90:ナカッタコトニ
突如として、脳裏に映像が流れ始めた。
フィルム映画の様に細切れに再生された映像は、望んでいないのに、強制的に残酷な場面ばかりを映し出す。
破壊された戸、死人顔の男、右腕、血飛沫、悲鳴、懇願、血塗れの四人、そして消える命の…
「やめて!!!」
頭を抱え目を瞑って叫び、見たくない映像を消そうとするが、誰かが「コレガ現実」と嘲笑うかのように、映像をより鮮明にさせ、回想がリアルさを伴う。
「葵枝さん、皆を連れて早く逃げてください!!!」
「桜さんも早く!」
「桜おねえちゃん!手ぇ!手がぁ!!」
「置いていけるかよ!」
「あっち行けぇー!」
「こっち来んな!」
「あぁぁ竹雄!!茂!!」
「もうやめて、殺さないで!!殺すなら私だけにしてよ!!!」
「大丈夫、絶対に大丈夫だから。すぐに怪我の手当てしようね」
「桜おねえちゃん、花子ね」
「桜さん…!!今、助けます!!」
「嫌です、嫌です!置いていけません!」
(あ。私、本当に死んじゃうんだ…)
土の中にいた私。その横にあるおなじもの。町の人の態度。私の姿。四十九日。全てが繋がろうとした瞬間拒絶する。
「知らない!……知らない」
導き出された答えは、到底受け入れられるようなものではなかった。
身体の強張りを解いて、空中を呆然と見ながら独り言のように小さく呟く。
「私…、家に帰ります。…きっと皆と入れ違いになっただけだから…」
「嬢ちゃん…、あの子達はもう」
「……こんなの悪い夢のはずだから」
「しん」
北路さんの言葉の続きを聞きたくなくて、人混みの輪から飛び出し、家に向かって走り出す。
「嬢ちゃん!!」
北路さんの声に振り向かず、家を目指してただ無心で走った。雨ではない水で頬を濡らしながら。
「違う、違う、あれは悪い夢…!家に帰ればきっと、皆いる!」
きっとそうに違いない。
家の入口だけをまっすぐ見て、戸を叩きつけるように開け、
「炭治郎君!!!」
と、悲鳴混じりの叫び声で名を呼ぶ。
「禰豆子ちゃん!!」
奥に向かって走り始め、一つ一つの部屋を乱暴に開けていく。
「竹雄君!」
走るたびに舞う埃。この空間で唯一動く埃が、人の消えた廃屋に訪れているような感覚にさせる。
「花子ちゃん!」
家中は全て探し廻ったけど、いつのも笑い声も、ご飯の匂いも、駆け回る足音も、何もない。
「茂くん」
勝手口から出て、枯れたスズランの花畑と炭焼き釜を通り過ぎ、
「六太くん…」
そして、幾つかの盛り上がった土がある場所で、
「葵枝さん……」
崩れ落ちるように、跪く。
盛り上がった土……お墓を優しく撫でつけながら、小さく言葉をこぼす。
「夢……、あれは悪い夢だと思いたかった…」
涙が一つ、また一つと雨のように土の上に降り注ぎ、黒い染みを作っていく。
もう、はっきりと思い出せる。あの地獄を。鮮明すぎる記憶が現実逃避をさせてくれない。息をするだけで苦しくなる胸の痛みだけで、今にも死んでしまいそうだ。
「………夢じゃないんだね」
その場でお墓を抱き締めるように、暫くただ泣き続けた。一生消える事のない喪失感を抱え、最初は小雨のように、途中から嵐の大雨のように声を上げて。
笑顔で溢れ優しくあたたかった日々には、もう二度と戻れない。