61:桜餅のヒーロー

男性は何をするんだと怒りながら、桜餅の女性に掴み掛かる。けれど女性は、猫の様な軽い身のこなしで華麗に避け、逆に男性を掴み、むん!と言いながら万歳のようなポーズで男性を軽々と持ち上げた。

「嫌がる女の子を無理やり連れ込むなんて、ぜーーったいにダメ!キュンとしないわ!」

見た目は普通の女の子の体格(胸以外)なのに、成人男性をいとも簡単に持ち上げる姿に、おもわず顔がギョッとなる。物理法則を無視するような力強さと、シリアスさを微塵も感じない女性の言動に、さっきまでの嫌な空気は消え去り肩の力が抜けた。一気にギャグっぽい雰囲気になったのは、この女性のほわほわした雰囲気のせいなのだろうか。

空中で暴れていた男性は、バランスを崩し自ら落下。腰を強く打ったようで、腰をさすりながら後ずさる姿は、間抜けな悪役の様だ。女性の力強さに恐れをなしたのか顔は限界まで引きつっている。つい先ほどまでの余裕のある態度が崩れ落ちた滑稽な姿に、少しだけ胸がすく。

「二度とこんな事しないで!次同じことしたら、私ほんとーーに許さないから!」

ぷんぷんと効果音を付けて怒っているのだけれど、どうしても可愛さとギャグさが抜けない。それでも男性には十分効果があったようで、「くそっ」っと捨て台詞を吐きながら去っていった。

あっという間の出来事にぽかんとしていると、女性はおずおずと遠慮がちに声をかけてきた。

「ねぇ大丈夫だった?怖かったよね…」
「は…!お礼も言わずにボーっとしてごめんなさい。助けてくれてありがとうございました。もう大丈夫です」
「でも、手がまだ震えてるわ…」
「その…。ちょっと…だけ、怖かったので…」

心臓はまだ激しい音を立ているし、震えも中々収まらないけど、せめて表情と呼吸だけは落ち着かせようと、数回ゆっくり深呼吸をする。よし、と気持ちを無理やり切り替えてから、感謝の意味を込めて頭を深く下げた。

「でも、本当に大丈夫です。貴女に助けてもらったおかげです。本当にありがとうございました」

安堵の気持ちから小さな笑みが自然とこぼれた。

「キュン」
「え?きゅん?」
(涙目の笑顔が可愛らしいわぁ)
「?」


その後は、女性の「送っていくわ〜」の言葉に甘えさせてもらい、二人で待ち合わせの宿へと向かった。お話をしながらだったので到着する頃には、太陽の代わりに提灯や街灯が町を照らし、町行く人の雰囲気も昼間とはまた違っていた。

さすがに遅くなってしまったと反省していると、宿の入口で周辺を見渡す葵枝さんが視界に映る。

「葵枝さん!」
「桜さん…?」

遅くなってすみませんと駆けよれば、葵枝さんはほっとしたように肩の力を抜いた。

「遅いから、今から探しに行こうと思っていたのよ。……こちらの方は?」

葵枝さんは、私の横に立つ女性……蜜璃さんを胸、顔の順で見て首を傾げる。
乳房が零れ出そうだわ、と天然発言をする葵枝さんに、先ほどの出来事を説明すると、強く抱きしめられた。

「無事で良かったわ…!」
「葵枝さん……。心配かけてごめんなさい」
「すごく心配したわ。もう貴女は、私の娘も同然なのよ」

いつもはのほほんと落ち着いている葵枝さんの強く感情のこもった言葉に、嬉しさと、あの恐怖の空間から《居場所》へと戻ってこれた安心感から張り詰めた糸が切れ、我慢していた涙が一つこぼれ落ちた。
私も強く抱きしめ返して、ぬくもりに目を閉じる。




「……お母さん、って呼んでもいいのよ」
「随分年の近いお母さんですね」

少しだけ冗談っぽく言う葵枝さんに、同じ雰囲気で返した。

「義母さんでもいいのよ」
「ふふっ。なんでさっきより本気のトーンなんですか」




「感動だわ〜母娘の絆ねっ!」
「あ」

葵枝さんとの温かい抱擁に夢中のあまり、性命の恩人、蜜璃さんを放置してしまっていたのに気付き、慌てて蜜璃さんと向かい合う。

「あぁ〜!ご、ごめんなさい!」
「いいのよ〜。キュンとしたもの」

蜜璃さんは気を害した様子もなく、頬を染めて何やら嬉しそうにしているので、ほっと一安心。ぜひお礼をと伝えようとした時、私の無事を見届けて満足したのか、蜜璃さんは体を逆方向に向けた。

「私、そろそろ行くわね」
「え、待ってください!お礼まだしてません!」
「お礼だなんて気にしないで〜」
「私が気になります…!せめて、せめて!そう!食事だけでもご馳走させて下さい…!!」
「私からもお礼をさせてください。桜さんを助けて頂きありがとうございます」
「そんな、ほんとにいいのに」

照れちゃうわと、頬を両手にあてる姿は素直で可愛らしく好感が持てた。

「この後お忙しかったり…しますか?」
「ううん。にんr……お仕事は終わったから、明日帰れば大丈夫よ」
「でしたら、一緒に宿もいかがですか」

葵枝さんの発言に名案とばかりに乗る。

「そうです!よかったら、一緒に!宿ももう一部屋取ります。ご飯もご馳走します!」

遠慮気味だった蜜璃さんに、押せ押せとばかりに葵枝さんと共にお誘いすれば、蜜璃さんはじゃあ甘えちゃおうかしらと、承諾してくれた。






宿に入ってすぐに、蜜璃さんのおっぱいを驚いたように見る竹雄くんと茂くんに《蜜璃さんとは薬草を売っている途中で出会って、意気投合しお友達になった》と紹介した。先程の事(変態おじさん)を正直に話すのは年齢的にも憚れたので、葵枝さんと相談し決めたことだ。

互いの紹介も終えた今は、食事を頂く専用の大部屋で、私、葵枝さん、竹雄くん、茂くん、蜜璃さんの5人で食事をしているのだけれど……。

「桜ちゃんの言うとおりここのご飯美味しいわ〜」

葵枝さん達を見れば、私と同じ表情である一点を見つめていた。皆の視線を辿った先には、蜜璃さんの目の前に積まれた食べ終えた食器の山々。その数四つ。

女性らしい身体のどこにあの量が入ると言うのだろうか。お腹はぺたんこのままなのに。もしや、胃袋は胸にあるのでは。そうだ。量も量だけれど、カロリーも成人女性の何十日分のはず。そのカロリーも無駄な贅肉にならず、すべて胸に吸収されているのだろう。なるほど。
と意味不明な思考回路で、蜜璃さんを皆で凝視していると、さすがに視線に気づいたのか、蜜璃さんは恥ずかしそうに身を捩らせた。

「私ったら、またやっちゃた…。こんなに食べておかしいわよね…」

悲しそうな蜜璃さんの様子に慌てて首を左右に振り、否定を示す。

「いえ!凄く食べるなとは思いましたけどいっぱい食べることはいいことです!作った人も美味しく食べてくれて嬉しいでしょうし、幸せそうな蜜璃さんも見てるだけで、こちらも嬉しくなります!」

ねっ!と隣の茂くんに同意を求めれば、「うん!お腹空いてるならコレあげるよ」とおかずを一品あげ、竹雄くんも葵枝さんも好意的な感情を示せば、蜜璃さんは感動したように両手を口元に添えた。

「ありがとう…。嬉しいわ」

私達の反応が珍しい事であるかのように、微笑んでいた。


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