56:カナラズ、タスケル

宿についた頃には約束の時間をだいぶ過ぎてしまっていた。走って乱れた呼吸を整えてから両手を顔のまえで合わせ、ごめんねのポーズをとる。

「はぁはぁ……。ふぅ。ごめんね!待った…よね?」
「大丈夫です。実は私達も今ちょうど来た所なんです」
「そうなの?」
「お土産の桜餅がすごく有名だったみたいで、行った時には長い行列が出来ていて…」
「そっか。桜餅は無事買えた?」
「ばっちり!」

ブイサインする花子ちゃんの口の横にはあんこがついていた。味見したんだね。


宿に戻って荷物を持ち家に帰る道すがら、炭治郎君が私を発見した場所へと案内を始めた。

「場所的には、隣町から東の町につながる山道から見えました。位置的には中央広場の北出入り口から行った方が近いのですが、危険だから通るなと言われているので……。遠回りになってしまいますが、……ちょうどあの辺りです」

炭治郎君が指さす方向は、北方面にある山の麓を指していた。禰豆子ちゃんは背伸びをして建物と建物の隙間から山の方角を見て言う。

「ちょうど、藤の花木が密集しているあたりね」
「そういえば、この町はフジの花が有名な場所なんだよね?」

東の町を囲むように何千と群生するフジの花木は珍しい品種であるにもかかわらず、毎年春になると美しく壮大な紫色の花を咲かせる。フジの花が咲く季節は、山の麓が一面紫色に染まる幻想的な景色に魅了された人々で町は溢れかえっているのだとか。この東の町に観光向けのお店や宿屋が多いのはそれが理由であり、発展したきかっけでもある。
フジの花がこの町の最大の名所であるため、フジの花言葉の「歓迎」をとり、この東の町は、藤と歓迎の町とも言う。
また、フジの花木は総じて樹齢が長く中には千年を超すものも多く、その樹齢の長さと、藤と不死の語呂が似ていることから古代から縁起物とされている。その事から、ここに住めば長生きするよ、縁起がいいよとの意味を込めて、別名、不死と歓迎の町とも言うのだと、昨日観光がてらに聞いた話だ。


「去年の冬、俺は、炭を売りにこの町に来ました。雪が降り始めていて、あたりは一面雪景色だったのですが、視界の端に色が映ったんです」

炭治郎君は歩きながら、物事を推理する探偵のような口調で語りだす。

「色?」
「白の中に一つだけ映る紫。真冬でしかも雪も降る中。春にしか咲かない筈の藤の花が咲いていました。そして、その藤の下に、………桜さんが倒れていたんです」
「そうだ……」

思い出した。なんで忘れていたのだろう。……いや無理もないか。あの時は生死の境を彷徨っていたのだから。

「咲いてた…。私が襲われて逃げた先に、季節外れに咲く一本のフジの花が」
「ねぇそれって…」
「…そうだね。今思えばあのフジの花は私が咲かせたのかもしれない」
「俺も思いました」
「でも、幸せを感じるのが条件じゃ?……その桜さんはその時…」

気を使うように禰豆子ちゃんは語尾を小さくした。皆は、私が竈門家で初めて目を覚ました直後、死にそうになった恐怖から過呼吸になる程に怯えていたのを目の当たりにしてたからか、気を使ってかその時の話は極力触れてこなかった。私を襲った犯人が他の人に危害を加えないように、犯人の特徴を伝えようとした時でさえ、「襲ったやつはわかってるから無理して言わなくていい」と、青白く震える私を労わってくれた。

「もう大丈夫だよ、ありがとう。一年近く前の事だし話すだけなら辛くないから」

安心させるように笑ってみせる。

「それと条件は幸せだけじゃなくて、もしかしたら生命の危機でも咲いたりするのかもね。確かめようはないけど」

でも状況的に考えて可能性は充分にあるだろう。

「……」
「……」
「……」

空気がしんみりとする。確かに思い出したくない記憶ではあるけど、犯人の男はたべ……ころ……、…もういない訳だし、今私は生きているのだから。そう思っていると、炭治郎君が腰に差す、巻き割りで使用している斧の柄の部分を、離さないように強く握りしめているのが見えた。そこでふと、疑問に思ったことを口にする。

「昨日も来るときに思ったんだけど、なんで斧」

持ってるの。と聞こうとしたけれど、言えなかった。それは、反対側から歩いてくる一人の女性が視界に映ったから。
その女性は恰幅のよい中年女性だった。着物の上から割烹着を着ておりいかにも料理屋の女将といった雰囲気だ。私はその中年女性に見覚えがあった。
この町で目覚めて、私がしる日本ではないと理解し、呆然とする私を罵倒した人だった。
足がすくみ、歩みが止まる。心臓が激しく音を立て、炭治郎君達のどうしたのかと問う声が遠くに聞こえた。
そして、中年女性がふと私を見て視線が重なりあった。

「……っ」

また罵倒されるのではと身構えたけれど、中年女性は気付いた様子もなく、そのまま素通りしていった。

「はぁ……」
「大丈夫ですか?」

炭治郎君の心配げな声に、疲れた笑いで返す。

「うん、大丈夫」

あれは、好奇の目に晒され、恥ずかしくて辛くて、精神的に追い打ちをかけられた出来事だった。あの精神状態で怒鳴られたのも相当辛かったけれど、一番は公衆の面前で臭いと言われた事がぐさりと心に突き刺さった。臭いって……ひどくない?なにも多感な年頃の女の子に言わなくたっていいじゃない。それに、あの時は何日もお風呂に入れてなかったんだからしょうがないじゃない!いつもはちゃんとお風呂入ってるから臭くないもん!今は臭くないもん!

「でも、怯えてる《匂い》がします」

炭治郎君の言葉で、ぴたりと思考が止まった。
そういえば…、と炭治郎君を見つめる。炭治郎君は人一倍鼻がよくて、私の荷物が落ちていた昨日の場所も匂いを辿ったって言ってたよね……。私を発見したのも炭治郎君。宿へ運んだのも炭治郎君。竈門家へ運んだのも炭治郎君。臭いままの状態で竈門家へ。炭治郎君は鼻がいい。


「あーーーー……、もうだめだお嫁にいけない…」

膝をがくりと落とし、地面に両手をついて嘆く。

「桜さん?!」
「桜おねえちゃん!突然何言ってんのって感じだけど大丈夫だよ!お嫁ならお兄ちゃんがもらってくれるって!!」
「花子こそ何を言ってるんだ!!?」

いやもう、もろに炭治郎君や竈門家の皆に何日もお風呂に入ってない状態の臭いを嗅がれたってことだよね。しかも炭治郎君は鼻がいい。もしかして、「こいつくせぇ!」って思われていたんじゃ…。

「ねぇ!お兄ちゃんがもらってくれるって!!聞いてる?!」
「花子やめるんだ!桜さん俺は…!」
「桜さん聞こえてないみたいよ?」
「お兄ちゃんが!!もらって!!くれるって!!お嫁に!!」
「花子!!」
「2人にも聞こえてないみたいね……」

無理、恥ずかしい…。皆も絶対臭いって思ってたよ…。つら…。だって、あの中年女性、「鼻がひん曲がる程臭い」って言ってた。一体どんだけ臭かったの…。

「炭治郎君」
「はいっ?!」
「正直に言ってほしいんだけど」

頬を赤く染め、一体何を聞かれるんだという顔をして身構えた炭治郎君に、おずおずと尋ねる。

「私…その…臭かった…?」
「はぁ…?」

炭治郎君は力が抜けたように、何を言っているんだこの人はという顔をした。隣の花子ちゃんも同じような顔をしている。

「というか…、臭かった…よね?皆ごめんね。でも!あの時はたまたまで!!いつもは毎日お風呂入ってたからね?!」
「あの時?なんのことか分かりませんが、今まで臭いって思ったことはないですけど…。ずっと変わらず同じ匂いがしてます」
「え……!それってどんな匂い?ねぇお願い正直に言って」
「花と…うーん。こう、ふわっとくらっスーきらんといった感じの不思議な匂いがします」

ジェスチャーと言葉で何かしらの形を表しているが、抽象的すぎて意味不明だった。というか!

「不思議な匂いってなに?!臭いってこと?!」
「ち、ちがいます…!例えようがなくて、今まで嗅いだことのない独特の匂いというか」
「まって、まって。独特って臭い時の表現で使われえる言葉だよね?!」
「だから違います!臭くないです!むしろいい匂いです!」
「大丈夫!傷つかないって約束するから!この際はっきり言って!?」
「本当に何の話ですか?!!」


誤解がとけるまで、ずっと言い争っていました。





※大正コソコソ噂話※
5話で仕米(しこめ)さんが夢主に臭いといったのは、自分の嫌いなタイプの整った容姿の女性が店の前座り込んだいたので、罵詈雑言したかったのですが、見た目の欠点がなかったから、人が言われて傷つく言葉ベストランキング3に入る、「臭い」をとりあえず言ったのです。ので、実際には臭くなかったです。
言った方は(加害者)は覚えてなくても、言われた方は(被害者)はいつまでも覚えてるってやつです。

仕米さん49歳女性。小さい頃のあだ名は醜女。容姿の整った女性が嫌い。
10にも満たない幼子の頃、再婚した義母に陰湿な虐めをされていた。義母はとても容姿の整った人で、媚を売って顔だけでいきているような女性だった。傲慢な性格の人で、お世辞にも綺麗とは言えない仕米さんを虐めてストレス解消していた。この事から仕米さんは顔だけの能のない人間にはならないと決意して、手に職をつけようと料理を必死に覚えた。特にお米を使った料理が得意で、お米に仕えているのかという程の研究熱心さで、自分のお店を開くまでに至った。
でも、料理を評価され調子に乗ってしまい、自分は凄いのだから何をしてもいいと自分勝手で我儘な人になっていた。結果、味は良くてもそれ以外は最悪との評判でお店は潰れる寸前にまで追い詰められた。
その時に、仏の様な優しい旦那さんと出会った。旦那さんの影響で仕米さんも性格のきつさは変わらなかったが少しマイルドな性格になり、旦那さんが店の接客や経営関係を担った事もあり、店は持ち直し、それなりにありふれた普通の生活を送っていた。
けれど、ある日、旦那さんは遺体で見つかった。それは東の町に現れた鬼(夢主を襲った鬼)が最初に喰った人間だったから。
旦那を亡くした仕米さんはひどく荒れた。二人の思い出の店も旦那さんが亡くなった事により、経営が下り気味になり焦っていた。何とか店を持ちなおそうと、お金持ちのお客さんが逃げないように(宝来さんとか)、必死に媚を売った。でもその媚を売る姿が、関係の無い人(夢主)に陰湿な八つ当たりをする姿が義母とそっくりだと、仕米さんは気づいていない。
という裏話。


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