93:ナルカラ

帰っていく三郎さんにお礼を伝えて家の中へと戻った。物音1つしない部屋の中央で静かに目を閉じて深呼吸をすると、埃に混じって感じる竈門家の匂い。匂いと共にこの1年の優しい記憶が甦り、また溢れ出そうになった涙を無理矢理押さえ、決意するように前を向く。

炭治郎君と禰豆子ちゃんが家を出て50日も経過しているから一刻でも早く追いかけたいのと、三郎さんの忠告通りに町の人に見つかる事なく出発するために、今夜発つ。










身体を清め、箪笥から引っ張りだした葵枝さんの着物を一枚貰い、無事だった脚絆と共に身にまとう。葵枝さんの残っていた着物は生地が白色で、今の私だと全体が真っ白になってしまうので、長めの黒い羽織でバランスを整えた。

次に荷造りだと、部屋の隅にある棚の二番目左側の小さな引き出しから、六太くんからもらった大きなどんぐりと自分でかいた竈門家のイラストが入った禰豆子ちゃん手作りの巾着。少しの花の種。皆とのご馳走代にするはずだったお金。そして、最後にケータイを取り出そうとして、固まる。

「あれ、ない…。ケータイがない」

皆には、薄い懐中時計にしか見えないと言われた、唯一自分の手元に残した未来の物、ケータイがなかった。絶対に持ち出す事はなかったし、棚から移動した記憶もない。
他の引出しや部屋、私が居た土の中を探してみても何処にもなかった。となると、必然的に考えられる可能性として、

「炭治郎君と禰豆子ちゃんが持っていったのかな…」

おこがましい考えだけど、形見に…とか?その代わりに、このバラの首かざりをくれたのかもしれない。そう結論付け、引き続き荷造りを終えた時には、日が落ちる寸前だった。

最後にお墓の前に立ち、バラの首飾りを握り締めて思う。炭治郎君と禰豆子ちゃんは一体どんな気持ちでお墓を作ったのか。二人の心情を考えただけで、耐え難いものがこみ上げてくる。ついさっきまで笑いあっていた家族を急に失ったのだ。私がもしその立場だったなら、立ち直れなかったかもしれない。


「葵枝さん、竹雄くん、花子ちゃん、茂くん、六太くん…。必ず仇はとるからね。炭治郎君と禰豆子ちゃんを必ず守るから。だから…………どうか安らかに」

何十分も手を合わせた後、せめて皆のお墓に花だけでも添えようと、種を取り出して一生懸命皆の笑顔を思い出し、幸せを込めた。冥福を祈る想いが花にのって届きますようにと。









「え」

それはまるで花の一生を早送りしたかのような光景だった。
いつもなら、白い光りを纏いゆっくり咲くはずの花が、黒い光を纏い、咲いたと思った瞬間にすぐに枯れてしまったのだ。

呆然とする私の手には、色を失い水分も無く乾燥し、首がしなだれ、何日も野ざらしにされた野花のように枯れた花が一つあるだけ。

「…枯れちゃっ、…た?」

何かの間違いかと思い、何度かやり直したけれど結果は変わらず。
この日を境に、当たり前に使えていたはずの花を咲かす力は、花を枯らす力へと変化していた。


戻ル


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