4:黒い彼岸花
彼岸花には毒がある。けれど球根部分は毒抜きをすれば食用となり、昔、飢饉の際に食べられていた。と、テレビの番組かなにかで言っていたのを、横たわる地面でぼんやりと思い出していた。
最初の二日はなんとかなった。鞄に入っていた飲みかけのお茶とお菓子を食べたり、ケータイの写真やトークアプリを見返したり、沢山寝てみたりとなんとか孤独と飢えを凌げた。それにこの時はまだ漠然と、きっと帰れる、なんとかなるだろうと思えていた。
けれど、ケータイの電源が切れた三日目から坂を転げ落ちるようにおかしくなっていった。
ケータイの電源が切れたことにより、今が何時で何日経過したのか全く検討がつかなくなり、完全に狂ってしまった時間感覚。彼岸花が咲く以外に、音もしない、昼も夜もない、暑くも寒くもない、無の空間。追い打ちをかける孤独感からの悲観的思考。痛いくらいの飢えと脱水が体力を激しく消耗させ、死ぬかもしれない恐怖が正常な判断能力を奪った。
緩やかに、けれど確実に死へ向かっているのが怖くてしょうがなかった。誰か助けてと泣き続けても、空虚に声が響くだけ。神様を怨み、神様に助けをもとめ、もう思考がぐちゃぐちゃだった。
時間が経つに連れ症状は進み、今は歩くどころか動くこともできない。非現実的な状況と、脱水と飢えによる意識低下、すぐそばに感じる死の気配が、パニックを通り越し、諦めに似た無の境地へと変化させていた。
(かえりたい、うちにかえりたい)
もう、帰ることだけしか考えられなかった。
長い間変わらない景色の世界に閉じ込められ、気が狂ったのだろう。ふと、《このまま死ねば、家に帰れるのではないか》と極端な思考に陥った。
彼岸花には毒がある。
頭の中でその言葉がずっと繰り返される。
そして、それが正しい行動であるかのように、迷いなく目の前に咲く、黒い彼岸花を一本手にした。
花を折る力さえ残っていなかったので、茎を曲げ、花弁を口に含む。数回咀嚼し、また新たな黒い彼岸花を無心で食べる。
それを何回か繰り返していく内に意識が遠退き始め、死に寄り添うように静かに瞼を閉じた。
「…これで、かえれ…る」
かえれる、ようやく、うちにかえれる。
嬉しさからの一筋の涙が頬を伝った。
※大正コソコソ噂話※
感覚遮断実験って検索してみると、いいことあるかも。