

自らの名字を示さないで、

事を収められた事に安堵しているのだ。


(……私の、名前)


そう、それは――――





(……『青龍』千歳………)
 





『青龍家』。

この国を治める帝という人物の、

補佐を務める家柄。

当然貴族の中でもトップクラスの権力と実力を持ち、

この国では二番目に偉い地位なのだ。


(…………)


少女には、七つほど離れた兄と

五つほど離れた姉が居る。


名を青龍空海、青龍冷華と言い、

二人とも容姿端麗。

そして、

頭の回転が速い、速い。


まさに優秀=B

それしか言葉に表せられない。



そしてそんな二人の妹が―――

青龍千歳。この少女なのだ。



「…………」


先ほどから、

ちりぢりになっていった野次馬達の視線が痛い。


「……ここから去れってか」


少女はフッと自嘲気味な笑みを浮かべる。

厄介者はどこに行っても厄介者。

必要のない者はどこに行っても必要のない者。


少女は踵を返す。

その背中に痛いほどの視線を感じながら――

歩く、

去る。



その背中がどこか寂しげだったという事は、

言うまでもないが。














 ▼後書き

 千歳は両親から嫌われているし、
 しかも三人目の子供という事で
 周りからの期待も薄いという
 最悪のポジションに居ます。

 ……という事を言いたかったんですよ←





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