47:複雑にするのは人の心。

あの彼岸花だらけの不思議な空間で死を望むほどに、家に帰りたかった。家族に逢いたかった。その後、あの男に襲われて死にそうになって、強く、本能に訴える程に強く、生きたいって思った。生きて絶対に家に帰るって決めた。
……そして、炭治郎君に救われた。
そのまま竈門家に居場所を与えてもらい安心感を得て、優しい人達に囲まれ幸せで楽しい日々。孤独に泣くこともなく、馴染めない昔の生活様式もイベントみたいに楽しめたのは、竈門家の皆のおかげ。
だからこそ、感謝してもしきれない程の恩を必ず返そうと、心から思った。

正直、帰る方法が《絶対にない》と言われたら、ずっと竈門家(ここ)に居たい。そう思えるほどに、皆が大好きになった。
でも、やっぱり、どうしたって未来に帰りたいって気持ちも捨てきれない。家族に逢いたい、家に帰りたい。この気持ちは、どんなに時間が経とうとも消しきれることのない想い。

それなのに、無責任にも花子ちゃんに来年の約束をしてしまった。あの言葉に嘘は一つもない。けど、花子ちゃんが言うように、今この瞬間に目の前にこれっきりの帰る扉があったら、私はどうするのだろうか。
最初に竈門家で目を覚ました時、「私、未来に帰りたいし、必ず帰ります。でも皆さんに恩をお返しするまでは未来には帰りません。皆さんが《幸せすぎて困る、もう大丈夫》って言うまでずっとお礼をさせてください」そう言ったくせに、花子ちゃんの誕生日のために、皆の恩返しのために残る、とは断言できなかった。



朝を迎えても、皆の会話は少なくひどく沈鬱な居間。会話のない竈門家は初めてで、苦しくて、悲しくて涙を堪えるのに必死だった。
起きた時から、花子ちゃんと話そうと何度も追いかけたけど、その度に逃げ続けられ、へこたれた心のまま、スズランの花が今だに咲く、皆の花畑の前に座り込む。
手の平には、竈門家のイラストとケータイ。二つを見比べてはスズランを眺め、重いため息。それを何度も繰り返していると背中に軽い衝撃を感じた。振り返ると、六太くんが背中に抱き着いていて、小さな両手を離すまいと力を込めている。

「桜おねえちゃん、どこかにいっちゃうの?」
「六太くん…」
「お父さんみたいにどこかいっちゃうの?……やだよ。ずっとここにいてよ。おうちはここだよ」

そう言って六太くんは、私の着物に顔をうずめ黙り込む。着物がじわりと温かい水分で濡れていくのを感じながら、何も言えずに黙って頭を撫でていると、駆け足音が聞こえ茂くんが横側に抱き着きついてきた。茂くんは両手で私の着物の握りながら希うように訴える。

「未来に帰らないで僕とずっと一緒にとらんぷしよう?僕が本当の弟になるから。そしたら寂しくない?」
「茂くん…」

溢れそうになる涙を我慢して耐える。

「桜ねーちゃん…」
「竹雄くん…」

竹雄くんは、とぼとぼと力なく歩いてきて、少し離れた所で立ち止まる。

「俺は…、別に…。…ここに、いてもいいと、思うけど…」

肩を落とした竹雄くんが、こちらを一切見ずに小さな声で呟いた。

いつものように笑っていて欲しかった。けど、もう中途半端なことは言えなくて、ごめんねと謝るしか出来ない。
私の謝罪に、ショックを受けたような顔の六太くんと茂くんが大きな声で泣き始めた。謝りながら泣かないでと言っても効果はなく、その内に泣き声に気付いた葵枝さんが、料理の途中だったのか、濡れた手を割烹着で拭いながら歩いてきた。六太くんは葵枝さんに抱き付き泣き続け、茂くんは竹雄くんが慰め始めた。葵枝さんは一目で状況を判断したのだろう。片手で六太くんをあやしながら、片手で私を包むように抱きしめた。

「わかっています。大丈夫ですよ」

母性を感じるその声に、胸がギュッと締め付けられた。葵枝さんは私の背中をポンポンと優しくたたき、六太くんと、茂くん竹雄くんを連れ家の中へと帰っていく。竹雄くんが何度も、こちらを振り返っていたけど、何も言えなかった。

怪我なんて一つもしていないのに心臓が痛い、息が苦しい。なんだか、目の前のスズランも私と同調するように悲し気に風に揺れている気がした。





「桜さん」

竹雄くん達と入れ替わるように、今度は禰豆子ちゃんが声をかけてきた。悲しそうに眉を下げている。

「禰豆子ちゃん…」
「桜さん、花子がごめんなさい」
「ううん、私のせいだから。私の無責任な発言のせいだから…」
「花子、凄く桜さんに懐いているので、…ちょっと気持ちの整理がつかなかっただけだと思うんです」

禰豆子ちゃんが、一緒にスズランを眺める形で私の隣に座わり、優しく丁寧な口調で言葉を紡いだ。

「私は、桜さんが、心想うままにしてほしい。………そう思っています」

そう言って、黙りこんだ禰豆子ちゃんをちらりと見ると、何かを想起しているのか静かに目を閉じていた。けど私の視線に気付いたのか、目を開いて苦笑い。

「って、建前は置いて、本音を言うと私も花子と同じ気持ちです」

私を真っすぐに見て言った。

「桜さん、花子がどうしてあんなに怒ったか考えてほしいです。桜さんが無責任だからとかじゃないです」

禰豆子ちゃんは、私の両手をぎゅっと握りしめて可愛らしく微笑む。

「花子も私も皆、桜さんが大好きだからですよ」

堪えきれずに目から零れおちた水が、スズランの花畑に一滴、二滴とあたたかい雨のように降り注ぐ。

「大好きだからこそ、です。でも桜さんの帰りたい気持ちもわかります。家族に会いたい気持ちも。私が桜さんの立場なら、何より帰る事を優先します。でも、私はそれをわかった上で敢えて言います。これからもずっと竈門家(ここ)に居てくれたら嬉しいな、選んでくれたらいいなって、思ってます」

これが、私の全部です。そう言って、禰豆子ちゃんは去っていった。

そのままスズランを眺めながら、心に散らばり次々に浮かぶ様々な感情や想いを、一つ一つ、正面から向き合い始めた。逃げ続けていた思いに今こそ向き合うとき。けれど、そう簡単には纏まらなくて、イラストとケータイを握りしめて、ずっとずっと佇んでいた。
夕日が顔を出す直前までずっと。


「桜さん…」

空が夕日でオレンジ色に染まり、紅葉とススキが彩る景色を背に炭次郎君が声をかけてきた。

「……炭治郎君」


強い秋風が吹き、スズランが揺れた。





※大正コソコソ噂話※
炭治郎が出遅れた?理由は、泣く六太と茂、へこむ竹雄、花子ちゃん達を慰めたり話をきいていたりと、皆のお兄ちゃんをしていたからです。


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