54:三つ
「多分一時間もかからないと思うから、終わったらすぐに行くね」
「じゃあ一時間後に宿に集合ね〜!」
「何かあったら大声出して下さいねー!」
「桜さん気を付けて!」
炭治郎君達に手を振り、一人広場へと向かって歩きだした。朝日の眩しさと眠気に目を擦る私の手には、手提げ籠。中には可愛らしい花が数十束程顔を覗かせている。
噂を聞いたのか、昨日お花を売り切った後にも、五〜六人程の購入希望者が出た。予備の種を幾つか持ってきていたので、今日の朝早い時間に再度訪れることを約束していたのだ。
炭治郎君たちは昨日の内に炭を売り切ってしまったので、お留守番組のお土産選びに行ってもらう事になり別行動中。
広場に着くと朝早い時間にもかかわらずそこそこの人達で賑わっていた。約束の場所を見ると、昨日の人達がすでに半分程来ていて、よし完売するぞと気合いを込めた。
「三束残っちゃった」
実は昨日の夜、購入希望分だけの花を咲かせる予定だったのだけど、予期せぬ幸せハプニング(禰豆子ちゃん抱きつき事件)があり、咲かせる予定のなかったお花まで反射的に咲かせてしまっていた。多めに買ってくれた人がいたので、なんとか残り三束まで売れたのだけど…。
ちらりと広場の中央に位置する時計台を確認する。約束の時刻まであと少し。時間を過ぎてしまと皆に心配をかけてしまう。唯でさえ、広場に一人で花を売りにくるのさえ、押し切った形で来たのに。(皆過保護なんだよね。私の方が年上なのに…)
それにこの後は私が倒れていた場所に行った上で、夕方までには家に帰らないといけないので、あまり時間を割くこともできない。
「…たまには家に飾るのもいいよね」
売り切りたい気持ちを隅に押しやり、待ち合わせ場所の宿に向かって歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。無意識に、誰か急いでいるのかなーと思っていると、右手をグイっと後ろに強く引っ張られ、強制的に後ろを振り向かされた。
「姉さんっっ!!!」
悲痛と渇望が入り混じった叫びの声の主と目が合う。
その子は、私より1〜2歳年下くらいの少女だった。随分小柄で背が低く、後ろにきっちりと結い上げた艶髪には、大きな蝶々の髪飾りが一つ。学ランのような黒い制服の上に、蝶々の羽柄の羽織。
一番に目を引いたのは、その顔立ちだ。禰豆子ちゃんや癸枝さんとはタイプの違う整った顔立ちは、少し勝気な雰囲気を漂わせた、息をのむほどの美少女だった。