50:依存
※49話夢主視点
夕日を背に炭治郎君は、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、もし家族と離れ離れになったら帰れる方法を必ず探して、絶対に家族の元に帰ります。…………けど、俺は嫌だ」
「何が」嫌なのか。心に強く訴えかけてくるその言葉に主語はない。けれど、
「嫌なんです」
自分より年下とは思えない程に、強くしっかりと意思を持つ瞳に、直感する。
「桜さんの本当の気持ちが知りたいです」
私を必要としてくれている。私を理解しようとしてくれている。
その純粋で真っ直ぐな想いに、涙が溢れそうになって、飲み込むように我慢をした。
「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと本音言っちゃおうかな」
なんで、炭治郎君はこんなに泣きたくなるくらいに優しいのだろう。お日さまみたいに温かいのだろう。
「皆本当に優しいよね。さっきも皆、……帰らないでって言ってくれて。私の事を大好きでいてくれてるんだなって実感して、嬉しくて、嬉しくて…泣いちゃった」
毎日がお祭りみたいに楽しくて、皆に触れるだけで花が咲くほどに幸せな日々で。だからこそ。
「一人でこの時代に居ても不安を感じないのは、本当に皆のおかげで。皆が好きになればなるほど、………怖かった」
最後の一言は、囁くほどに小さかったけど、近くにいた炭次郎君にははっきり聞こえたようで、なぜという顔をしていた。
スズランの花を触りながら、自分自身もさっき形として自覚したばかりの本音を伝える。
「本当はずっと、ずっと…恐かった。もし、もしも、皆に嫌われて、ここから出てけって言われたらどうしようって」
本当は心の奥でずっと怯えていた。考えないようにしていただけで、ずっと心に片隅にあった不安。だって、本当にこの世界では、電池の切れたケータイしかなくて、帰る家も、家族も、友達も、お金もない。常識も生活様式もまるで違う、300年も昔の時代に一人にされたらどうしようって。
「絶対にそんなことは言いません!!俺達は、桜さんの事、か」
「わかってる!」
炭次郎君の否定に、強く言葉をかぶせた。
「…わかってる。竈門家の皆は、優しいから絶対にそんなことは言わないって。けど、人の気持ちは変わるよ。立場や地位、環境が変わると、人はあっという間に別人になれる。同じ人間と思えないくらいに。竈門家の皆が特別なだけで、他の人達は違う。今まで培った常識は簡単には消えはしないの。形のない不安は消えることはない」
特別な竈門家だからこそ、明日を生きのびる不安を感じずに、ここまでこれた。私は優しくて温かい皆に依存していた。ううん、今も依存している。依存しているのに、それなのに。
「私ね、炭次郎君より四つも五つも年上だし、いつもお姉さんぶってるけど。でも、本当は…全てから逃げ出したくなる時も、未来のように楽な生活をしたいって思う時もある…」
私は欲張りだ。
「家族に会いたい、未来に帰りたいって、…苦しくなる時もある。………ひどいよね。皆にこんなに優しくしてもらってるのに…………。けど、私もわがままな子供なんだ…。お父さんやお母さんに甘えたい。って思っちゃうの…」
ポロポロと落ちる涙を誤魔化すように笑うと、炭治郎君の方が辛そうに顔を歪め、思わずといった様子で私をがばっと抱きしめてきた。
突然の出来事に、びっくりして涙がとまり、目をぱちくりさせる。
「もっと頼ってほしいです」
まだ私より少しだけ低い背丈で、離すまいと力強く抱き締めてくる。表情はわからないけど、可愛らしくて頼もしい言葉と姿に、小さく笑った。
「それはこっちのセリフだよ」
いつも、いつも、ありがとう。今も、あの時も炭治郎君のおかげで私は、真っ直ぐに前を向いて歩いていけるよ。
「……ありがとうね、炭治郎君」
感謝の気持ちを込めるように、炭治郎君を抱き締め返しながら、心に浮かぶ、様々な感情と向き合って整理していく。
「私も皆が大好き。できれば、ずっと一緒にいたいって思う。この気持ちに嘘はない。けど、やっぱり帰りたい気持ちも消えない。帰り方も探したい。花子ちゃんが言ったように、目の前にこれっきりの扉があったら、私はどうするか………わからない。だから私は、選択が必要になるその時までは皆を一番に考えて、答えはその時に決める。ごめんね、曖昧なことしか言えなくて。でも、これが今の私の気持ちで、答え」
「それが今の心なら、それでいいんです」
「うん」
人は話を聞いて受け止めてもらえるだけで、満たされ安心する。これからどうしたいのか、どうなるのかは、これから考えていけばいい。
物が散乱する部屋が綺麗に整理されたような、すっきりとした気持ちになる。
すると、炭治郎君は力強く、けれど神聖な祈りのように言葉を紡ぐ。
「俺は探します。桜さんも、俺達家族も本当に幸せになれる選択を。必ず探します」
その誓いに心が温まった。
「なんでだろう。炭治朗君がいうと、本当に叶えてくれそうな気がする」
※大正コソコソ噂話※
この時禰豆子さんは、息を潜め気配と匂いを殺し、家の木格子窓の隙間から、じーーーーーっと見ていました。この時俯瞰の目を発動し、聴力は通常の10倍あったそうです。