44:主語って大事

花売りを始めて3か月以上経つけれど、最近、とても忙しいです。
長持ちする花として人伝に話が広がり、最近は東の町から買いにくる人の割合も増えてきた。まだまだ少ないけれど、更に遠い都会から噂を聞き付けて、車で買いに来た人もいて、ネットワークが整っていない時代なのに、人伝だけで話が広がる速度に驚きも覚えた。
それに伴いお客さんも増えて、秋の季節に移行する時期で稼ぎ時だし、あと少しで治療費も全額返済できそうだから、二日に一回は町に行きたいのだけど、あれから(山の麓で倒れてから)、危険分子認定されてしまい、一人で町に行く許可が取れないでいる。

もう二度と同じ失敗はしません。無理はしません。怪我は絶対にしません。お手伝いも怠りません。お土産必ず買います。と念書を書いても駄目だった。


「心配はかけたくない気持ちはあるんです…。けど、いつまでもこのままでいるわけにはいかないし。どうすれば、一人で行く許可降りると思いますか?」
「そうじゃの〜…」

癖なのだろうか。お医者さんの嵯峨山さんは白い髭を撫でつけながら遠くを見つめた。

「時間、かのぉ」
「時間ですか?」
「山で倒れてから日が浅いからの。今言っても難しいじゃろうて。時間が解決するまで待つのも一つじゃ」
「なるほど」

腕を組み2〜3回頷いて、ならもう少し時間を置いてから再チャレンジしてみます。と伝えると、嵯峨山さんは頑張るんじゃよと、孫を見る目で笑った。




今日は嵯峨山さんに薬の元となる花を売りに来ていた。売ると言っても、ほぼタダも同然なのだけれど。嵯峨山さんの安い治療費のおかげで短期間で返済できそうだし、嵯峨山さんは腕が立つのに利益は考えず、困っている人や貧しい人に優先的に治療を行う善良なお医者さん。それなのにお金を頂くのは忍びないので、花を寄付として差し上げたり、お金の代わりに治療薬をもらったりしている。


「東の町で、高額でも買ってくれるお客さんのお使いの方がいて、私が来るまで四日もこの町で待ってた方もいたんですよ」

お悩み相談も終わり、お茶を頂きながらほのぼのと雑談をしていると、嵯峨山さんは思い出したとばかりに手をポンと打つ。

「そうじゃ。七日前に東の町にいったんじゃが、お前さんに怪我を負わしたやつ(熊)が、先月ようやっと御用になったようじゃよ」

思い出したくはなかったけど、嵯峨山さんに言われて、私を殺そうとした化物みたいな男が瞬時に脳裏に蘇る。月明りに照らされ不気味に輝く血走った眼に、意味の分からない言葉を放ち、涎を垂らす口からは鋭い牙のようなモノ。
殺される寸前までに私を追い詰め、どこかに消えたあの男が捕まったんだ。

「まあ、お前さんが被害にあって以降、悪さはパタリと止まっていたそうじゃが、この間猟師に発見されてその場で射殺されたそうじゃ」
「え…、いきなり殺したんですか?」
「もう十人近く殺されとるからのぉ」
「そ、んなに、被害にあった方がいたんですね…」
「二年前の春頃山で猟師が目撃してから、警戒はされとったんじゃが…、残念じゃ…」

とは言え。凶悪な殺人犯であったとしても、警察を呼んで逮捕し事情聴取とかせずに、その場で射殺していいのだろうか。然るべき処遇はその後のようなきもするけれど、まぁ、発見した猟師さんも襲われ、必死の防衛の末だったのかもしれない。襲われた身として、その恐怖は充分に理解できるので、何も言えずに口を閉じる。

「肥えて体格も良い上に中々しぶとくて、猟銃二十発以上撃ち込んで、ようやっと倒れたそうじゃ」
「わぁお……」

同情心は一ミリも湧かないけど、グロテスクな蜂の巣状態を想像してしまい、気持ち悪さが込み上げてきた。その吐き気を流し込むように、お出し頂いたお茶を口にする。

「二メートル近い大物だったそうじゃ」
「……?」

そんなに身長あったけ?私の聞き間違い?普通の身長だったと思うけど。と聞こうとした時、嵯峨山さんは衝撃の一言を放つ。




「その後は、鍋にして食べたそうじゃ」
「ぶはっーーー!っごほ!!鍋?!!食べた?!!」

驚愕しすぎて、口に含んだお茶を勢いよく吐き出してしまった。真正面にいた嵯峨山さんの顔にもろにかかってしまったけれど、嵯峨山さんは特に気にした様子もなく、使い古された手ぬぐいで顔を拭っている。

「え?え?!食べた?!ほ、ほんとうに、食べたんですか?!」
「なんじゃ、(熊を)鍋にして食べたことないのか?」
「ないです!!!(人を)食べたことなんて!!!!」
「旨いぞ?血抜きをきちんとすれば臭みも少なく、全身食べれるからの。骨や手も」
「やめてぇえ!やめてくださいっ!!詳細に語らないでぇ!!想像しちゃう!!」


大正時代って食人文化あったの?嘘でしょ?もしかして、これも一種の死刑方法なの?!混乱とショックで痛む頭を抱え、嵯峨山さんのご自宅を後にした。






ふらふらと何度も道行く人とぶつかりながら、落ち合わせの場所に向かうと、炭を売り終えた炭治郎君が先に待っていた。

「桜さん、大丈夫ですか!?怯えと困惑の匂いがしますけど、何かあったんですか?!」
「だいじょばない…!文化、時代の違いに、初めてついてけないとおもった…!大正時代こわすぎでしょ…!」

想像してしまった人鍋の場面を振り払う様に、頭を両手で抱えた。そこでハッとして、心配そうに支えてくれる炭治郎君をまじまじと見つめ、違うと言ってくれと願いながら、口を震わせる。

「炭治郎君は、人を、…鍋にして、食べたことある…?」
「何を言ってるんですか?!!ないですよ!!」

ギャグ顔で力一杯否定してくれた。…よかった。






※大正コソコソ噂話※
人間にとって一番優良なタンパク源は、人間です。マジです。効率よく筋肉をつけたいなら人間を食べるのが一番手っ取り早いです。二番目は卵です。なので、鬼が人を喰うのは理にかなっています。


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