69:代わりにしてごめんなさい、でももうこれでしか精神を保てないの

子供のように小さな身体、伸びない背、いくら鍛えてもつかない筋力。才能も無いから刀の色も変わらなかった。だから、私は鬼の首が切れない。

それが、姉さんと共に鬼を倒す約束をした私、蝴蝶しのぶに突き付けられた現実。

最終選別も姉さんに助けられておこぼれで合格しただけの私に、鬼の首が切れないのは、鬼殺隊として致命的だった。それでも血みどろで修業する私に、姉さんと悲鳴嶼さんは隠の道を示した。けど、隠では鬼を殺せない、両親の仇を打てない。私は、鬼殺隊の鬼狩りに執着した。ただ、ただ鬼に対する強い殺意と憎悪。生き残った姉さんのためだけに、がむしゃらに突き進んだ。
その内に、両親の薬の調合の仕事を手伝っていたのを思い出したことがきっかけの一つとなり、藤の花から摘出した毒で戦う術を見出した。刀に毒を仕込み、振るのではなく突き、毒で殺す。これで、ようやく姉さんと肩を並べて戦える。私に唯一見出された道だった。



けど、姉さんは死んだ。鬼に殺された。両親と同じ所に逝ってしまった。



唯一の肉親を殺され、鬼に対する殺意と嫌悪感と憎悪は身の内を焼き尽くすほどに燃え上がった。脳内の鬼を何度も切り刻んだ。狂う胸を抱えながら、叫んだ。何百にも切り刻んで、猛毒を浴びせ、両親と姉さんが感じた苦しみや痛みの何十倍、何百倍、何千倍も苦しんで死ね。


けれど、私は姉さんの想いも継がなければならなかった。
鬼は哀れな存在として同情し、鬼を切らなくて済む道があるのではないか、鬼との和解できる方法があるのではないか。その姉さんの想いを継ぐことが、殺された姉さんへの唯一の償い、救済になると思ったからだ。


そうして私は自分の心を殺し、姉さんが好きだと言ってくれた笑顔を浮かべ、優しかった姉さんの仮面を被り、姉さんの真似事をした。


けど矛盾した激しい葛藤は、毒となり私の心を蝕んだ。なんて皮肉なのだろうか。毒で鬼を殺しながら、自身の鬼に対する葛藤が毒を生み、自分を殺していく。


姉さんを亡くしてばかりで情緒も安定せず、葛藤という毒が心を侵していく。私が、悲鳴嶼さんのように筋力も背丈もあれば、姉さんは死なずにすんだのだろうか。煉獄さんのように強い精神力を持っていればこの矛盾を上手く昇華できたのだろうか。あの時にもっと早く駆けつけいれば何か変わったのだろうか。そしたら今も姉さんは私の隣で笑っていたのだろうか。何度後悔もしたし、自分を責めた。疑問に思うこともあった。姉さんがいないのになんで私だけ生きているの?精神は今にも崩れ落ちそうだった。


苦悩し耐えしのぶ日々。そんな中で桜さんと出会った。その出会いは、姉さんを亡くしたばかりの私にとって光となった。

桜さんは、姉さんと同じ系統の顔つきで、優しく花の様な人柄だった。よく見ると相違部分は多いのだけど、笑った時の明るく優しい雰囲気はそっくりだった。

重ねてはダメ。代わりにはならない。失礼に当たるし、似てはいても結局別人だ。姉ではない。…そう思っても、どうしても重ねてしまった。唯一の肉親を失い、矛盾を抱え生きることに疲弊した心に、湯水が流れ込むように心を満たした。

姉さんに重ねていたせいなのか、桜さんの人柄なのかはわからないが、桜さんの前では、不思議と仮面を被らなくてもよい解放感があった。だって、被るべき仮面が目の前にいるのだから。

「ふふ、はい。小汚い害虫は完璧に排除しました」

比喩ではあるけれど、鬼への嫌悪感を隠すことなく毒づける本当の自分がそこにはいた。
桜さんと一緒にいれるのが嬉しかった。楽しかった。安らぎだった。きっと、私は、桜さん自身にも惹かれていたのだろう。


桜さんが平和に穏やかに笑っていると、姉さんが笑っているように思えて、救われた気になった。
今なら、姉さんが私に普通の女の子としての生を望んだ気持ちがわかる気がした。私のエゴだけれど、鬼と関係ない世界で幸せに生きてほしい。私と姉さんがそう出来なかった分、笑って生きてほしい。私と姉さんが見れなかった優しい世界を代わりに歩んでほしい。そうすることで、私は姉さんの歩むはずだった未来を体験できたような幻覚を見れたし、桜さんと姉さんを重ねることで、私の戦える理由の一つになった。




「適材適所」

桜さんは、甘露寺さんの才能を羨ましがる私にそう言った。私には私のやり方があるのだと。
この言葉を聞いて思い出した。理由が逆転していたのだけど、桜さんに会いに行くための理由となっていた、本来の目的を。





私じゃ勝てない。私は弱い。このままじゃ姉さんの仇を打てない。

姉さんを殺した鬼の情報を集めるうちに、私はこの事を強く実感した。だから私は、私自身を鬼に喰わせて弱らせ、カナヲに殺してもらうために、別名藤と歓迎の町と呼ばれる東の町に訪れた。この町に自生する一部の藤の花は、通常よりも濃い紫色をした珍しい品種がある。この藤は鬼に対する毒性がより強いのだ。この藤の花を服用し続け、自身を毒の塊とするために。


けど、この理論には、一つの落とし穴があった。


藤の花の毒を、身体に蓄積させることができなかったのだ。


人間の身体は面白い程上手く出来ている。自分の身体が要らないと判断した毒素や老廃物を体外に排出する作用があるのだ。その作用が働き、藤の花を食べても食べても毒を身体に留める事は出来なかった。

自身の体重37キロ分の藤の花の毒を身体に留め蓄積せるには、同じ量の貯留成分が必要となる。その成分が何なのか、どのようにして得られるのかを唯一知る人物が、両親が生前厚意にしていた、東の町の薬屋の店主のみ。
貯留成分をもらって、それで話は終了のはずだった。なのに薬屋の店主は余計な情を抱き、渋り出そうとしなった。「他にやり方があるはずです」と説得もされた。
ばかばかしい。他にやり方がないから、この方法を取っているというのに。鬼は甘い考えをしていては殺せない。
けれど、急いては事を仕損じる。鍵を握る人物は薬屋の店主のみのため強引には聞き出せず、また東の町に行く目的の度合いが桜さんに多く傾いていたので、そのままになっていた。


けれど、姉さんと同じ様な言葉を言って笑う桜さんに、心が動かされ、思い出した。


両親を殺された時に姉さんと約束をした。鬼を一体でも多く倒しまだ破壊されていない誰かの幸福を守ろうと。私達と同じ思いを他の人にさせないように。私は、私のやり方で。

「必ずやり遂げます」

桜さんが竈門家の皆さんと幸せに笑う姿が、私や姉さん、父さん、母さんと重なって見えた。








桜さんたちが帰った後にもう一度薬屋を訪れて、強固な意志を示せば、一つの情報を得ることができた。

藤の花の毒を身体に蓄積させるには、ある珍しい花が大量に必要だという事を。


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