91:五つ

「おい」

何十分、何時間そのままだっただろうか。突如声をかけられ振り返ると、竈門家のご近所さんの、三郎さんが立っていた。
三郎さんは何時もの気難しい顔のまま、私の姿をじっと見てから、言葉を投げ掛けてくる。

「桜だな」

涙を拭うこともせず頷くと、三郎さんは、私がいたであろう崩れた土を一瞥してから、私の側に来て、顔が泥だらけだと首に巻いた手拭いで強く擦りつけるように拭き始めた。

どうして生きている。その姿はなんだ。死んだのではないか。私の存在など不気味でしかないだろうに、問いただす事なく、ただ無言で不器用に拭き続け、私もされるがままにじっとしていた。





「…鬼だ」

拭き終えると、三郎さんは唐突に断言するように言葉を放った。

「え?」
「鬼の仕業だ」
「おに?」

三郎さんに言われ、すぐに連想された鬼の姿は、角が二本あり怖い顔をして金棒を持った、赤かったり、青かったりする日本の悪い妖怪。架空の存在だけれど、創作物に登場したり、諺にもあるので、未来であっても日本人なら誰でも知っている言葉。

「こいつらを殺したのは鬼だ」
「………鬼、じゃない。です。確かに人外じみていましたけど、見た目は私達人間と変わらない姿の男でした」

言いながら、あの男の姿が記憶が呼び起こされ、皆を失った悲しみから、皆の命を奪った男への激しい憎悪へと感情が傾く。
込み上げてくる殺意だけで地面が抉れてしまうのではないかという程に、強く地面に爪を立てた。

「そう…。あの男が皆を殺した。なんの罪もない優しかった皆を…、爪で切り裂いて殺した。……赦さない」
「それが鬼だ。人を殺して喰らう鬼、人喰い鬼。説明してやる」

三郎さんはそう言って《人喰い鬼》について語り出した。












鬼は、日が暮れると動きだす。人間とそう変わらない見た目で桁外れの力を持ち、鋭い爪や牙で屈強な男でさえも赤子のように簡単に殺して喰らう。
強靭な肉体を持ち、刃物で傷つけたとしてもたちどころに傷が治る、不死身とも言える存在。倒せる手段は、太陽の光か鬼狩り様が持つ特別な刀のみ。決してこれ以外の方法では倒す事は出来なく、もし鬼に出会ってしまったら、鬼狩り様に運よく助けてもらうか、朝まで逃げ切るか、殺され喰われるしかない。




「そんな、あり得ないです…。人喰い鬼だなんて」

三郎さんの淡々とした、けれど裏に感情の詰まった説明に対して出た私の言葉は、否定。三郎さんが嘘をついているようには思えないけれど、鬼なんているはずがない。だって、未来で《過去の歴史に鬼が存在した史実》は存在しないから。

私がいた未来、2205年。それよりさらに過去の2112年に科学技術を飛躍的に発展させる起点となった、ある理論と物質を人類は発見した。それから世界はあらゆる進化を遂げ、それは歴史学にも及んだ。

国にとって不都合な真実は書き換えられ歪められた歴史、人々の記憶から消された歴史、闇に葬られなかった事にされた歴史。それらが全て最先端の科学技術の元に明るみになり、真相が解明された。
私がいた2205年には、伝えられている歴史は全て史実とされており、その正しい歴史を形どった場所こそ、私がいた《歴史博物館》だ。

もし、三郎さんの言う人食い鬼なんてファンタジー物語のようなものが存在していたのなら、歴史が苦手な私でさえも、さすがに記憶しているだろうし、歴史博物館にも展示されているはずだ。


「だがいる。人喰い鬼も、鬼狩り様も昔から」
「だけど、鬼なんて……」
「人間が爪で人を殺せるか?」

……殺せない。

「お前が見た男は、ただの人間と言えるか?」

……言えない。あの男の、人の心を持たぬ冷酷無慈悲が映し出された、死人の様な顔色と無表情さ。戸も肉体も柔らかな素材であるかのように、人外じみた力で破壊していく。見た目以外は、化け物と表現した方が近いだろう。

「もう一度いう。人喰い鬼はいる。あいつらを殺したのは鬼だ」
「……鬼」

その時ふと理解する。大正時代に遡った時に私の事を襲ったのも「鬼」だったのだろう、と。私の背中を傷つけたのは爪で、首元に噛みついたするどい牙と尋常じゃない力は鬼故のもの。三郎さんの話と私が見たもの全ての整合性が合う。

「………」

そうだ。今更、未来での常識を当てはめて考えるのはやめよう。未来人である私が過去に遡った事や、花を咲かせれる時点で不可思議でしかないのだから。今体験していることが、変えようのない現実。……それに、鬼だろうと人間だろうと、皆を殺した憎い存在はあいつに変わりない。

「……」

無言が鬼の存在を肯定したと悟った三郎さんは、静かに言った。

「俺の家族も鬼に殺された」
「三郎さんのご家族の方も…」

三郎さんが山の麓で一人で隠居するように暮らしていたのは、鬼のせいだったのか。

「三郎さんも全て失ってしまったのですね…」

鬼だというあの男への憎悪、皆を失った絶望、同じく鬼に家族を奪われた三郎さんへの同情心でごちゃ混ぜな心情のまま、半ば無意識にお墓の土を撫でていると、三郎さんが私の視線を促す様にお墓を見た。

「…………墓を数えろ」

言われるがまま視線を横にずらしお墓全てを視界にいれる。心臓に直接刃物を突き立てられるような痛みを感じながら、崩れた土以外を数えると、お墓は五つあった。

竈門家は私を抜かして七人。

「ぁ……」

三郎さんが力強く言った。


「炭治郎と禰豆子は生きている」











※大正コソコソ噂話※
2112年はドラえもんが生まれた年だよ!

三郎さん(原作キャラ)は、物静かだけど穏やかなタイプだった。三郎さん奥さん子供3人の家族5人で暮らしていたけど、仕事から帰ってきたら、鬼に喰われて死んでいる家族をみつけた。まだ息があるのに喰われている長女を助けようと、包丁を持って何度も攻撃したけど傷つけてもすぐに回復する肉体。「お父さん痛いよ助けて」と助けを求める長女を目の前で殺され、絶望で佇み自身も殺されそうな時に、とある鬼殺隊に助けられた。以降、家族を殺された憎しみと悲しみ、自分だけが生き残った罪悪感を抱きながら、全てから隠れるように一人雲取山の麓に住んでいた。あの日渡すことが出来なかったお土産の番傘を贖罪のように作りながら。笑う事はなく表情も感情も固く生きてるのか死んでるのか分からない日々の中、竈門家の皆に出会い、竈門家のあたたかさに日々癒されていた。みたいな過去を想像しました。


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