70:恋花
11月18日火曜日。今回は炭治郎君と禰豆子ちゃん花子ちゃんの四人で東の町へと訪れていた。しのぶちゃんと約束した時間は夕方なので、それまでは、中央広場で花と炭を売って待つことにした。
「かわいいお嬢さん。お花一つくださいな」
「は〜い!……って蜜璃ちゃん!」
可愛らしい声に振り向くと、イタズラが成功したように、うふふと笑う蜜璃ちゃん。今日はうす緑色と花柄の着物で、大人っぽい雰囲気に仕上がっている。
「来てくれたんだね。ありがとう」
「桜ちゃんに会いたかったんだもの」
「えへへ」
照れを隠すように売り物のお花を一つ渡せば、蜜璃ちゃんは花をかいで幸せそうに笑った。その裏表のない可愛い笑顔に癒され魅了される人も多いのだろうと思わずには居られなかった。
「甘露寺さんお久しぶりです」
蜜璃ちゃんに気付いたらしい炭治郎君が私の横からぴょこんと登場。
「炭治郎君こんにわ〜…ってきゃー!可愛い子が二人もいるわ!」
桃色に染まった頬を押さえキュンキュンしている蜜璃ちゃんの視線の先には、炭治郎君の横から禰豆子ちゃんがぴょこん、禰豆子ちゃんの横から花子ちゃんがぴょこんと登場した。
「もしかして、この子達は、炭治郎君の妹ちゃんの」
「そう!このかわい〜二人が」
両手で禰豆子ちゃんと花子ちゃんを見せつけるようにポーズを取り、気合いを込めて、今度こそ紹介しよう
「妹の禰豆子と花子です」
としたら、炭治郎君がどやさ顔で自慢するように紹介し始めた。またもや行き場をなくした両手をぶらぶらさせながら、四人のやり取りを黙って眺める事にした。
「こちらが、町一番の美人と評判の長女の禰豆子と、愛嬌たっぷりの可愛い次女の花子です」
「禰豆子ちゃんと花子ちゃんね。初めまして」
「初めまして蜜璃さん」
「おねーさんが、桜おねえちゃんが言ってたみつりちゃん?…ふ〜〜〜〜ん」
「花子ちゃん、髪の毛がつやつやね〜羨ましいわ。触ってもいい?」
「え、いいけど…」
「ふふ、つやつやね〜。可愛くてキュンとするわ」
「………あ、ありがとう」
なんだか、少し拗ねたような花子ちゃんだったけど、蜜璃ちゃんの毒気のない笑顔にたじろぎながらも、頬を染めていた。
「まぁ、桜おねえちゃんを変態おじさんから救ったから認めてあげてもいいよ!でもお兄ちゃんは、もう桜おねえちゃんって先約があるからダメだからね!」
「花子ちゃん?!」
「花子?!」
炭治郎君と叫ぶ言葉が被ったけど気にする余裕もなく、衝撃のあまり花子ちゃんに詰め寄る。
「なんで変態おじさんの事知ってるの?!」
「もう花子…内緒って言ったでしょ」
「禰豆子ちゃんまで?!」
ぐるんと炭治郎君に振り向くと、勢いよく首を左右に振っている。癸枝さんな訳ないしどうやって…と考えていると、禰豆子ちゃんが肩をポンと一叩き。
「桜さん、うちの壁薄いんですよ?」
「桜おねえちゃん声おっきいんだもん」
犯人は自分でした。
花も炭も完売したのだけれど、まだ時間に余裕があったので、薬屋さんに炭治郎君と共に足を運んでいた。ある傷薬の元になる薬草はいくらでも欲しいらしく、東の町に来た際には、ぜひ売って下さいと言われていたのだ。
炭治郎君にはお向かいのお店で待っていてもらっているので、すぐに用事を済ませようとお店に近づいた時、中から声が聞こえてきた。
「……い」
「で…蝶さ…」
「……ら決めた事です」
(しのぶちゃんと店主さん?)
フジの家紋が描かれた扉に一歩二歩と近づき目の前で止まると、一枚の木の板を挟んだ声は少しくぐもっていたけど、先ほどよりは明確な言葉として聞えてくる。
「確かに人間には無害です。けれど、多量の摂取をした例は今までなく、その先にどのような影響が出るか未知数でございます。ご自身を蔑ろにするやり方にはご賛同できかねます」
「何度も言わせないで下さい。私には必要です」
「………」
「頂けますね?」
「……わかりました。けれど数が」
「しのぶちゃん?店主さん?」
古いつっかかりのある引き戸を開いた先には、しのぶちゃんと店主さんが向かい合っていた。声をかける前に一瞬見えた二人の難し気な表情に、少しだけ怖気づく。
「え、あ…ごめんね?もしかして何か大事なお話中だった…?」
「桜さん」
しのぶちゃんは嬉しそうに笑って、私の目の前に来た。
「ちょうどお話は終わった所でしたので大丈夫です」
「…そう?」
「では行きましょう」
「あ、私店主さんに薬草渡そうと」
「まぁ、まぁ。後でいいじゃないですか」
しのぶちゃんに強引に腕を引かれながら外に向かう。扉の外で、しのぶちゃんは一度止まり後ろを振り返って店主さんに笑顔で伝えた。
「また後日伺いますので準備しておいてくださいね?」
店主さんは表情を渋め、無言で首をしな垂れるように頷いた。
しのぶちゃんと合流した後は六人で早い夕飯を囲むことにした。花子ちゃんは最初、しのぶちゃんを見て、「容姿がえげつない…強敵」となぜか警戒していたのだけれど、しのぶちゃんに高級料理屋に案内され、全ておごりです。と言われてから、態度が軟化し、その後何かを話合ってから、しのぶちゃんの魅力に気付いたのか今は仲良く笑い合っていた。
六人での食事の中、一秒の間も空かない程の盛り上がりを見せたのは、女子会のメインディッシュかつ甘いデザートでもある、恋愛トーク。
「じゃあ、師範さんの知り合い経由でお友達になった人が、靴下をくれたんだね」
「みつりちゃんは、その人の事好きなの?」
「きゃー好きなんて!ただのお友達よ〜!」
花子ちゃんの質問に蜜璃ちゃんは、一見恋する女の子が恥じらっている反応を見せた。だけどこの反応は女である私やしのぶちゃんにもするので、今は本当にただのお友達なのだろう。
「竈門君は?」
「俺ですか?」
しのぶちゃんの気を使った発言に、今まで聞き役に徹底していた炭治郎君に視線が集中する。
「そういえば、炭治郎君の好みのタイプとか聞いた事なかったな。どんな子が好みなの?」
「花子も気になるぅ〜教えてお兄ちゃん〜」
「すずらん」
「のような柴犬って意味の分からない例えじゃなくて、もっと具体的に」
禰豆子ちゃんが炭治郎君の言葉を遮って続きを促す。炭治郎君、過去にすずらんのような柴犬が好みって言ったのか。確かに抽象的すぎて意味が分からないけど、好みのタイプを飛車と言った禰豆子ちゃんも同じようなものだと思うのだけれど。と似たもの兄妹を見つめる。
「と言ってもな…うーん」
「お兄ちゃん難しく考えないで。どんな人に隣にいて欲しいのか、どんな人とならずっと一緒に居られるか。幸せにしたいって思える人はどんな人なのか」
「そ、そうだな。うーん…。まず、家族を大切にしてくれて」
禰豆子ちゃんの真剣な想いに答えるように、炭治郎君は目を瞑り腕を組んだ。うんうん唸りながらやっと出した答えは、無難かつ一番重要なポイント。
「容姿は気にしないが、笑顔が咲き乱れた花のようならいい…と思う」
うん、うん笑顔って大事だよね。むっす〜としてる人より、いっぱい笑う人の方が一緒にいて楽しいよね。
「人を悪く言うより、良く褒める人」
わかる。私も悪口ばっかり言う人は苦手。
「見ていて、明るく優しく穏やかな気持ちにさせてくれる人」
見ているだけで元気と癒しをもらえるのが一番大切だったりするよね。
「色んな事に前向きに頑張っているのも好きで」
自分も頑張ろうって思わせてくれる人って素敵だよね!
「弱くても守ってあげたくなる。何か苦手なものがあったりするのも可愛い」
これは……大抵の女の子は当てはまるんじゃない?
こんな感じか?と顔を上げ問う炭治郎君に、禰豆子ちゃんは楽しそうに「100点」と言って笑った。
「悩んでた割には随分と具体的なんですね」
「なんて可愛いの。キュンとしてしてどうにかなりそうだわ」
「お兄ちゃんそれっておもいっきりぶっ!!」
しのぶちゃんは理解した様子でくすくすと笑い、蜜璃ちゃんは耳まで真っ赤にして両手で顔を覆って、花子ちゃんは満面の笑顔の禰豆子ちゃんに口を押さえつけられもごもご何かを叫んでいる。炭治郎君は皆の反応に?マークを浮かべていた。微笑ましい空気の中私は思った。炭治郎君の好みのタイプ、もしかして………………禰豆子ちゃんじゃない?と。