92:失ってしまった命は二度と回帰しない
そうだ。皆の死ばかりに囚われていたけれど、私の意識が消える前に、禰豆子ちゃんと六太君はなんとか逃がす事が出来て、炭治郎君はあの時家に居なかった。
禰豆子ちゃんはその後逃げ切って、炭治郎君は見つからずにすんだんだ。
(だけど六太くんは……)
苦渋に満ちた表情で一番小さな土の固まりを見て、手をぎゅっと握りしめる。
(六太くんごめんなさい…。私がもう少しでも時間を稼げていたら助かったかもしれない)
この五つのお墓は、葵枝さん、竹雄くん、花子ちゃん、茂くん、六太くんのものだと改めて理解した。自覚して更に、心が苦しくて苦しくて絶望へと叩きつけられた。………だけど、
「……生きてる。炭治郎君と禰豆子ちゃんが生きている…」
幸せはまだ生きていた。全てが消え去った訳ではなかった。
絶望の中の一筋の希望に、瞳に光りが戻る。
「………った」
枯れたはずの涙がまた溢れ落ちて、地面を濡らしていく。さっきまでの涙とは違って、あたたかさを含んだ涙が、恵みの雨のように。
「よかった……よかった…」
生きていてくれて。
「三郎さん、二人は今どこにいるんですか」
涙を無理矢理押し込み、ずっと見守ってくれた三郎さんに二人の所在を訪ねる。生存が確認できて、次に気になるのは、今現在何処にいるのか、だ。竈門家の埃だらけの様子から此処に住んでいないのはわかるのだけれど。
「は!もしかして、禰豆子ちゃん怪我でもしたんですか?!炭治郎君は?!炭治郎君は無事ですか?!」
「落ち着け。今話す」
あの日炭治郎君は、日が暮れる寸前まで町に滞在しており、帰ろうとした所を三郎さんが引き止め家に泊めた。炭治郎君は翌日朝早くに家を出て、翌々日の雪降る早朝に、禰豆子ちゃんと手を繋ぎ山を降りて行くのを、家の中から見たらしい。
「それで二人はどこに」
早く会いたい。会って抱きしめて無事を実感したい。急かす様に問いかけると、三郎さんは断言した。
「わからん」
その時は、竈門家の皆が鬼に殺されているなんて思わなかったから、不思議に思いながらも町に来たのだろうと、特に声をかける事はなかったそうだ。
「…鬼から逃げているのかもしらん」
虫の知らせが働いたのか、炭治郎君を泊めた際に鬼の話をしていたらしい。炭治郎君と禰豆子ちゃんが、今回の事は鬼の仕業だと気付いたかは知るよしもないけど、二人が町の人に何も告げずに、山を降りたのは真実。だから、今何処にいるかは分からないけど、二人は確実に生きている。
分かるのはこれだけど締めくくった三郎さんの説明を聞き終えて、日の光で輝くバラの首飾りを握りしめた。そして、頭に一番始めに浮かび出た言葉をそのまま口にする。
「二人を探しに行きます。そして」
二人の間に何があって、どういう考えの果てに、誰にも告げずに山を下る行動をとったのか。今は分からないけど、もし、あの男や鬼から逃げているのなら、私は、その危険から何としてでも二人を助けたい。少しでも危険から遠ざけたい。
「必ず、皆の仇を。あの男…鬼に怯え逃げているのかもしれない炭治郎君と禰豆子ちゃんを守るために、あの男を必ず殺します」
私に何が出来るかは今は分からないけど、いつか必ずあの男を殺す方法を見つける。
「……それがいい。ここを早めに出てけ」
言葉使いは乱暴だけど、悪意のある言葉でないのは分かっているので、そのまま耳を傾ける。
「町で騒ぎになっている。お前が化けて出たと」
「………」
あの日以来、炭や花売りに来ないと町の人が心配していた時、私が頼んでいた大工さんが家中血だらけだと血相変えて町に駆け込んだ事から今回の事が知れ渡ったのだという。家の惨状、お墓の数が六つ、三郎さんが見た炭治郎君と禰豆子ちゃん。この事から、冬眠出来なかった熊が、炭治郎君と禰豆子ちゃん以外の竈門家の皆と私を殺したと判断した。
「(また、冬眠出来なった熊だ…。私が最初に襲われた時にも勘違いされていた…)鬼の仕業だと言う人はいなかったんですか?」
「鬼は一部の人間しか知らねぇ」
人が鬼だと騒がないのは、鬼という存在は国も警察知らないからだと言う。存在を認知しているのは鬼狩り様、もしくは鬼の被害にあった方々のみ。もし鬼がでたなんて騒いだら、その人は狂人かボケ老人扱い。
その話を聞いて、鬼の存在を公表して、国ぐるみで取り掛かればすぐにでも根絶出来るのではと思ったけれど、いつの時代も、人という生き物は異質な物を受け入れたがらないのだろう。
「今のお前は、異常だ」
「………」
そんな事分かっている。自分が、その異質に当てはまる事は。
崩れた土、自分が埋められていたであろう場所を見て、両手を見る。確かに私はあの時に死んだはずだ。けれど、切断された右腕、使い物にならなくなった左腕、胸に感じた衝撃、ありとあらゆる怪我が元通りになり、私は今、生きている。
過去に遡ったこと、花を咲かせること以外にまた1つ自身の謎が増えてしまった。
自身の謎に、あの男への憎悪、皆を目の前で失った悲しみ、仲良くなった町人達の拒絶の瞳、鬼という存在、色んな感情や情報がごちゃ混ぜで、心が不安定に揺れ、今にも狂ってしまいそうだ。
けれど、私は前に進み続けなればならない。今もどこで生きている炭治郎君と禰豆子ちゃんに再び会うためにも。