83:地獄ノ図

自覚した瞬間に口から零れ出た獣じみた叫び声に、一瞬自分の声と気づけなかった。身体全身が悲鳴をあげ、目の奥がカッ熱くなり、汗が噴き出る。
逃げなければと思うのに、右腕の焼けるような痛みが、貧血の様な症状と過呼吸を引き起こし、その場で腕を抱えて、痛みに喘ぐしか出来なかった。

「桜さん!」
「桜おねえちゃん!」

皆が私の方に戻って来てしまった。

「はぁ、だめ、ぐっ。早、にげ、うぁ」
「置いていけるかよ!」

竹雄君が怒ったように叫ぶ。花子ちゃんは近くにあった布を拾って「止まれ!止まれ!」と泣きながら傷口を押さえ付け、葵枝さんが立てない私のお腹に手を回し、引き摺るように勝手口の方に引っ張る。
その間に、竹雄くんと茂くんが時間稼ぎをするように、男に向かって枕やトランプを投げつけ始めた。

「あっち行けぇー!」
「こっち来んな!」

やめて、そんな事しなくていいから、早く逃げて。そう声に出す間もなく、男が手を振り上げようとしたのが見えて、

「やっ…めて!!」

と声を上げた。葵枝さんに抱えられたまま、前のめりになり、左腕を精一杯伸ばし竹雄くんの裾を掴む。竹雄くんは茂くんを巻き込みながら横に倒れ、男が振り上げた軌道から逸すことが出来た。けれど完全には間に合わず、竹雄くんは大きく左肩を、茂くんは脇腹と右手から血を吹き出し床に倒れた。

「あぁっ!!!竹雄!茂!」

まだ傷が浅いと判断したのだろう。男の血に濡れた瞳はまだ二人を捉えたままだった。第二の攻撃が来る前に、庇う様に二人に覆い被さった。

「やめ、て!はぁ。ぐ、めて!!もうやめて!!」
「竹にぃ!茂!桜おねえちゃん!」

花子ちゃんが私達に手を伸ばした瞬間、男の手が花子ちゃんを振り払う。庇う様に前に躍り出ていた葵枝さん諸共、降り飛ばされ壁に衝突。その衝撃で酷く咳き込む二人は口から血を吐き出し、花子ちゃんは頭から、葵枝さんは胸部から血を垂れ流していた。

「花、子ちゃん!葵枝さ、ん!!」


葵枝さんの咳き込みながらも子供の名前を必死に呼ぶ声。花子ちゃんの今にも閉じてしまいそうな瞳に映された助けを求める色。竹雄くんと茂くんの痛みに呻く声。ただただ冷酷無慈悲な男の存在。ついさっきまで幸せに笑いあっていたこの空間は、たった数分で地獄絵図へと変貌を遂げた。


(ねぇ。待って。なにこれ、なんなのこれ。どうして、私達は血だらけで転がっているの。どうして、部屋が血まみれなの。いつもの日常だったのに。幸せな毎日だったのに。私達なにもしていない。どうして優しい人達がこんなめにあっているの。嫌だ、いやだ、やめて、もうやめて)


また一歩近づいた男から、竹雄くんと茂くんを守るように、覆い被さった身体と左腕で強く抱きしめた。

「もう、やめで!!!!ごの人達を傷付げないで!」

涙も血も止まらない。貧血と過呼吸で苦しくても、叫ぶのを絶対にやめない。

「お願い!やめで!やめてぇ!!殺すなら私だけにして!」

馬鹿みたいに泣き叫びながら、いやだいやだやめて、この人達を傷付けないで殺さないでと何度も何度も繰り返す。
けれど、男は騒ぐ私を無視し、私の左肘掴んで同じ目線まで持ち上げた。不愉快そうに寄せた眉間の皺、捕食者の紅い瞳。
虫を払うような怠慢な仕草で、紙を破くより容易く肉を裂く。人外じみた力で、表情一つ変えずに蹂躙する男に慈悲の心などない。
本能が告げた。この男には勝てない。無理だ。このまま皆殺しにされる。そう理解してしまっても、足掻かずにはいられない。

「………お願いします。なんでも言う事をききます。私はどうなってもいいです。だから、この人達を殺さないで…ください。私なんかを助けてくれた優しい人たちなんです。お願い、します」

嗚咽を漏らしながら息も絶え絶えに、必死に乞う。だって、皆まだ生きている。怪我は痛くてつらいだろうけど、大丈夫、薬草も沢山あるし、今ならまだ間に合う。一年前、軟弱な未来人の私でさえ死にかけから復活出来たのだから、絶対に大丈夫。だから、…。

「理解できん」

男は、本当に理解不能だと表情に出す。

「なぜ、こうも人はかばう」
「大切…だからです。自分よりも、生きていて欲しいからです。だから、お願いします。この人達を、殺さないで、ください…」
「……今まで試した事はなかったな」

嫌な予感に、気が狂いそうだ。







「目の前で家族を殺された、稀血の人間に血を与えたら、どうなるか」

意味が理解出来た訳ではないけど、死刑宣告より残酷な事だというのは、直観で分かった。


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