84:ミンナゴメンネ

(目の前で家族を……殺された?………は?)

恐怖と怒りが同時に沸き上がり、複数の感情が入り混じった震えた声が出る。

「……ふざけないで。そんな事絶対させない」

男は私の言葉を意に介した様子もなく、やれるものならやってみろと言わんばかりに、左肘を掴む手に力を入れた。あ、と悲鳴を上げる間もなく、固い物が砕ける音と同時に身体が無重量を感じ、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。身体中の臓器が上空から叩き落とされたような衝撃を感じ、視界が白く染まり、勢いを殺せずに重い音を立て、床にうつ伏せに倒れこむ。隣から葵枝さんと花子ちゃんの悲鳴混じりに呼ぶ声に答えたかったのだけど、それどころではなかった。

激痛に声も出せずに咳き込み、その度にどろりとした赤黒い血が床に溜まっていくのが、ぼやけた視界の中で分かった。
少しでも呼吸を楽にしたくて、起き上がろうと無意識に左腕に力を入れたけど、力が入らないどころかピクリとも動かない。男に握りつぶされたのと、壁に左半身から直撃したせいで、左腕全体の骨が砕けたのだろう。
二の腕から先のない血塗れの右腕、おかしな向きのままだらりと動かない左腕。両腕を使えずに地べたを這いつくばり、血を吐き喘ぐ姿は、手足をもがれた害虫が無駄な足掻きとしりながらも殺されまいと必死に藻掻く、惨めな姿と重なった事だろう。

男は私の姿を一瞥した後、竹雄くんと茂くんを見下ろした。今までの猫が鼠を遊び甚振るようなものではなく、鷹が獲物を狙い定め仕留めようとするものだと察し、身体中の血が凍りついた。


「やめっ…!」

全てがスローモーションだった。痛みで動けずに蹲る茂くんと、茂くんを庇う様に前に立ち上がった竹雄くんに、無惨にもその手は振り落とされた。

「あぁぁ竹雄!!茂!!」

葵枝さんの叫喚。血飛沫が舞い、重なり合うように二人が倒れこむ。
今度は痛みに呻く声も聞こえない。ピクリとも動かない。呼吸の音も聞こえない。ただ、無だった。

「ぁ…あ…」

それが何を意味しているのか理解してしまった瞬間、自分のどこにそんな力が残されていたのか分からないが、足の力だけで立ち上がり、一つでも傷を負わせて苦しめてやろうと、泣き喚きながら体当たりをする。けれど、当然のごとくかわされ、男はそのまま、葵枝さんと花子ちゃんに身体の向きを変えた。

「やめて…!!!!やだ、やだ!!」

腕のない上半身と下半身を毛虫が這うように交互に動かし移動して、葵枝さんと花子ちゃんを隠す様に癸枝さんにもたれかかって、子供のよう泣きじゃくる。

「もうやめて、殺さないで!!殺すなら私だけにしてよ!!!」

脳が恐慌状態で大量のアドレナリンを放出しているせいか、痛みも忘れ、必死に男の気を逸らせようとがむしゃらに喚き散らかす。



「桜おねえちゃん……」

か細い声で呼ばれ、花子ちゃんと目が合う。

「大丈夫、絶対に大丈夫だから。すぐに怪我の手当てしようね」
「桜おねえちゃん、花子ね」

花子ちゃんが何かを言う前に脇腹に鋭い痛みが走った。見ると男の右手が、私の脇腹を掠め、葵枝さんと花子ちゃん二人の胸を貫いていた。

何かを言おうとしていた花子ちゃんの瞳から光が消え、ゆっくりと瞼が閉じられた。
葵枝さんが血に濡れた手で私の頬を触り、何かを話そうと口を開いているが、血を吐き出すだけで、何を言いたかったのか分かってあげる事が出来ないまま、葵枝さんも二度と覚める事のない眠りについてしまった。

「ぁ………」

身体の力がガクリと抜け、頭が飽和状態で呆然となる。生々しい音と共に男の手が抜かれ、血だらけの手のまま、前髪を鷲掴みにされ無理矢理立たされた。

「うそ、だ…、う、そだ…」

嗚咽も涙も止まらない。
視線だけを動かして、葵枝さん、花子ちゃん、竹雄くん、茂くんを順にみる。さっきまで、本当についさっきまで笑い合っていたのに。………生きていたのに。
認めたくない現実に、心の奥底で何かが消え、ナニカが生まれた。



「………さない」


勢いよく顔を上げて、男を睨みつける。

「私は、おまえを、ゆるさない」

今の私は、怨嗟にまみれた醜い鬼のような顔をしているのだろう。

「……ってやる」

自分の無力さなど分かっている。奇跡なんて起きない。花を咲かすしか能のない私に、この男に打ち勝つ奇跡が起こるとは思わない。だからこそ、心の奥底から煮えたぎる感情のまま、叫ぶ。

「呪ってやる。殺してやる!呪い殺してやる!!!」

生きている間は無理でも、死んだ後に永遠に呪い続けてやる。呪う気持ちがこいつを殺せる力に変わるなら、私はこの男を簡単に地獄に落とせるだろう。

「よくもよくも!!殺したな!あんなに優しい人たちを」

男の爪が青紫に変色し、爪先から黒に近い色の血が新たにポツリと垂れ落ちた。

「絶対に許さない!地獄に突き落としてやる!」
「我を忘れた復讐鬼が生まれるか、血に耐え切れずに死ぬか………見物だな」

興味深そうに瞳孔を開いた男の爪が目前まで迫った時に、入口の方からガタリと音がした。




「………桜さん」

そこには、血の気の引いた顔の禰豆子ちゃんと、禰豆子ちゃんに手を引かれた六太くんが呆然と立ち尽くしていた。


あぁ、なんて最悪な時に帰ってきてしまったのだろうか。


戻ル


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -