60:四つ

しのぶちゃんと女性二人が何処かに急いで出ていった直ぐ後に、お店の人が戻ってきた。しのぶちゃんは急用が出来て帰られましたと伝えれば、不審がる様子もなくすんなり納得してくれた。その後は特に何もなく、いつも通りに薬草を売った帰り道。
時刻は夕刻。オレンジ色に染まる道を宿に向けて慎重に歩いていく。売った薬草が今年不足していた物だったみたいで、お財布はいつも以上に重量を増してずっしりとしている。すれ違う人に盗られはしないかと、内心ドキドキしながら懐の財布を着物の上から何度も確認し、周辺を警戒するように帰路を急ぐ。



「これはこれは、あの時のお嬢さんではないですか」

警戒している最中に急に声をかけられ、大袈裟にびくりとなる。すぐさま両手は財布を隠すように強めに押さえつけ、顔を上げると、目の前には50代程の紳士そうな男性。
一見優し気に笑う男性に既視感を覚えて、

「あの時逃がした宝が、また私の元に来るとは」

はっとする。人をなめまわすように見始めた男性は私がこの町に落ちた時に、私を罵倒した中年女性が色目を使っていた、あの男性だった。

「日頃の行いが良いからかね」

右手を強引に掴まれ、恐怖と嫌悪感で背筋がぞわっとする。

「…放してください」

睨みつけるように言いつつ、力を振り絞って引き抜こうとするがピクリとも動かない。

「まぁまぁ。こっちに一緒においで」

すぐ近くの薄暗い路地裏に力づくで連れ込まれ、どんどん奥へと引っ張られる。身体全体に体重をかけて抵抗しても進む速度は全く変わらない。この男性は細身で筋力も体力もあるようには見えないのに、《この時代では貧弱の部類に入る私の筋力》じゃ、到底敵いっこなかった。

「は、はなして。け、けーさつ呼びます」
「おや、声が震えているけど大丈夫かね。ほら、警察を呼ぶんだろう?大声でもだしてごらんよ」

男性は私を揶揄うように、ニヤニヤと笑っている。
ドラマやアニメとか作り話の中の女の子達が同じ様な場面にあった時に、怖いよねと思いながらも、大きな声を出して助けを呼んだり、もっと死に物狂いで暴れて無理やり脱出したりすればいいのに。って思っていたけど、実際自分が体験してよく分かった。あまりの恐怖から、声も力もうまく出せない。心臓がどくどくと音を立て周りの音を聞こえずらくさせる。冷や汗と震えが、自分自身の心情をより実感させた。

「心配はいらないさ。楽しい所に連れてってあげるだけなのだから。それにお金が欲しいなら望むままにあげようじゃないか」
「いりませんから、はな、してください。本当にけーさつ呼びますから…!」
「ははは、呼べたとしても金で解決すればいいだけの話だ」


たゆん、たゆん。


実灰さんのお腹の音がする。そう思った直後には、私の右手から男性の手が外されていた。
男性の手を掴む白い手は、私の元から遠ざけるように男性の手をグイっと後ろに捻る。呻き声をあげ下がる男性から、白い手の主は私を守り隠すように仁王立ちし、指をさして可愛らしい声で宣言。

「やめなさいよー!こんなの、キュンとしないわ!」

女性は自身より背が高く少しだけ見上げる形になった。三つの太めの三つ編みでまとめられている髪色は、桜色と薄緑色のグラデーション。

「もう大丈夫よ!」

振り返った顔は、随分と可愛らしかった。瞳は髪色と同じ薄緑色で、全体の色相が桜餅を連想させた。

「変態おじさんは私がばばーん!ってやつけっちゃうからね!」

女性は私に安心させるように勇ましく笑いかけ、ウインクした目からは星マークが飛んで見えた。
上は学ラン、下は短い同色のスカートに白い膝丈までのソックス。そして白い羽織。腰元には布に包まれた長い棒状の物。しのぶちゃんと似たような服装だったけど、決定的に違ったのは、大きく開かれた胸元。開かれた部分からは、零れ出そうな程に主張する、たゆんたゆんとゆれる、マシュマロのようなおっぱい。

ヒロインのピンチに登場するヒーローは、お胸の大きな桜餅みたいな女性だった。






※大正コソコソ噂話※
今回出てきた変態おじさんは5話に登場しています。


戻ル


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