59:コロス

蝶の女の子は前回と同じ学ランのような制服の上に蝶々柄の羽織を羽織っていた。

「あの!覚えてますか?二週間前に広場でお会いしたんですけど…!」

固まったままだった蝶の女の子は、私の問いかけにはっとしたように身を正した。

「もちろんです。この間は取り乱してすみませんでした」
「いいんです!元気そうでよかったです」

この間は感情的な出会い方だったので、切望と悲しみ混じりの涙、一方的な会話しか出来なかったけれど、今は落ち着いているようで、上品なしゃべり方と優しげな笑顔を見せてくれた。その様子に、私も安心して笑みを返す。

「……優しいですね」
「そんな!それと、まさかこのタイミングで会うとは思わなかったので、(勝手に)約束したかわいいお花、今は持ってないんです…。ごめんなさい」

正確には背負っている籠の中にはあるんだけど、お花は明日売る予定だったからまだ種の状態のまま。籠から取り出すふりをして咲かしてもいいのだけど、花を咲かせる時、ほんのり淡い光が発生するから、今の薄暗い室内では光が漏れてしまう。
せっかく笑顔で会えたのにと、しょんぼりする。

「そのお気持ちだけで充分、嬉しいです」

前回のミムラスもまだ元気ですし、と遠慮してくれているが、何かしてあげたくて、籠の中から二つの束を取り出して掲げる。

「今は、これしかないんですけど、よかったらどうぞ??」

カウンターに近づき、蝶の女の子に差し出した物は、この薬屋さんに売る予定の薬草の一部、コオホネとハマゴウという二つ花。しかし肝心の花の部分はない。コオホネの根茎は止血に、ハマゴウの茎葉は解熱と消炎鎮痛の効果があるその部分のみで、花の部分は別の事に使用するため家に置いてきた。ただの茎と葉という何とも可愛しさとは程遠いプレゼントになってしまった。
蝶の女の子は、花の無い葉っぱと茎の束を手に持ってきょとんとしている。
うん……雑草もらって困ってる女の子にしかみえない!

「やっぱ、可愛いには程遠いですよね!?あ、明日!明日なら可愛いお花プレゼントできますので!」



「…………っぷ」

判断誤った〜!と焦ったように言い訳をすると、蝶の女の子は薬草、私の順番に見つめた後、吹き出すように笑った。心からだったのか、上品さがポロリと崩れた。

「ふふっふふ!どんな可愛らしい花なのかと思ったら、まさかの薬草。ふふっ。確かにかわいい花じゃないけど、とても実用的で嬉しい、です」

目尻に浮かんだ涙をぬぐい、お礼を言う蝶の女の子は年相応の表情で笑う。

「ありがたく使わせていただきます」

二度目の出会いは、穏やかな雰囲気から始まった。







「改めまして。私は、桜といいます。一つ向こうの山、雲取山に住んでて、普段はお花や薬草を売っています。今日この薬屋に来たのもその関係です」
「私は、しのぶと申します」
「しのぶさんですね!」
「どうぞ気楽にお呼び下さい」
「そう?じゃあ遠慮なく、しのぶちゃんって呼ばせてもらうね」

自己紹介も程々に、しのぶちゃんは店主が来るまで奥で待ちましょうと、カウンター奥の居間らしき場所に案内してくれた。

「ここの店主とは先々週お会いしたのですが、私の仕事を手伝ってくれる方なんです」
「ねぇ…勝手に入って大丈夫なの?怒られたりしないかな?」
「他人に留守番を任せるような自由な方です。気にする必要はありません」

しのぶちゃんがそう言うならと、 薄い座布団に腰を下ろした。
私達はしばらくの間、色々なお話をした。詳細は語らなかったけど、竈門家に居候していること。竈門家はすごく素敵な家族で温かくて、皆が大好きでたまらない事。好きな食べ物や興味のある事等々。
しのぶちゃんは、一緒に住む子の話や、お仕事で薬学に携わっているらしく、薬学のお話もしてくれて、勉強にもなったりした。
間に詰まって話が途切れることなく、ほのぼのと笑いながら会話を楽しんでいた。

「この町に来たのは前回が初めてだったんだ〜。もっと稼ぎたくて、この町に来たの。しのぶちゃんは?どうしてこの町に?」
「そうですね……。藤の花の…調査といった所でしょうか」
「ここ、フジの花が有名だもんね。確か珍しい品種も多いんだよね?」
「はい。この町の一部の藤の花は少し特別なんです。通常、藤の花は、淡い藤色の色の花を咲かせますが、ここにある珍しい品種は藤色より濃い紫色なんです」
「へぇ〜。そもそもなんで調査しているの?お仕事関係?フジの花って薬になるの?」

私の何気なく放った質問にしのぶちゃんは、私の瞳越しに誰かを映し、自分自身に語りかけるように小さく呟いた。

「しごと…そうですね……。必ずやり遂げなければならないことです。姉さんを……したあいつをーーーため」
「え?」

上手くきこえず聞き返すも、しのぶちゃんは気にしないで下さいと首を左右にふる。

「なんでもありません」
「そっか…。それにしても」

触れられたくない話題なのだろうと察して、明るく話題転換した時に、入り口からガラガラと引き戸の音が聞こえた。
ようやく店主が帰って来たのだろうか。

「胡蝶様」

呼ばれて、振り返る。
暖簾越しから聞こえた声の主に、しのぶちゃんが入りなさいと声をかけると、質素な着物姿の10代後半の女性が音を立てずに入り、見本のような正座をした。
女性は一度こちらを見て、しのぶちゃんを見る。しのぶちゃんは首を左右に振り、女性が理解したように頷く。

「目撃情報が。北の貧民街です」
「そうですか…。夜、そちらに向かいましょう」

どこか緊張感ただよう雰囲気だったけれど、話終えただろうタイミングで、高鳴る心臓を抑えるように確認する。

「お話し中ごめんなさい。しのぶちゃんって名字、こちょうっていうの?」
「えぇ。胡蝶です」
「どういう漢字を書くの?」
「蝶々を意味する漢字で、胡蝶と書きます」

目をキラキラと輝かせて、しのぶちゃんの両手を握る。

「すごいよ……すごい偶然!あのね」
「しのぶ様ーーーー!ヤバいです!ヤバいです!地下で鬼みつけちゃいましたぁーーー!!」

大きな音と慌てふためく大声で居間に強引に入ってきたのは、動きやすそうな着物姿の十代前半の元気そうな女の子。入室の際に正座していた女性を弾き飛ばしたのは気付いているのだろうか。…というか。

「鬼って?」
「動子!」
「あ、やばやば!一般人がいる!!しのぶ様ごめんなさーーい!!」
「い、一般人?」
「一般人はー、きさつた」
「バカ子!!!」
「あ、またやっちゃいました!静子せんぱーい、ごめんなさーーい!!」

嵐のように場を乱していった女の子は、静子先輩と呼ばれた女性が外へと連れ出していった。連れ出したというより、摘まみ出したって表現が正しいだろうか。遠くから聞こえる説教と謝罪に、しのぶちゃんは額に手を当てて深いため息を吐く。

「ねぇ、鬼って?一般人って?なんのこと?大丈夫なの?危ない事してない?」

不穏な単語に、何か危険な事にかかわっているのではと心配になり眉が目一杯下がる。しのぶちゃんは私の表情を見て、なぜか小さく微笑んだ。

「明日もこの町にいらっしゃるんですか」
「え?…う、うん。明日は早朝からお昼前まで、中央広場でお花を売ってるよ」

そんな事より、と心配な気持ちを強めるけれど、しのぶちゃんは表情を変えない。

「先程の事、ごめんなさい。お話は出来ませんが大丈夫です。害虫駆除みたいなものですから。それに…」

しのぶちゃんは数秒沈黙してから、どこか遠くを見つめるように私と視線を絡み合わせた。その一瞬だけ世界が切り取られたように、私達以外の音が消え去った。



「……桜さんが平和に穏やかに笑って過ごしてくださるだけで、私は……。救われた気になる」

諦めたように笑った姿は、赦しを請うようにもみえた。けれどそれもすぐに隠し、明るく上品な笑顔に戻る。

「明日、かわいいお花いただきに伺っても?」
「…う、うん。もちろん」

先ほどの諦めたような笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。


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